コンパクトな優れもの 書評:『原発はどのように壊れるか - 金属の基本から考える -』

 目次をみれば、その内容がいかに盛りだくさんであるか一目瞭然である。

Ⅰ 金属の基本(1章:金属と合金、2章 結晶、3章 拡散と格子欠陥、4章 組織形成とその変化 凝固 加工 再結晶、5章 鉄と鋼)
Ⅱ 金属の強さと弱さ(6章 材料の強度と測定法、7章 塑性変形と転位、8章 き裂がある材料の強度 破壊靭性とは)
Ⅲ 原子炉材料とその経年劣化(9章:原子、原子核、核分裂、10章:原子炉で使われる材料、11章:金属材料の経年劣化)
Ⅳ 照射脆化(12章:原子炉圧力容器の照射脆化、13章:原子炉圧力容器脆化予測法の問題点と原子力規制委員会の技術評価、14章:原子炉圧力容器の破壊靭性評価)
Ⅴ 金属材料と原発の設計(15章:原発設計に求められる金属の強さ)

 全187頁の中にこれだけ詰まっている。工学部の材料、金属系学科のカリキュラムにそくしていえば専門課程2年分以上に相当する。これらがギュッと押し込まれているので読者を選んでしまう恐れがあることを当初懸念したが、読み直してみるといろいろな読み方ができる一冊ではなかろうかとの感想を持つに至った。
 たとえば全く金属を知らない方がこの本を手に取ったとしよう。“すぐわかる”とか“よくわかる”ではないことは少し読めばそれこそすぐわかる。だが、全部分かって理解する必要などそもそもなく、律儀に1頁目から読み進むこともない。むしろⅢ以降から入りそこからピンポイントで戻るような読み方をするのが自然と思われる。
 原発の事故や不具合には人為的な操作上や構造上の問題等々があるが、それらを全て含めて事故や不具合には必ずその原因がある。材料起因だった場合、金属工学のこれまでの知見から原因を解明できる筈であるし実際そうであった。一例を挙げると、本書114頁に記載されている今から2002年のことだったか原発で応力腐食割れが発生する環境にないのに低炭素オーステナイト系ステンレス鋼(腐食に対する耐性を増した鋼種)が応力腐食割れを起こした事故をみると、当時奇怪な現象として報告されたことを思い出す。だがよくよく調べて行くと応力腐食割れを生じせしめる環境であったことが判明した。そこには金属工学の教科書や腐食の専門書に書いてある因果関係が存在した。本書は、事故や不具合のバックグランドにはこのような理論的な裏付けがあったのか、やはりそこにはちゃんとした原理原則があるのだ、ということを知って頂ければそれで十分という読み方を可能にする。これはあまり前例がないことと思う。
 次は工学を専攻する学生さんや企業の技術者が読む場合を想定みる。冶金学 ⇒ 金属工学 ⇒ 材料工学と紆余曲折を経て苦労しているMetallurgyであるが、金属学会や鉄鋼協会がいくら躍起になっても先端自然科学分野には入れてもらえず、どうやら古い学問分野扱いされていることは否めない。そのような中で、金属工学の教科書や専門書の数は以前と比べずっと少なくなってしまった。先端分野ならば技術進歩が非常に速いために内容が追いつかなくなり陳腐化するサイクルも短い。しかし金属工学にかんしていえば内容的に古くなったから少なくなったのではない。今から30年以上前に、学会の偉い先生や巨大鉄鋼メーカーの技術者の方が、“金属工学が先端分野と異なっているのは、ずっと昔々の専門書が現在でも十分に通用することである。”と仰っていたのを聞いたことがある。確かに昔々のC.S.BarrettのStructure of MetalsやU.R.EvansのIntroduction to Metallic Corrosionなどは現在読んでも得るところが大きい、と齢を重ね感じ入るこの頃だ。つまるところ金属工学の教科書や専門書はかつてほどの需要がなく価値を持ち得なくなってしまったのだろう。現役の学生さんや技術者にとってありがたくない話しだ。
 その点、本書は学生さんや技術者にとってとても役に立つ新しいタイプのユニークな教科書という側面を持つ。分厚なくてコンパクトだがしっかりと要点をおさえることを主眼とし、抜くべきところは大胆に削った編集方針によるところ大である。そして基礎的な理論と共に普通一般の教科書ではあまり触れられない実機(原発)での理論の水平展開事例がしっかり書き込まれているところが優れている。これまでの教科書的な書物ではややもすると理論の占める割合が大きく、実機の橋渡しが必ずしも上手ではなかったと感じることが多かった。それゆえに企業では理論と実機と橋渡しをするべく社内教育を行っている。業界関係者でなくとも容易に接することができるのも本書の大きな特長といえよう。
 一方、原発推進側にとってはちょっと嫌らしい一冊となりそうである。これまで、“専門家に任せておけばよいのだから素人は口を挟むな”なんて上から目線でもってエラそうに一言で片づけて、分かり難い(しばしばそれが間違っていたりするので余計に困るのだが)数式や図表を濫用しまくった素っ気ないだけで分厚い資料をだしていれば済んでいたことが、市民目線から技術的な疑問を突き付けられる端緒となり得るからだ。その結果、これまで以上に言い包めるのに苦労したり、説明するために余計なエネルギーと時間と資料準備を費やすこととなって、まかり間違えばそこから新たな疑問の種を生むことにもなりかねない。彼らにとっては全く厄介で迷惑千万な話しとなる。もっとも、これまであまり汗をかかずに済ませてこられたのだろうし、給料に応じた汗をかくことは本来業務の範疇で可能な筈で、別段サービス残業には至らないだろう。
 これらのように、読み手によってさまざまな読み方が可能である。
 金属なんか全然知らないし興味もない、だけど原発が壊れるのはたいへん物騒なことだから知っておきたい、という皆さんにこそ読んでいただきたい。“なんだそういうことなのか。もっと難しそうだと思ったけど、わかるところもそこそこあるな”との感想を持たれる方が意外と少なくないように思えるからだ。
 税込み1,944円で2,000円以下。物干し竿屋の殺し文句ではないが、50年前のお値段。派手さはなくまことに地味な本だが、読み続けられる一冊になりそうである。

『原発はどのようにこわれるか -金属の基本から考える-』(原子力資料情報室刊,2018年)、税込み 1,944

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