バルセロナの童子丸開が シリーズ:『スペイン経済危機』の正体 の続編として書いています。スペインで1990年代末ごろから始まったバブル経済は、もはや回復不可能なほどに、この愛すべき国を荒廃に陥れています。この国に住む一人の外国人として、スペイン社会で起こっている目を覆いたくなるような事実を、日本語情報として書き留め記録しておきたいと思います。私が出てきた日本社会が同じく「中南米化」に向かうことのないように、わずかにでも参考になることでもあれば、幸いです。
このシリーズの基調論として、World Socialist Web Siteから、 Poverty, Hunger and Inequality Grow in Spain(October 30, 2012 Alejandro López著)の和訳をご覧いただきたいと思います。この記事は同じ日付でGlobal Research誌にも掲載されました。こういったスペインの情報が英訳されて紹介されることはあまりにも少なく、そのため、日本に紹介されることもほとんど無いでしょう。スペインからの直接の情報を、こうやって日本に送り続けているのは、私くらいのものだと思います。
この文章に書かれていることは、EU第5位、ユーロ圏第4位の経済規模とされるスペインで起こっている現実の、ごくごく一部です。しかも、著者のアレハンドロ・ロペスが調べた資料はやや古いものもあると思われ、実際にはもっと醜い状況です。スペインはいま加速をつけて、以前にネオリベラリズムのカモにされた中南米諸国の状態に近づいています。そしてそれに、ポルトガル、イタリアなどの南欧諸国が、ひょっとすると欧州全体が、続いていくのかもしれません。
訳文中の(1) (2)…は注釈ですが、そこに2012年11月の段階で手に入る最新の情報を掲げておきましょう。
そしてこの英訳を初端として、いま現在のスペインの社会状況を次々とありのままにご報告していくことにします。より詳しいご理解のためには、「幻想のパティオ 目次」から、「シリーズ『スペイン経済危機』の正体」、「515スペイン大衆反乱」をお読みください。
シリーズの予定としては、このWorld Socialist Web Siteの記事から出発して、上下に分裂し階級間の対立を激化させつつあるスペイン社会の様子を最新情報から拾っていきます。次に、非常に不可解な様相を示すカタルーニャやバスクの分離独立運動と、それに象徴される地理的な分裂、スペイン支配層の強権的・暴力的支配の劇的な強化、そしてそれらと平行して進められる欧州再編成の動きなどを、特集していきたいと思います。欧州はきっと、「民主的に選ばれたピノチェットやビデラ」の支配する地域になっていくのでしょう。ただ、現実の展開の仕方に応じて以前のテーマの続編を書いていくこともあるでしょうし、情勢の変化で予定通りにいかないこともありえます。
いずれにしても、スペインに特化した最新の現地からの情報を、常に発信し続けていく予定です。それは、「まさかそんなことが欧州で起こっいるはずはあるまい」とお思いになるかもしれない、あまりにもむごい現実かもしれませんが、ご愛読のほどをよろしくお願いします。
(2012年11月初旬 バルセロナにて 童子丸開)
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【引用、訳出開始】
World Socialist Web Site 記事より
スペインにおける貧困と飢餓と格差の増大
アレハンドロ・ロペス著
2012年10月30日 World Socialist Web Site
2008年の経済危機の開始以来、スペイン中で貧困と飢餓と格差が、劇的に増大している。スペインはいまや欧州共同体(EU)の27カ国全部の中で最も不平等な国となっている。
右派の国民党(PP)政府、そしてその前任者である社会労働党は、次から次へと過酷な緊縮財政政策を課してきたが、それには、公的医療、教育、社会保障の切り捨て、税率の引き上げと新たな労働法の制定が含まれる。それが、猛烈な物価の上昇と失業の増大を伴う不況のさなかに行われるのだ(1)。スペイン中央銀行によれば、今年の第1四半期に経済は0.4%縮小した(2)。
