キリスト教圏とイスラム世界の関係はややこしい -あい次ぐテロ事件の背後にあるもつれ-

イスラム国に日本人が人質として捕らえられ、生死の淵に立たされるという危機が起きた。これまでイスラム過激派のテロ事件の渦中に日本が立たされることはなかっただけに、われわれ日本人は宗教的対立に比較的無関心で来られた。この機会に異なる宗教がもたらす問題について考えてみたい。

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は一神教である。エホバとかゴッドとかアッラーとか呼び名は異なるが、この世の創造主である唯一絶対の神を信じることでスタートする。山にも川にも森にも神が宿るとする日本人の「八百万(やおろず)の神」とはわけが違うのだ。

われわれ日本人にとって結婚式はキリスト教の教会で、葬式は仏教のお寺でやっても不思議はない。しかし一神教の世界ではそんなことは考えられない。むかし外国のビザを申請するのに、宗教を申告する項目でたいていは「仏教」と書いた。実態は無宗教に近いのだが、正直に「無宗教」と書くと変な顔をされるからだ。

日本人の宗教としては自然崇拝(アニミズム)を原点とする神道が大元(おおもと)にあり、その後中国・朝鮮から伝わった仏教と儒教などが混然と混じり合っている。いわば日本教である。一神教の人には、そんなのは宗教ではないとみられそうだ。

われわれ日本人は食事の前に「いただきます」と言って手を合わせる。それがごく日常的なことだからその意味を考えることもない。しかし考えてみると、食材の全ては動物であれ、植物であれ生きていたものだ。生あるもののお命を頂戴するのだから「いただきます」と言って手を合わせるのは、地球の理に適っているわけだ。

若いころ初めてフランスに住んでフランス人と食事を共にした時、「いただきます」ではなく「ボナペティ(bon apetit)」と言われて、「ヘエー!」と思ったことがある。直訳すれば「良い食欲を」という意味で、いわば「おいしく食べてください」という挨拶言葉なのだ。

一神教では、全能の神がまず人を創り、動物を創り、植物を創り、大地を創り、最終的に全地球を創造したと教えられる。地球上の全生物は人が利用してよろしいとか、人間が人間のために自然を改造してもよろしいと考えるのだ。魂の奥底で自然に畏れを抱く日本人とは違うところだ。

ヨーロッパではドイツを先頭に「緑の党」という政党があって、地球環境保全のために闘っている。しかしその因って来たるところを尋ねると、近世以来ヨーロッパでは自然改造が進んで緑が失われたからだという。ドイツ人は勤勉かつ組織力にすぐれているとの定評通り、最も真面目かつ組織的に自然改造を実行した結果、環境破壊が最も進んだという。その反省からいち早く緑の党が活動するようになった。

万物に神が宿ると信じ、自然体で自然と共存してきた歴史と文化をもつ日本人が、西欧の真似をして自然破壊を重ねてきた事実。今になって環境保護を叫ばないといけないのは悲しいことだ。

キリスト教は、当初ユダヤ教徒だったナザレの人イエスが、不幸な人々を救うためにユダヤ教から脱皮して万民救済の救世主キリストになったことからスタートした。だから天地創造の絶対神エホバを崇めることはユダヤ教と同じである。旧約聖書に記された物語はユダヤ教と共通だ。

イエスが十字架に掛けられて処刑された史実が物語るように原始キリスト教は迫害されたが、4世紀後半にローマ帝国で公認されて以来ヨーロッパ全土に広がった。ローマ帝国が西ヨーロッパの全土を支配するにつれて、カトリック教会が全欧州に広がった。イエス・キリストの活動を伝える新約聖書が伝えられるに及んで、イエスを迫害したユダヤ人の子孫たちがキリスト教徒に迫害されることになった。

