シリーズ: 『スペインの経済危機』の正体(その6) 「危機」ではない!詐欺だ!

http://doujibar.ganriki.net/evidences_abandoned_for_ten_years.html より転載

●小さな実例に現れるシロアリどもの手口
全国紙プブリコが2012年7月21日付の記事で伝えた次の事実をご紹介することから始めよう。
スペインの雇用・社会保障省(大臣はファティマ・バニェス)は6月13日に、ある政府通達文書を印刷し全国の事務所や工場、商店、役所などに郵送する作業を民間業者に委託した。この政府通達文書とは、単に「トイレでの禁煙徹底」を命じるだけの内容なのだが、問題はその費用である。
政府の通達文書を印刷して郵送する作業は1993年から民間業者に委託されているのだが、この「トイレ禁煙文書」の業務は最初は2009年1月にある業者が約65万ユーロ(約6500万円)で請け負った。ちょうど不動産バブルがはじけて建設業を中心に失業が広がり不況の様相が具体的に現れ始めていた時期だった。
その2年後の2011年2月に、サパテロ社会労働党政府は他の業者に全く同じ作業に220万ユーロ(約2.2億円)を支払った。それは失業率が20%に近づき公的債務が急上昇して社会福祉が大幅に削減されようとしていたときだった。
そしてその1年半後、大銀行を救うために血税がつぎ込まれたあげく事実上の国家破産状態となり、公的部門の労働者が大量に解雇され公務員のボーナス全面カットが決定されたというときに、ラホイ国民党政府は、この65万ユーロで済む作業に470万ユーロ(約4.7億円)の予算を組んだのである。
これがこの国で行われる公金横領の手口の一端だが、一事が万事、すべてこの調子である。スペイン政府は一方で「カネが無い、カネが無い」と叫んで低賃金勤労者の生活を滅多切りにしているのだが、その一方でこうやって多額の公金を「行方不明」にさせる。もっとも、危険なばかりで糞の役にも立たない「もんじゅ」などという施設に何兆円もつぎ込み続ける日本国政府よりはましかもしれないが。(いやいや、「糞の役にも立たない」などと言うと糞に叱られる。人間や動物の糞は従来から人間の食生活と命を支えてきたのだ。)
これは一部の公務員による内部告発なのだが、プブリコによると、どうやら官僚と政治家と業者の間に「禁煙」をネタにしたある種の「カルテル」が作られているようだ。納税者(合法的に在住する外国人を含む)の税金にたかるシロアリ集団にとっては、あらゆる名目がたかりのネタになりうる。
スペインでは2005年以来、社会労働党政権によって建築物内での喫煙の禁止が段階を追って実施された。マスコミを動員して肺癌や受動喫煙の害を印象付ける反タバコ・キャンペーンに続いて、2007年に個人の住居と小規模なレストランやバル(カフェ)を除くあらゆる建築物の内部での喫煙が法律によって禁止された。そして前述のようにサパテロ政権が65万ユーロで済む作業に220万ユーロをばら撒く直前(2011年1月)に、この禁煙法は強化された。それによると、個人の住居を除く全ての建築物内での喫煙が禁止される。ホテルだけは例外的に客室の30%までを喫煙可能にできるが、他の部屋と厳しい基準に従って隔離されていなければならない。
こうしてスペイン中で喫煙可能な場所が厳しく制限されたのだが、一方で歴代政府による「トイレ禁煙文書」が作った「差額」がどこに消えたのか誰も知らない。法律による喫煙の制限はヒトラーのナチス政権が最初と言われるが、この種の措置には鼻もひん曲がる悪臭が漂う。これに比べるとタバコの臭いなどさしたる問題でもあるまい。
もう一つ、2012年7月24日付のエル・ムンド紙によって知らされた事実を見てみよう。
