キューバは今 — 終わりなき経済封鎖のもとで

経済悪化の「負の連鎖」

激化する米国による経済封鎖
物資の不足、長引く停電、難民の大量流出など、キューバの厳しい経済状況が伝えられている。

米国による経済封鎖の強化のためである。

去る1月にはバイデン大統領が任期終了直前に、テロ支援国家リストからキューバを除外することを発表したが、トランプは大統領に就任したその日に撤回した。もし実現すれば、米国の貿易や投資も、また、米国の圧力のために停止されていた世銀などの国際金融機関の融資も可能になるが、水泡に帰した。

デジャブであった。2015年にオバマ大統領が半世紀ぶりに国交を回復し、制裁緩和に踏み出した時にも、トランプは政権を握るや、すぐさま反故にしただけではなく、新たに、移民の送金やキューバ訪問の制限、企業に対する罰則の強化など、243に上る制裁措置を導入した。トランプ政権の政策転換を掲げて成立したバイデン政権も何もできないまま任期を終えた。

国連総会では毎年、制裁の解除を求める決議が採択され、米国内でもマイアミのキューバ系移民も含め、関係改善を求める声が多数を占めているが、トランプにとっては「どこ吹く風」なのであろう。

経済封鎖は革命直後から始まっている。米国にとって「事実上の植民地」であるキューバが自立的発展を目指すなど、認めることができなかったのである。

現在、適用されているのはクリントン政権下の1996年に制定されたヘルムズ・バートン法(「キューバの自由と民主連帯法」)である。これに先立つ1992年にはトリチェリ法(「キューバ民主化法」)が作成されている。ソ連の解体によりキューバが未曽有の経済危機に陥ったのを利用し、一挙にカストロ政権を倒すことを目的としたものであったが、キューバが「生き残った」ために、ヘルムズ・バートン法を制定し、さらに制裁を強化したのである。

ヘルムズ・バートン法は、「世界的規模の制裁法」と呼ばれているように、キューバと何らかの経済関係を結べば、第3国の企業や個人対しても制裁が課される。送金業務を行っただけでも銀行は多額の罰金を支払わなければならず、発展途上国の場合は援助の停止もあり得る。厳しい制裁を賭して、あえて貿易や投資を行う企業や国は無く、キューバは国際的に孤立した。

注目されるのは、情報操作が重要な手段の一つに挙げられ、そのために国際メディアだけではなく、NGOや人権団体に対しても働きかけを行うことが規定されていることである。著名な国際人権団体が自由や人権の弾圧を非難すれば世界の世論に与える影響は大きく、キューバに対する包囲網は拡大する。

言うまでもなく、今日においてはSNSも重要な手段となっており、キューバの強権支配を糾弾し、反政府運動を呼びかけるメッセージが、フロリダやスペインなどから発信され、世界に拡散されている。

生産低迷の「負の連鎖」
キューバ経済の状況については経済学者のJ.L.ロドリゲス元経済相が詳細な分析を行っている(“La economía mundial en 2024 y perspectivas para 2025: Los impactos para Cuba”)。

ロドリゲスによれば、2024年は「恐るべき年」(el Año Terrible)であった。国際経済の低迷、石油や食糧価格の高騰、地球温暖化による度重なる大型ハリケーンの襲来や旱魃など、米国の経済封鎖の強化と相まって、キューバ経済は多大な打撃を受けた。

これに対し、政府は、経済再生策として、科学技術の活用、デジタル化による社会や経済の発展、輸入に大きく依存する食糧の自給化を軸とした経済発展戦略などを打ち出している。

エネルギー不足に関しては、米国の干渉のために減少していたベネズエラの石油生産や輸出が回復し、ロシアや中国やメキシコなどからも支援が届き、ソーラー発電や風力発電に力が注がれるなど、徐々に解決の兆しが見え始めている。

しかし、原料も資金も枯渇し、生産設備も劣化していれば、増産どころか、操業すら不可能である。その結果、キューバ経済は生産の低迷がさらなる生産低迷を生みだすという「負の連鎖」に陥入り、2024年には主要輸出品である砂糖やニッケルの国際価格が上昇したにもかかわらず、好機を生かすことができず、2021年以来、何とか1%台を維持していたGDPも-1.9に下落した。

これに対し、政府は「対話政治」に希望を託し、大統領をはじめ政治指導者たちが全国を巡り歩き、労働者や農民と直接、議論し合い、対策を練っているが、労働者の努力や創意工夫で克服できる範囲は限られる

進む部分的経済自由化―頭をもたげる人種差別や性差別
現在、キューバでは革命直後から続いてきた「平等主義体制」が転換され、部分的な経済自由化が進められている。その是非は別として、体制転換もまた、経済悪化の要因の一つとなっている。