2000年以上前に、現在のイスラエル・パレスチナの土地を支配していたユダヤ王国は1世紀後半、侵略してきたローマ人に敗れ、ユダヤ人は亡国の民となった。ユダヤ人は現在の中東、アフリカ、ヨーロッパ、ロシアなどに流散したが、キリスト教圏で最も迫害された。結果としてヒトラーのナチス・ドイツに大量虐殺されたユダヤ人の悲劇の遠因はここにある。

イスラム教は7世紀アラビア半島で誕生した。メッカの隊商の一人として、アラビア半島から中東まで各地を旅行していたムハンマド(マホメット)が、洞窟にこもって瞑想しているうちに天啓が下された。天地創造の唯一神アッラーがムハンマドに、この世を救うための啓示を下したのである。ムハンマドがこの啓示を語り、これを文書化したのがコーランである。

コーランにはイエスが預言者の一人として伝えられていることから見て、ムハンマドがユダヤ教・キリスト教の影響下にある環境のもとで啓示を受けたことは間違いない。現にイスラム教では、ユダヤ教徒・キリスト教徒を「経典の民」(神の言葉を共有する人々)として尊重する扱いを受けることになっている。

ムハンマドは当時アラビア半島周辺で支配的だった多神教を厳しく排撃し、唯一絶対の神アッラーのみを信仰することを説いた。異端児のムハンマド当初、メッカの人々に理解されずに迫害され、いわば追い出される格好で門徒を連れてメディナに移った。メディナでアッラー信仰を説き続けるムハンマドに教化された人々が増え続け、勢いを取り返した。新しい門徒たちを引き連れてメッカに戻ったムハンマドは、ウンマと呼ばれるイスラム共同体をつくった。

ウンマは7世紀のアラビア半島で、共通の信仰に守られた最も強力な集団となった。この集団は7世紀から14世紀にかけて中近東から西はアフリカ、イベリア半島、東は中央アジア、インド、東南アジアに進出、大イスラム世界を創るに至った。ローマ・カトリック教会はイエスが活動し、十字架に掛けられた聖地エルサレムをイスラム教徒から奪回すべきだと全欧州に呼びかけ、何回も十字軍を組織してイスラム世界に攻め入った。

こうしてイスラム圏とキリスト教圏の争いが顕在化する。近世以降ギリシャ・ローマ文明を復活させるルネサンスを経たヨーロッパは、中世の暗黒時代を脱して合理主義を開花させ、やがて近代文明を花開かせた。あまり知られていないが、実はルネサンスを開花させたルートはイスラム文明にあった。中世ヨーロッパは古いカトリックの教義に縛られていた。例えば天動説に立つ教会は、地動説を唱えたガリレオ・ガリレーに縛り首を宣告したほどだ。

ギリシャ・ローマ文明は中世ヨーロッパでは見捨てられていたのが、そのころバグダッドのアッバース朝はギリシャ・ローマ文明をアラビア語に翻訳して伝えていた。15,6世紀のヨーロッパでは、ソルボンヌ大学とかウプサラ大学といった名門大学で共通語として必須課目はラテン語だった。そして必須第2外国語はアラビア語だった。学生たちはアラビア語を通じてギリシャ・ローマ文明を学んだのである。

ルネサンスから合理主義を発展させたヨーロッパは、やがてニュートン、パスカル、デカルト、コッホ等々の科学者を生み、やがてフランス革命から産業革命を経て近代文明を生み出す。近代文明は兵器の改良などを通じて軍事強国を生み、帝国主義の時代を生み出した。

かくて西欧帝国主義はアジア・アフリカのイスラム世界を侵略し、植民地化した。今イスラム国が暴れているイラク、シリアの土地は第1次世界大戦までは、ムハンマドの後継者「カリフ」を名乗るオスマントルコ皇帝の版図に入っていたのだ。第1次大戦の勝者である英国とフランスの密約でシリア、レバノンはフランスの、イラク、ヨルダン、パレスチナは英国の委任統治領(実質植民地)になったという歴史がある。キリスト教世界とイスラム教世界のもつれをほどかないと、テロ事件は続発するだろう。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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