このシリーズの(その1)で書いたとおり、現スペイン国王フアン・カルロス1世の娘婿であるパルマ公イニャーキ・ウルダンガリンは大掛かりな公金横領事件で裁判中の身となっている。そのウルダンガリンが主催するノース財団は、2005年と2006年にマジョルカ島でスポーツ振興のためのイベントを行った。それはそれぞれ120万ユーロ(当時のレートで2億円ほど)を使って行われ、2回分で240万ユーロの出費だったのだが、その資金は全てバレアレス州の公金だった。
ところが今年になってバレアレス州が同じ内容で同じ規模で行ったイベントの費用はわずか8万ユーロ、つまりノース財団が使った金額の15分の1だったのである! つまり、ウルダンガリンとその取り巻きグループ(国民党の地方政治家を含む)によって使用された公金の15分の14が、あれやこれやの名目を付けた請求書と引き換えに、シロアリどもの個人資産へと消えたことになる。この件は現在公判中なので、ひょっとするとその一部くらいは明らかにされるのかもしれない。

●シロアリの巣・・・金融・投資機関
いま取り上げた二つの例はほんの小さな事実に過ぎないのだが、これらを単に個人あるいは小集団の道徳的退廃などのせいにすることは決定的に誤っている。このシリーズで明らかなように、国家と社会全体の構造に関わるものだ。数匹のシロアリの姿を見たならその付近に大規模なシロアリの巣があると確信できるだろう。実際に、スペインだけではなく欧州各地域には歴史的に形成されてきた巨大なシロアリの巣が存在する。これは陰謀論でも何でもなく現実であり、このシリーズでお目にかけたスペインのコソ泥どもの背後には「国境なき大泥棒」の集団が存在している。その点についてはこのシリーズの最終回(その7)でもう少し詳しく述べてみたい。
2012年8月31日付のスペイン各主要紙は、この年の前半6ヶ月だけでおよそ2200億ユーロ(約22兆円)もの資金がスペインの銀行から引き揚げられたことを報じている。これはスペイン中央銀行のデータによるものだが、1月から3月までの上四半期に逃避した資金が約970億ユーロだから、それ以降の危機の進行、特にバンキア銀行の事実上の倒産が猛烈な資本の引き揚げを招いたことが明らかになる。エル・パイス紙によれば、前年2011年の6月末段階でスペインの銀行の収支バランスは約225億ユーロの黒字であり、その後1年の間に3156億ユーロ(約31兆5千億円)がスペインから逃げていった。ただしこれらの数字は、スペイン財政の破綻が明らかになって以降の資本逃避の一部に過ぎない。バブル経済の最中に引っかき集められてタックスヘイブンなど国外に移送された資産を加えるなら、どれほどの資金がこの国から離れていったのか、想像もつかない。
もちろん「沈むかける船」に留まる馬鹿なネズミがいるわけもないのだが、しかし逆の側から見ると、ロクな自前の産業基盤を持たないスペインのような国に、これほどに大量の資金が流れ込んでいたこと自体が驚きであろう。実際に(その1)のSocialist Review誌記事の訳でもご紹介したとおり、21世紀の最初の数年間、スペインは欧州の中でも最も熱気にあふれた投資の場だった。いったいどうしてそんなことになるのか。
1990年代末ごろから、特に2002年のユーロ導入以降なのだが、国や自治体は民間の土建業者と手を組んで、まるで何かにとりつかれたように飛行場、鉄道、高速道路、工場団地、港湾設備などのろくに使われもしないインフラの整備にまい進した。民間業者は開発許可を簡単に手に入れて広大な「ゴーストタウン」を作り続けた。スペインの銀行は、中小の貯蓄銀行(カハ、地方によってはカシャ、カイシャと呼ばれる)を含めて、土木・建築工事に資金を滝のようにつぎ込んだ。その過程と結果については(その3A)(その3B)でご紹介したとおりである。そのうえに想像を絶する規模で公金略奪の手段とされただけの数多くのイベントが組まれた。当時のアスナール政権はスペインを延々と続く「右上がり経済」の幻覚の中に放り込み、2004年以後のサパテロ政権もまたバブル経済の掌で踊り続けた。