ユーロスタットの最新の統計によれば、ジニ係数(完全な平等が0で、最大の不平等が100で表される)で計られる社会的格差は、スペインで2008年から2011年の間に31.3から34になっている。EUの平均は30である。16カ国のみが2011年の自国の統計をジニ係数が計算できる形で発表した。その中で、スペインは格差レベルが最大級の国の一つであり、ラトビアの35.2だけがそれを越している。
拡大しつつある格差のもう一つの測り方がS20/S80比だが、これは最富裕層20%の総収入と最貧層20%の総収入から計られるものである。この比が大きいほど格差は激しい。スペインでは、それは2006年の5.5から2011年には7.5に拡大した(3)。これは、平均値が5.7のEU27カ国中で、最大のレベルである。この測定法では、スペインはラトビアを追い抜いている。そこは2011年に7.3だったのだ。
公式発表による失業率は現在25%であり(4)、25歳未満の若者では53%である。人口動態調査(Active Population Survey)によれば、その構成員の全員に職のない家族の数は170万にのぼる。公共職業安定所に登録される者たちの中で、わずかに67%が何らかの国家による救済や至急を受けているに過ぎない。
2010年に、社会福祉サービスは800万に近い人々に、水と電気と食料の費用の支払いを援助したのだが、それはその前年より20%ほどの増加である。その2年後に、いまだ最新の統計は知られていないが、相当に増加しているはずである。PP政府は、今年、基本的な社会福祉サービスに従事する役所の予算を、ほぼ半分に削っている。
あるソーシャル・ワーカーがエル・パイス紙に語った。「私は社会福祉担当者として25年働いてきましたが、こんなことは見たことがありませんでした。今年は去年よりもはるかにひどい状態です。かつて公的な社会サービスが今ほどにあふれ返ったことは決してありませんでしたし、切捨てに遭ってお金が無いのです。」
赤十字は、30万人のスペイン人を救うために3000万ユーロ(3880万ドル)にのぼる新たな寄付を求める声明を出した。声明は次のように述べる。「数年前には想像すら難しかったことだ。伝統的に強力な西側諸国の赤十字社は、数十万人のための炊き出し班を組織し、50代と60代の新たなホームレスのグループに毛布を配っているのだ。
「スペインでは、赤十字に支援される人々の82%が貧困ライン以下で生活している。最近になって支援されるようになった失業中の人々の半分が2年間以上も労働市場から締め出されている。
「これはスペインだけではない。イタリアでは、食料の必要性が増大しつつあるのだが、赤十字の班は国中で保健と社会福祉体制の綿密な評価を行うだろう。ハンガリーでは、食料計画の必要性が増大しつつあり、同時にまた、未払いのために電気を止められた家庭への再送電の計画を立てている。フィンランドのように、他のユーロ圏の諸国よりも経済がうまくいっている国ですら、赤十字社は長期の失業者が相談できる44の保健福祉センターを設立したのだ。」
スペインでの社会的弱者に関する赤十字の報告は、国民の43.2%が冬の暖房をまかなうことができず、26%が1週間に3回はたんぱく質の入った食事を取ることが出来ないと述べている。
カトリックの慈善団体カリタスは、同団体が援助する人々の数が、全国で、2007年の37万人から2011年に100万人を超えるまでに増えたことを明らかにし(5)、スペインの社会的な危機を別の面から示した。
「抵当被害者会議」(PAH:The Plataforma de afectados por la Hipoteca)は、住宅ローンの抵当権を盾に取る強制的な住居追い出しの停止を求めているのだが、毎日300家族が住居から追い立てられていると推定している(6)。
スペインの勤労者の購買力は1985年以来最も大きな落ち込みを見せている。支配階級が、国際的な競争力を得るために、国内での賃金引下げを目論んでいるからである。労働組合であるCCOO(スペイン労働者委員会)による研究は、雇用がもはや貧困への転落を食い止められないことを明らかにしている(7)。
この研究報告が明らかにするところでは、月額641.40ユーロの最低賃金に等しいかそれ未満の額しか受け取っていない労働者の割合は35%にのぼる。欧州の平均では22.5%であり、スペインはルーマニアに次ぐ高い割合である。
最悪の影響を受ける分野は自営業者であり、40%が貧困の危機に瀕している。パートタイム労働者の18%は今の段階で貧困者なのだ。