平等主義体制は、経済発展という点でも、また人間の多様性という点でも限界を露呈し、1980年代には体制の見直しが決まっていた。その後、ソ連解体による経済危機に見舞われたこともあり、2011年の第6回共産党大会で正式に決定され、経済情勢の悪化が続いていたが、「これ以上、引き伸ばすことはできない」として2021年から実施されている。

新しい体制は「社会主義発展のためのキューバの経済社会モデルの現代化」(La Actualización del Modelo Económico y Social Cubano de Desarrollo Socialista)と名づけられている。「キューバ固有の、21世紀という時代に相応しい、新しい社会主義体制」ということである。

ごく簡単にいえば、経済体制については、国有部門中心とした中央集権的な経済運営体制を見直し、中小企業から成る民間部門と協同組合部門を拡大するというものである。このような体制のもとでは当然のことながら所得格差が発生する。そのため、社会政策もすべての国民に同一のサービスを無償で提供する制度を改め、医療と教育を除き、経済的社会的弱者の保護を中心とした制度に移行した。配給制度の廃止も正式に決まった。「食べられない人々がいる」として細々と続いているが、国民は生活物資の多くを自由市場で購入しなければならなくなった。革命後、初めて所得税も導入された。ただし、一般の労働者は所得が課税最低限に達していないため、納税者は個人営業などに限られている。

部分的とはいえ、経済自由化が進むとともに様々な矛盾が生じている。体制そのものの問題というよりも、経済情勢が悪化するなかで実施されたためである。

まず、賃金では生活費を賄えない家庭が増大した。主に国民の20~25%を占める最低賃金や最低年金額を下回る所得層や、街頭の物売りなどのインフォーマル労働者である。一方、革命以来、はじめて路上生活者も見られるようになった。施設への入所を薦めても拒否する人々が多いのだと言われている。

物資不足のために物価が高騰し、平均賃金を得ていても生活費を賄うことができなくなっている。そのため教員や医師などがタクシー運転手や観光ガイドなどの個人営業に「頭脳流出」し、教材や医薬品の不足も相まって、キューバが誇る高度な教育や医療制度の劣化も取り沙汰されるようになった。

これに対し富裕層は経済活動人口のおよそ15%を占める。筆頭は個人営業者であり、平均賃金の3~4倍の収入を得ているという。このほか海外の移民から送金を受けている家庭も26%に上る。しかし、非正規ルートによる送金も多く、実態は不明である。因みに移民による送金はGDPのおよそ2%に当たる。

アメリカン・ドリームを求めて出国する移民も後を絶たず、年間、およそ100万人が純流出している。少子化の影響もあるが、人口も2023年の1101万人から2024年には975万人に減少した。とはいえ、移民の先行きは不透明である。米国政府はこれまで、手作りのイカダや小舟に乗り組み、フロリダに漂着する難民に対して永住権を与えるなどキューバ人移民に優遇策をとってきたが、バイデン政権以来、不法移民の強制送還が続いている。ビザを取得し合法的に入国した移民が永住権を与えられないまま、「不法移民」として強制送還されるケースも出ている。

一方、「失業者には黒人が多い」、「白人が優先的に雇用されている」、「個人営業のレストランでは男性が管理業務、女性は料理やウェイトレスと決まっている」等々…、革命後に消滅したはずの人種差別や性差別が頭をもたげている。ドメスティック・バイオレンス(DV)も増加し、2022年には家族の完全な平等を盛り込んだ新家族法も制定された。なお、新家族法では同性婚も認められている。

政府が必死に努力しているにもかかわらず、「市場の見えざる手」が働き始めている。

トランプ政権は少なくとも今後、4年間、続く。経済封鎖も一層、強化されていくであろう。
これに対し、オバマ大統領はキューバとの関係改善に乗り出したときに、その理由として「制裁」が効果を上げていないこと、また「制裁」に対する国際的非難が高まり、米国が孤立していることを挙げていた。

今日においては、新自由主義は衰退し、米国の国際的ヘゲモニーも後退している。グローバル・サウスが台頭し、「米国の裏庭」と言われるラテンアメリカでも第一次トランプ政権中に衰退していた「ピンクタイド」が再生し、米国と距離を置き、社会的公正を軸に据えた新しい社会体制を追求する中道左派政権が多数を占めるようになった。それとともに国際社会やラテンアメリカへのキューバの統合も進んでいる。

トランプが大統領就任の日に打ち出した「パナマ運河の回復」がラテアメリカ諸国の抵抗により雲散霧消したように、経済封鎖が自壊する可能性も否定できない。

初出:「リベラル21」2025.03.29より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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