その間に銀行は、本来なら融資を躊躇しなければならない人々にまで、言葉巧みに「ばら色の生活設計」を吹き込んで頭金なし・低金利の住宅ローンを組ませた。これは当時の米国でのいわゆるサブプライムローンと同様のやり口なのだが、住宅ばかりではなく自動車や高級家具、高級家電製品にいたるまで、数字に弱く無計画な人々の生活を銀行ローンが縛り付けていったのである。さらに、英国人、ドイツ人、フランス人たちが、欧州の中では格段に安かったスペインの不動産をさかんに買いあさり、住宅価格は急上昇した。バルセロナなどの都市の集合住宅でも、「高く売れる」と分かった家主たちが賃貸しをやめて部屋を売り物件に変えたために、貸し物件が不足し家賃もまた高騰した。同時にユーロ導入時の便乗値上げと後の原油価格の上昇もあって、この間にありとあらゆる物価が上がり続けたのである。
そして国家と国民の全体を巻き込んだこの狂乱は、米国で起こったと同様に、そしてかつて日本で起こったと同様に、銀行の大掛かりな経営破たんを引き起こした。そしてスペインの銀行を突っ走らせた外国資本は、多額の「戦利品」を懐に収めた挙句に借用書だけを残して立ち去ったというわけである。私の「シリーズ:515スペイン大衆反乱 15M」でお知らせしたように、いま人々は「シロアリの巣」がどこにあるのか気づき始めている。
もちろんだがそれは、ポール・グレイグ・ロバーツが示したようにゴールドマンサックスなどの金融機関とそれを後ろ盾にする格付企業等の企業群であり、その「窓口」欧州中銀とIMFである。スペインのマスコミの中ではわずかにプブリコ紙だけが、ゴールドマンサックスを取り上げて「危機が国際企業を太らせる」と指摘している。(そんなマスコミがあるだけ日本よりマシか…。)ネオリベラル経済は単なる略奪経済であるだけではなく、日本を狙うTPPの素顔からも分かるように、巨大資本による世界の私的で直接的な統治を目指すものである。それは法も国家も超越した権力なのだ。EUはその格好の「餌場」と化してしまった。そしてスペインはいまの「経済危機」を通して、いずれ隅々まで巨大資本の私有物に成り果てるのかもしれない。
ドイツや北欧諸国のような国家と社会に対するしっかりした理念を持たず制度的にもスキだらけの南欧諸国が、最初にそのターゲットになってしまった。2007年まで散々にこの国の狂乱経済を踊らせ続けたバブルの熱病は、国の指導者だけではなく、産業界、官僚機構、マスコミ、学術界、そして下々の庶民にいたるまで社会の全体に感染し、ただでさえタガの外れた金銭感覚と貧弱な数字感覚しか持たないスペイン人の社会を打ち砕いていった。このシロアリどもに食い荒らされた国家を支えるものは、もはやどこにも無いだろう。
これはもう詐欺としか言いようがあるまい。

●ただいま崩壊中の国家と社会
2000年代になってスペインでは「にわか金持ち」が街頭にあふれた。正確には「ちょっと財布が膨んだので金持ちの仲間入りができたと思い込んだ貧乏人」と言うべきだろう。そして彼らの多くが2007年以降、見る見るうちに貧乏人に戻っていった。しかも、給料を下げられ、あぶく銭の臨時収入を失い、一部は仕事を失い、高級自家用車を手放し、10年間で1.5~2倍に上がった物価と情け容赦も無い消費税アップを前に何を買う意欲も失い、一部の不幸な者たちは家賃もローンも払えずに自宅を失い、結局は以前よりもずっと惨めな境遇に堕ちた自分と対面せざるを得なかったのである。以前の「貧乏」とは全く異質の貧困が彼らを待ち構えていた。《帰ってみればこはいかに!元いた家も村も無く・・・》。浦島太郎は日本の御伽噺だけではない。
社会福祉団体カリタスの調べによると、現在スペインでは総人口の20.8%(およそ1000万人)が貧困層であり、140万世帯で家族メンバーの誰一人として職に就くことができない。加えてそれ以外に、約50万世帯が失業保険や緊急の政府援助などの絵支援も途絶え全く無収入の状態に置かれている。エル・ペリオディコ紙によると、2011年7月の段階ですでに235万人が毎日飢えを感じ、国民の46%が食生活の質と量を落としていたのだ。2012年9月からは、EU、欧州中銀、IMFのトロイカの命令に基づいて、消費税が大幅に引き上げられた。同時に公共輸送運賃、電気代、ガス代も値上げされた。必死に倹約と我慢を続ける国民の努力にも、じきに限界が訪れるだろう。