この報告は、2012年末までにはスペイン全体で貧困率が28%になると予測している。2007年以来、年10%の割合で上昇していることになる。
国家統計局(INE)は、ほぼ100万人がスペインを去っていったことを指摘する(8)。2011年初頭以来、21ヶ月間に、スペインの人口は4715万3千人から4611万7千人に減少しているのだ。
その一方で支配階級は、その政治代表者どもが社会的支出の削減を正当化するために「我々は分不相応に生きてきた」という例の神話を繰り返すときでさえ、この悲惨な社会から利益を上げている。
クレジット・スイス社は、今後5年以内に百万長者が110%増えるだろうと推定している(9)。つまり、2017年には61万6千人いることになる。ABCが公表した記事は、いわゆるSICAVが一部の件では50%成長していることを告げる(10)。1%の税金しかかけられないために投資家たちにとって魅惑的な集団的投資の計画なのだ。
【引用、訳出終わり】
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【注釈】
(1) 2012年11月現在、スペインの失業者数は480万人を超え最高記録を更新中。また9月の消費税値上げによって物価は前年比で3.4%上昇した。
(2) 2012年10月の段階で、スペインのGDPは前年比1.6%のマイナスである。特に大型消費財の落ち込みはひどく、たとえば自動車の販売数は前年比で22%も落ち込んでいる。
(3) 2010年には6.9だったので1年間で0.6上昇したことになる。2012年以後の格差の増大はもっと大きくなるだろう。
(4) 2012年10月末の段階では失業率は25.8%であり、ギリシャを抜いてユーロ圏最大となっている。
(5) カリタスの調べによると、スペイン全土で1150万人の人々が貧困と社会的排除の危機に瀕している。
(6) 銀行が警察を使って住民を自宅から追い出している様子については、「シリーズ:『スペイン経済危機』の正体』から「(その3-B) バブルの狂宴が終わった後は」にある「●住む人のない家、住む家のない人」をお読みいただきたい。2012年第2四半期には、1日に平均して526家族が自宅から追い立てられているのだ。11月になって裁判官の一部がようやく追い出しを規制しようという動きを始めたばかりだが、2008年7月以来4年間で25万に近い数の家族が、抵当権を盾に取る銀行の追い出しによって自宅を失っている。しかし住人を追い出した後の家にもほとんど買い手が付かず、スペイン中で70万軒以上が空き家となっているのだ。これは単なる「貧乏人の社会的排除」であろう。なお、「抵当被害者会議」は、政治党派でも労働組合でもなく、2011年5月11日以来続く「15M(キンセ・デ・エメ)」運動が中心となって組織しているものである。
(7) この点は、小泉内閣以来ワーキング・プアが劇的に拡大している日本の状況をイメージすれば、すぐに分かることだろう。スペインの場合には、物価と消費税が大幅に上昇している分、よけいに悲惨である。
(8) 2011年1月から2012年9月までにおよそ100万人(92万8千人が外国籍、11万8千人がスペイン国籍)が、職を求めてスペインを去っている。外国籍の者の多くが出身国に戻っているのだが、スペイン人の場合、行き先は英国、ドイツ、フランス、米国などが多いが、以前とは正反対に、スペインから中南米に「出稼ぎ」に行く数も増加している。スペインでは中南米以上に生きていけないのだ。そしてこの労働力の減少は、経済の縮小と国の衰退に拍車をかけることになるだろう。
(9) これがスペイン1国についてのものなのかどうか、残念ながらこのクレジット・スイス社の報告はまだ見つけていないために、明らかではない。しかしこの数字が、世界の他の国ではなくスペインについてであることは、この文脈とこちらの記事などで判定できるだろう。
(10) SICAV(Societe d’investissement a Capital Variable:フランス語)は、顧客の資金を、公社債、株式、コール等に運用するオープンエンド方式の投資信託を発行しているフランスの投資信託会社である。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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