5月27日にオバマ米大統領が広島で行った演説に対し各新聞社がつけた翻訳で、一部の新聞社が誤訳をしたのではとの指摘が、ヒロシマに関心をもつ人々の間から出ている。被爆した朝鮮人について言及した部分の翻訳についてだが、オバマ大統領の「広島演説」は歴史的な演説としてこれからも注目されることは必至だけに、より正確な翻訳が望まれる。
広島市の原爆慰霊碑の前で行われたオバマ大統領の演説は約17分にわたって行われたが、冒頭に「We come to mourn the dead ,including over a hundred thousand Japanese men ,women and children,thousands of Koreans,a dozen Americans held prisoner」というフレーズが出てくる。
翻訳すれば、「私たちは死者を悼むためにここに来る」「その死者とは、10万人を超す日本人の男女と子どもたち、thousands of Koreans、12人の米国人捕虜である」という意味だろう。
ヒロシマに関心をもつ人々が問題にしているのは「thousands of Koreans」の訳である。元高校教員で広島の原爆被害の実相を知ってもらうための活動を続ける竹内良男さん=東京都立川市=によると、各新聞社の訳は以下の通りだ。
朝日新聞 : 何千人もの朝鮮人
読売新聞 : 多くの朝鮮半島出身者
毎日新聞 : 何千人もの韓国・朝鮮人
東京新聞 : 多くの朝鮮半島出身者
産経新聞 : 多くの朝鮮半島出身者
日本経済新聞 : 数千人の朝鮮半島出身の人々
中国新聞 : 多くの朝鮮半島出身者
広島市・長崎市原爆災害誌編集委員会編の『広島・長崎の原爆災害』(岩波書店、1979年)によると、原爆投下当時、広島市には5万人近い朝鮮人が居住していて被爆し、うち2万人ほどが死亡したとされている。
また、同市の平和記念公園内にある韓国人原爆犠牲者慰霊碑の碑文には「第二次世界大戦の終わり頃、広島には約十万人の韓国人が軍人、軍属、徴用工、動員学徒、一般市民として在住していた。原爆投下により、2万余名の韓国人が一瞬にしてその尊い人命を奪われた。広島市民20万犠牲者の1割に及ぶ韓国人死没者は決して默過できる数字ではない」とある。
こうしたことを勘案すると、朝日新聞の「何千人もの朝鮮人」、毎日新聞の「何千人もの韓国・朝鮮人」、日本経済新聞の「数千人の朝鮮半島出身の人々」という訳は適切とは言えない。「こうした訳では、朝鮮人犠牲者の数が実態より過小にみられてしまう」「オバマ大統領の広島演説は、今後、さまざまな分野で引用されるだろうから、こうした訳がこのまままかり通ると、朝鮮人被爆問題を学ぼうとする人々をミスリードしかねない」というのが、広島の原爆被害の実相に詳しい人々の懸念である。
これに引き替え、読売、東京、産経、中国の各紙の「多くの朝鮮半島出身者」という訳はまずまずと言ったところか。
朝日、毎日、日経では、演説の翻訳にあたった担当者は、原文にある「thousands of 」を軽い気持ちで「何千人もの」あるいは「数千人の」と訳してしまったのではないか。訳にあたり、原爆による朝鮮人犠牲者の数を調べるという作業を怠ったのではないか。広島の原爆被害に詳しい記者がいたら、もっと適切な訳文になったはずである。
私は、これまで半世紀にわたってヒロシマ・ナガサキに関する報道に関わってきたが、そこでは、全般的に言って、朝鮮人の被爆問題はずっと軽視され続けてきたとの印象が強い。このためか、朝鮮人が広島と長崎で被爆したという事実さえ知らない人もいる。そうした弱点が、図らずもオバマ演説の紹介で露呈したという思いを禁じ得ない。
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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