スペイン政府はこんな状況をもたらした元凶である銀行を「救済する」ために、まず教育、つまり将来の国家を支えるべき人材の育成を切り捨てている。2011年4月以降の1年間で教育にかける費用は21.9%も削られた。さらに基礎的な科学研究の予算も25%削減された。続いて国民の健康な身体を支える医療を切り捨てる2012~13年度の予算からは保健医療の13.7%(70億ユーロ)が消えてなくなった。これらの数字は今後も増え続けることだろう。要するにこの国の指導者は国の未来を捨てたのだ。彼らの頭にあるのは、カネだけがあって人のいない「国」である。
2012年5月14日にスペイン第2の銀行BBVA幹部は「現在の経済危機はリーマンブラザーズ倒産時よりも深刻だ」という認識を示した。当然だ。サブプライムローンの焦げ付きに端を発したリーマンブラザーズ倒産は、確かに米国と欧州の経済を激しく揺り動かしたが、それでも米国の政治と経済はそのショックを直接に国家の破滅にまで直結させないだけの分厚さを持っていた。しかしスペインは全く異なる。上っ面の1枚をはいだらそこには何も残っていない。その上っ面の1枚を支えていた外国からの投資はいっせいに引き上げられてしまった。放っておけばこの国の債務不履行は避けられず、それはユーロ圏だけではなく欧州全体の崩壊に結びつきかねない。それを防ぐ手段としてEUはIMFと共に欧州中銀によるスペインの金融機関の直接統治を推し進める作業に努めている。
当シリーズ(その4)で明らかにしたとおり、2012年6月、スペイン救済とユーロ崩壊への対策としてドイツのメルケルが打ち出した雇用の創出を柱とする「成長策」は、欧州中銀のマリオ・ドラギとイタリア首相のマリオ・モンティ(ともにゴールドマンサックスの関係者)の激しい抵抗に遭って頓挫し、スペイン政府は「即効性」を求めて、彼らの唱える銀行への直接の救済路線に乗った。こうして、スペイン政府は自力の経済健全化の可能性といっしょに国家の主権を投げ捨てたのである。結果として国は分裂し、その国民は文字通りの「棄民」と成り果てるほかにはあるまい。
スペイン国内でいまカタルーニャの独立意識が階層や党派を超えて不自然なほど急激に盛り上がりつつある。公的な医療・厚生機関への給料遅配に陥っているカタルーニャ州政府は先日、マドリッドの中央政府に50億ユーロの資金援助を要請したばかりだ。しかしそれは逆にカタルーニャ人のマドリッドに対する反感を強める結果となっている。この9月11日、「カタルーニャの日」にバルセロナで行われた独立要求のデモには、主催者発表で200万人、市交通警察の発表で150万人が集まり、市の中心部一帯の大通りを数時間にわたって埋め尽くした。この種のデモや集会を常に極端に過小評価する国家警察ですら「60万人が参加した」ことを認めざるを得なかったのだ。
カタルーニャだけではなく、スペインにある17の自治州はそれぞれに借金を背負い財政破綻寸前の状況にあり、その多くが国の「自治体救済基金(FLA: Fondo de Liquidez Autonómico)」からの資金援助を申請しなければならない状態である。その中でマドリッド、ガリシア、ラ・リオハの3つの州は中央政府からの資金借り入れの予定が無い。つまり、今までさしたる赤字なしで州の運営を行ってきたということだが、なんとも腑に落ちない。バレンシアを除いてスペインの中で公金略奪の最も激しいと思われる地域がマドリッドとガリシアだからだ。
かつての独裁者フランシス・フランコによって最大限に権威付けられたマドリッド州とマドリッド市は現在の国政与党国民党の牙城であり、またガリシアはそのフランコ、最後のフランコ政権閣僚で国民党創設に力を尽くして今年死去したマニュエル・フラガ、そして現首相マリアノ・ラホイの出身地である。歴史的にまともな工業生産を行ったことの無いマドリッドにはスペイン中からの税金と資金が集中する。また伝統的な1次産業と観光以外にろくな収入源を持たないガリシア州の豪華なインフラ整備が大規模な国庫補助によって支えられてきたことは言うまでも無い。
