シリコーンガスでスバル車に不具合 - 香りブームで急増か 人体への影響は? -

 今年2月28日、自動車メーカーのスバルは、ブレーキランプ(制動灯)スイッチの不具合のため、日本国内で約30万台のリコールを国土交通大臣に届け出た。アメリカなど海外も併せると、リコール台数は最大で230万ほどになる。
 リコール届出書によれば、「制動灯スイッチにおいて、車内清掃用品や化粧品類などから揮発するシリコーンガスの影響で接点部に絶縁被膜が生成され導通不良となることがある。そのため、制動灯が点灯しなくなり、横滑り防止装置の警告灯点灯やエンジン始動不良になるおそれがある」とのことだ。
 リコール届出書に添付されている参考資料には、「シリコーンガス発生要因となる製品:洗濯柔軟剤、ウェットティッシュ、除菌シート、制汗剤、ヘアスプレー、ハンドクリーム、日焼け止め、静電気防止スプレー、化粧品全般、内装つや出し剤、潤滑剤など」とある。

 シリコーンとは、シャンプー・コンディショナー・制汗剤などのパーソナルケア用品、洗剤・柔軟剤などの家庭用品、化粧品、食品添加物、ドライクリーニング、エレクトロニクス分野など幅広く使用される化学物質だ。洗剤や柔軟剤には、泡調整剤などとして用いられるほか、昨今の香りの強い製品の香料を包むマイクロカプセルにも使われる場合がある。揮発しやすく、たとえばシリコーン化合物の一つでパーソナルケア用品によく使われるデカメチルシクロペンタシロキサン(D5とも呼ばれる)の場合、約9割が空気中へ揮発すると言われている。シリコーンガスは機械類の導通部位(電気が通っているところ)に付着し、ガラスのような物質になるため電気を通しにくくする。
 シリコーンは耐熱・耐寒性、電気絶縁性、化学的安定性、撥水性にすぐれ、無色無臭であるため、その利便性から生産量を増加させている。長い間、人体にも環境にも安全と考えられてきたが、ここ数年、有害性についての研究が行なわれるようになった。それに伴って、シリコーンの難分解性、環境残留性、生物蓄積性などが明らかになった。さらに実験動物に生殖毒性や発がん性がある他、内分泌攪乱物質である可能性もあることなどが示されている。
 シリコーンはさまざまな経路をたどって大気・水・土壌といった環境中に移行する。特に今、世界的に注目されているのは河川や海洋への移行で、研究も比較的多い。そうした研究の結果を受けて、カナダでは2012年、オクタメチルシクロテトラシロキサン(D4)に関して排水濃度規制が行なわれた。また欧州委員会は2018年1月、D4とD5に関し、いずれかを重量比0.1%以上含む洗い落とす化粧品・パーソナルケア用品(シャンプーなど)の流通販売を2020年1月31日以降禁止する委員会規則を公示した。いずれの規制も、シリコーンが及ぼす水生生物への影響を懸念しての措置である。D4とD5が規制対象となるのは、どちらも幅広い用途に使用されるシリコーン化合物で、大量に使用されており、他のシリコーンに比べて有害性データが多いからだ。
 ちなみに日本では、2018年4月にD4とドデカメチルシクロヘキサシロキサン(D6)が化学物質審査規制法に基づいて監視化学物質に指定されているが、事業者に製造・輸入の届出義務を課しているだけで、特に何の規制も行なわれていない。

 シリコーンの大気への移行については、日本では埼玉県環境科学国際センターの堀井勇一らが、2018年に国内初の調査を発表している *1。揮発性のシリコーンの大気中濃度は年間で63~1150ng/㎥の間で変動した(ngはナノグラム。1ngは1gの十億分の一)。堀井らによれば、この数値は他の研究者によって欧米で行なわれた都市大気におけるシリコーン濃度と同程度だったということだ。
 今回のスバルのリコールは、乗用車の車内という閉鎖空間でブレーキランプのスイッチに不具合が起きるほど、家庭用品などからシリコーンガスが発生することをはからずも一般市民に教えてくれた。乗用車の車内が汚染されているなら、当然、一般家庭や学校や病院などの室内空気も、気体となったシリコーンで汚染されていることは想像に難くない。しかし室内空気のシリコーン汚染については、研究が極めて少ないのが現状だ。
 2013年に、アメリカとイタリアで行なわれた一般家庭の室内空気におけるシリコーンガス濃度の調査結果が報告された。部屋によって汚染度が大きく異なり、最も高かったのは大人の寝室(イタリア)940μg/㎥と浴室(アメリカ)820μg/㎥だった*2 (μgはマイクログラム。1μgは1gの百万分の一)。この濃度のシリコーンが人間の健康に影響するのか、素人には残念ながら判断できない。だが先述の日本での大気中濃度と比較すると、文字どおりケタ違いの量だということだけはわかる。
 こうしたシリコーンは人体に入りこんでいるのだろうか。2005年に発表されたスウェーデンにおける人間の母乳の調査では、39人中11人から少なくとも一種類のシリコーンが検出されている*3 。また1982年にアメリカで発表された人間の脂肪細胞に関する調査では、46人中21人からD4、28人からD5 が検出されている*4。
 先に述べたように、シリコーンで実験動物にさまざまな異常が現われることはわかっている。そして人間の居住空間は戸外よりはるかに汚染され、体内からもシリコーンが見つかった。だが人間に対して有害であるかという議論には、まだ決着がついていない。実験動物は人間に比べて体が小さい上に、現実にはありえない高濃度で実験が行われているからだ。しかしながら、シリコーンの高い残留性や蓄積性を考えれば、実験動物と同様に人間にも有害であると考えるべきではないのだろうか。

*1 堀井勇一ら「大気中揮発性メチルシロキサン類分析法の開発と環境モニタリングへの適用」『分析化学』Vol.67, No.6, 2018.
*2 Pieri, F. et al., “Occurrence of linear and cyclic volatile methyl siloxanes in indoor air samples (UK and Italy) and their isotopic characterization.”, Environment International, Vol.59,2013
*3 IVS, Results from Swedish national screening program 2004. Subreport 4: Siloxanes, Swedish Environmental Research Institute, October, 2005.
*4 US-EPA, “Thirtieth report of the interagency testing committee to the administrator, receipt and request for moment regarding priority testing list of chemicals”. Federal Register, Vol.57, No.132, 1992,

 リコール届出書によれば、対象となった車種は、2008年(平成20年)から2016年(平成28年)までに製造されたインプレッサ、フォレスターなどで、不具合が最初に報告されたのは2013年だった。不具合の発生が、日本でパーソナルケア製品や家庭用品に強い香りをつけることがブームになったタイミングと一致しているのは偶然か。不具合の報告があったのは国内では1399件だったのに対し、スバルの販売台数の60%を占めるアメリカでは、33件だった。これらの事実は何を物語っているのだろうか。
シリコーンは気づかないうちに生活の隅々に浸透してしまった。人間への健康被害を早急に調査し、何らかの手を打たなければ手遅れになるのではないか。

<鶴田由紀さんの略歴>
専門は環境問題、エネルギー問題。1963年 横浜市生まれ、1986年 青山学院大学経済学部卒業、1988年 青山学院大学大学院経済学研究科修士課程修了。著書に『ストップ!風力発電―巨大風車が環境を破壊する』(アットワークス 2009年)、『巨大風車はいらない原発もいらない-もうエネルギー政策にダマされないで!』(アットワークス 2013年)、訳書にヴァンダナ・シヴァ著『生物多様性の危機―精神のモノカルチャー』(共訳 明石書店 2003年)など。

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