キューバにとっては関係正常化への一里塚 -米国とキューバが国交回復へ-

著者: 岩垂 弘 いわだれひろし : ジャーナリスト
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 米国とキューバが、7月20日に双方の首都(ワシントンとハバナ)で大使館を再開させることになった。これにより、両国は54年ぶりに国交を回復することになるわけで、これまで長い間両国の関係正常化を願ってきた、世界中の多くの人たちにとっては歴史的な快挙と言える。が、真の関係正常化が実現するまでにはかなりの時間がかかりそうである

 「国内的には政治的腐敗、不正義、不平等、対外的には政治的・経済的対米従属・屈辱を特徴とする『腐った、さらに腐りかけた』社会であった」キューバ(宮本信生著『カストロ』、中公新書)で、「外国支配からの自由」「完全な社会正義」を掲げたフィデル・カストロ総司令官らの武力革命が成功したのは1959年のことだ。
 カストロ政権が米国企業を接収して国有化すると、米国は1961年にキューバと断交、62年には対キューバ全面経済封鎖に踏み切った。以来、半世紀以上にもわたって両国間の“敵対”関係が続いてきたわけである。

 ところが、昨年12月、両国が国交正常化交渉開始で合意。以来、今年1月から5月まで、ハバナとワシントンで両国代表による交渉が計4回にわたって行われた。その間、4月11日にパナマでオバマ米大統領とラウル・キューバ国家評議会議長が会談。こうした経過を経て、5月29日には、米政府がキューバに対するテロ支援国家指定を解除。そして、ついに7月1日、両国政府から、来る20日に双方の首都に大使館を設置して国交を回復することが発表されたのだった。
 両国が国交正常化交渉を始めることで合意した背景には、両国それぞれに思惑や狙いがあった。それについては、本ブログですでに書いた(2015年2月9日付のリベラル21「米・キューバ国交正常化交渉開始の背景」)ので、ここでは触れない。

 私が団長を務めた、キューバ友好円卓会議の「2015年キューバ・ツアー」一行がハバナ滞在中の4月24日にICAP(キューバ諸国民友好協会)のアリシア・コレデラ副総裁と会談した時、副総裁は対米交渉の現況を説明し、その中で、米国がキューバとの国交を望むならばキューバが出している三つの条件を受け入れるべきだ、と述べた。それは、
 ①キューバをテロ支援国家リストから外すこと。
②米国にあるキューバ利益代表部が、1年以上米国の銀行を使ってのオペレーションができずにいて、外交活動上、難しい状況にある。銀行がオペレーションをすることを望む。
③ウイーン条約で決められたことを守ること。外交上、内政干渉をするな、ということだ。
 の3点だった。①については、すでに書いたように、米政府はキューバに対するテロ支援国家指定を解除した。②については、7月1日付の朝日新聞のワシントン電が「米国が特定の銀行に許可を与え、銀行取引を再開させることでキューバ側の要求を満たした」と報じていた。③については、同紙は「最後まで意見の隔たりがあったのが、両国に駐在する外交官の行動の自由に関する問題だった。米政府はキューバの大使館を再開させることで市民との接触を増やし、内部から社会変革を促したい思惑がある一方、キューバ側は外交官の自由な行動に懸念を示していたからだ」とし、「この点については、何らかの妥協点が見いだされたとみられる」と書いていた。その妥協点がどんな内容のものであるかは、私には分からない。

 ともあれ、両国政府は国交を回復することになったわけだが、キューバにとっては、これからが“本番勝負”である。
 私たちがハバナで会った、ICAPのアリシア・コレデラ副総裁の発言が印象に残っている。彼女は、当時進行中であった対米交渉に言及した際、こう語ったものだ。「昨年12月、わが国と米国が交渉開始で合意した時、多くの報道は、両国が関係正常化を決めたと報じた。しかし、これは間違いです。実は、国交回復のプロセスの第一歩を両国で始めようという合意だったのです」
 つまり、 キューバ側としては、2段階の交渉を考えているということだろう。第1段階は国交回復のための交渉で、大使館の相互設置の実現を図る。第2段階の交渉では、米国との関係正常化を図る。具体的には、米国による経済封鎖の解除とグアンタナモ米軍基地(1903年に米国が租借しキューバ革命後も維持)の返還を求める、ということだろう。

 いまさらいうまでもなく、キューバが米国に最も求めているのは「経済制裁の解除」と「グアンタナモ米軍基地の返還」である。なのに、今年1月から5月までの交渉では、これらの要求を持ち出さなかった。つまり、この間の交渉を第1段階の交渉と位置づけていたからだろう。それには、これら二つの要求を実現するには時間がかかるとの読みがあったからだろう。
 対キューバ経済制裁は「世界一厳しい制裁」(後藤政子・神奈川大学名誉教授)といわれ、その根幹にあるのはトリセリ法やヘルメズ・バートン法だ。これらの法律を撤廃するには米国議会の承認が必要である。が、現在の米国議会は上下両院とも、キューバとの関係正常化に反対する共和党が多数を占めている。こうした状況から、キューバ政府としては、対キューバ経済制裁の解除には相当時間がかかるとみて、とりあえず、国交回復を優先したのだろう。
 そういえば、3月に来日したリカルド・カブリサス閣僚評議会副議長(副首相)も、筆者の質問に対し「米国の出方を慎重に見極めながら焦らずに交渉に臨む。米国との関係正常化には時間がかかるだろう」と述べていた。

 キューバにとって、今回の米国との国交回復は、いわば一里塚と言っていいだろう。それを踏まえての両国の関係正常化交渉は、いわば第2ラウンド。そこで、キューバ側がどう出るか、興味は尽きない。
 日本とキューバとの関係がどうなってゆくかにも注目したい。何ごとも対米追随の日本政府である。米国がキューバとの国交回復に踏み切ったことで、日本政府も早くもキューバと経済的結びつきを強化したいと動き出している。例えば、岸田外相が4月30日から5月3日まで、日本の外相としては初めてキューバを訪問したが、これに約30人の企業関係者が同行した。果たしてどんな経済交流が生まれるか。こちらも目を離せない。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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