民族意識の高いカタルーニャ人たちの間では、工業化の進んだカタルーニャの資金の多くが中央政府に吸い上げられてマドリッドやガリシアにばら撒かれ、フランコの子分とその取り巻きどもの懐を潤し続けていると信じる者が多い。そして州政府が頭を下げて中央政府からの借金をお願いするような事態に、カタルーニャ人たちの苛立ちは爆発寸前になっている。
一方、EUではバロッゾ委員長自ら、「仮定での話」という注釈つきではあるが、史上初めて「カタルーニャ独立」とその「国際的な承認」についての発言を行った。9月11日にはEU本部は「仮にカタルーニャが独立したとしても、直ちにEUに加われるわけではなく、正式な申請をしなければならない」と釘を刺したのだが、それにしても、カタルーニャ独立、つまりスペインの分裂を念頭に置いた発言であり、大いに注目される。カタルーニャ人たちは以前からスペインからの独立に対するEUの役割に期待し、「スペインの中のカタルーニャ」ではなく「欧州の中の独立国家カタルーニャ」の声が高まる。
マドリッド政府も内心その点を非常に恐れていると見えて、国庫資金借り入れに際してカタルーニャ州政府が出した「政治的な条件を一切付けるな」という要求に対して、ただ「負債を減らす努力をしてくれればよい」と答えたのみだった。「政治的条件」を付けたとたんに何が起こるか、中央政府は十分に理解できたのである。この状況に、いまだフランコ主義が根強く残る軍内部で激しい危機感が起こっている。8月末にフランシスコ・アラマン・カストロ大佐が「カタルーニャが独立?俺の死体を乗り越えて行くがよい!」と発言した。これはもしカタルーニャが独立の動きを始めたら軍が武力で鎮圧するという意味だが、それは新たな軍事クーデターをも示唆する発言である。こうして経済危機は政治危機につながっていく。
おそらくいま筆者の目の前にあるのは腐敗し崩壊していく国家の姿なのだろう。バスク州でも、末期癌のETAテロリストの釈放を求めて激しい運動が起こり、中央政府は今までではとうてい考えられなかった柔軟な姿勢を見せ釈放を認める方針を発表した。彼らはバスクの反発と分離の動きを心底恐れているのだ。その一方でマドリッドを中心に「ラホイ政権の軟弱な姿勢」に対して轟々たる非難の声もまた響いている。さらに少数民族地域だけではなく、従来からフランコとその末裔たちに忠実に付き従ってきたガリシアやエクストレマデゥーラ、アストゥリアスなどの地域でも、国民党政府に対する反発が強まり与党国民党内部でも亀裂が広がりつつある。
こういった経済的な危機から政治的な弱体化に続く道は、ある意味でスペインの「自業自得」なのだが、先ほども申し上げたとおり、国家の機能を破壊し国家を通さずに直接にその社会全体を私物化しようとする巨大資本によってねじふせられた一面もあることを忘れてはなるまい。これについては次回に実例を挙げてご説明しよう。

●「死にいたる病」
「死にいたる病」という言葉があるが、おそらくそれは「病そのもの」を指すものではなく、「病根」を見ずに「症状」だけを抑えようとする人間の愚かさについて述べるものなのだろう。危機が叫ばれ始めて以来のスペイン政府は「血だ!血が足りない!血が無くなる!血をくれ!」と叫び続ける病人のようである。しかしその原因が心臓にあるのか、血管にあるのか、体のどこかに開いた傷にあるのか、それとも造血作用のほうにあるのか、…、そんなことは全く意識に無い。とにかく「出血を止めなくっちゃ!」とばかりに、血液の必要な組織や細胞に続く動脈を縛り付け栓をし、どうでもよいような小さな傷に強力な絆創膏をべたべたと身動きの取れなくなるまで貼りつづけるのだが、そうすればするほど体中の組織と細胞に貧血状態が強まり壊死が次々と広がっている。ちょうどこんな具合だ。
もちろん「血が足りない」ことを知った時点ですでに手遅れであり、緊急輸血、つまりEUと欧州中銀による資金注入は、単なる時間稼ぎに過ぎない。しょせんどうあがいても助かりようが無いのだが、少なくとも、経済の「病根」についての意識と見識を持っていたのなら、こんな「病」に冒されることなど最初から無かったはずだ。日本人である筆者としては、1980年代後半以後の日本の愚かな経験から学んでほしかったのだが…。こうして、手遅れになってもなおその原因に気づかないような在り方そのものが、手遅れの事態を招いたのである。それがこの国の「原罪」なのだろう。(東アジアに生まれ育った私としては、キリスト教的な「原罪」よりも、仏教の言葉を借りて「貪・瞋・痴(とん・じん・ち)の三毒」を言ってみたい気がするが、哲学を語るつもりもそんな能力も無いので止めておく。)
言ってみれば、スペイン国民と国家指導者たちはいいようにカモにされたのだ。確かにアスナールはネオリベラル経済の信奉者でネオコン追随者だった。しかし元々彼の経済政策はフランコ独裁政権時代からあったオプスデイの路線の延長上にあり、彼は同時に強烈な国家主義者だった。米国でのネオコンの台頭を見てその路線に擦り寄って以来そこから離れることはないのだが、いま彼の頭の中に「偉大な統一スペイン」の姿は残っているのだろうか?
そして2000年の総選挙で彼の国民党に絶対多数を与えたスペイン国民と財界は、バブルがいずれ崩壊する道理すら思い浮かばず、熱病の幻覚の中で目先のユーロに踊らされた挙句に全てを失った。そして再び2011年の総選挙で国民から絶対多数を与えられたアスナールの後継者たちは、詐欺師たちによって見捨てられた国家の形骸にしがみつき、欧州中銀や米国巨大資本の番頭となる以外を考える頭脳を持たない。彼らは自分たちを選んだ国民に詐欺の被害を押し付け、詐欺師の側に立って生きる道を選んだのである。こうしてスペイン国民の多数派は二重にカモにされてしまった。
この8月31日にスペイン政府はEUの圧力を受けて「バッドバンク」つまり不良債権処理のための機構を作る決定をしたのだが、これが決定的にスペイン社会を二分化していくだろう。中小の金融機関は整理されていくつかのメガバンクにまとめられ、さらに世界的な金融・投資機関に系列化されるし、各企業はその傘下に配置されることになる。そしてその上部構造とそれを取り巻く者たちによる上流社会とそれに連なる中流社会が再編成されるだろう。そしてカモたる大多数派の人民の肩には負債のツケがいつまでも背負わされることになる。抜け殻と化した国家機構にとって、巨大資本による社会の全面的・直接的な支配の道具以外の機能は許されない。それはもはや国家とは呼べない代物である。国家の解体は中東やアフリカ諸国だけで起こっているわけでもなく、また武力を用いてのみ行われるものでもないのだ。
2000年代になってこの国を襲ったバブルの熱病以来の過程は資本と国家による二重の詐欺だった。ちょうど1980年代後半以降に日本を襲い続けているものと同じようにである。スペインにもし「よみがえり」があるとすれば、スペインのカモの群れが自ら学んで賢くなるとき以外にありえないだろう。

(2012年9月11日 バルセロナにて 童子丸開)

シリーズ: 『スペインの経済危機』の正体
(その1)スペイン:危機と切捨てと怒りのスパイラル 【Socialist Review誌記事全訳】
(その2) 支配階級に根を下ろす「たかりの文化」
(その3-A)バブルの狂宴:スペイン中に広がる「新築」ゴーストタウン
(その3-B) バブルの狂宴が終わった後は
(その4) 「銀行統合」「国営化」「救済」の茶番劇
(その5) 学校を出たらそこは暗闇
(その6) 「危機」ではない!詐欺だ!
(その7) 狂い死にしゾンビ化する国家(予定)
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye2041:120912〕