例によって、ドイツ在住のグローガー理恵さんが、ホットな話題が提供されている。
ウクライナ紛争:元スイス陸軍大佐/戦略アナリスト・ジャック・ボー氏に訊く 『内政上、ゼレンスキーが置かれた状況はきわめて不安定 』 | ちきゅう座 (chikyuza.net)
元スイス戦略情報局員/戦略アナリスト・ジャック・ボー氏が探る 「ワグネルの反乱」の真相 | ちきゅう座 (chikyuza.net)
Jacques Baudの近著
このちきゅう座記事で紹介されている、ジャック・ボーはスイス人軍事アナリストで、NATOにも勤務した経歴の持ち主であり、こうしたウクライナをめぐる情勢分析については、プロフェッショナルな論述を極めているのではないか、と思われる。しかし、彼の提示する分析のコア中のコアは我々のうかがい知れぬ、彼のネットワーク中の情報源によるところが大きく、我々のような素人には論評しようもない領域にある。言ってみれば、藤井翔太七冠の将棋の天才性を真に理解することはほとんど不可能であるのと同断ではないか。翔太君の場合には、現に若干二十歳にして(史上最年少)将棋界八大タイトル中七タイトルをすでにして独占しているという外形的事実によって知ることができるが、ボーについてはその外形的事実というやつが極めて限定的で、なんとも彼の語る「真実」については「へぇ―そうなんだぁ」と感心するほかないのである。
もちろん彼の論述自体の筋書きは大変もっともらしく合理的な推論をたどっているように見えるが、カントも指摘するように合理的推論だけでは砂上の楼閣になりかねないわけだ。
従って、筆者の能力の範囲ではボーの論述を証明することも反証することも原理的に出来ない次第なのである。とりあえず、ワグネルの乱についてのレポートでロシアの特別軍事作戦はウクライナの領土を奪おうというものではなく、非軍事化が目的なのだ、それを思い出せと言っているのだが、そんな古典的帝国主義のような領土奪取などということをプーチンがいうはずもないようなことを、わざわざ強調して見せているのは、なんとなく「侵攻」ではないのだと匂わせたいのではないかと、勘繰りたくなるくらいのものだ。
それでもボーに関する外形的事実を何とか拾い集めようと、まずは例によってWikipediaを探してみると、フランス語バージョンしか見当たらない。Jacques Baud — Wikipédia (wikipedia.org)なんとか仏和辞書を引き引き訳してみると、出生や経歴の紹介のあとに「Conspirationnisme et désinformation」という項目が立てられていて、んンなんだろうなとまたまた辞書を見ると「陰謀と偽情報」と来て、これはなかなか香しい御仁ではないのか、と期待が膨らんでくる。でその中身だが、以下のごとし。
(引用)
ジャック・ボーは2009年、オサマ・ビン・ラディンは2001年9月11日のテロには関与していないと断言した。今日でも、アメリカはタリバンをテロ組織として分類しておらず、ビン・ラディンの捜索を公式に断念している」。さらに、2011年にビン・ラディンが米軍特殊部隊に排除された後、ジャック・ボーはその著書『Terrorisme, mensonges politiques et stratégies fatales de l’Occident』の中で、アル・カイダの指導者は実際には2006年からすでにパキスタンの囚人であり、アメリカはそれを知っていたと主張している。ジャック・ボードによれば、「アメリカの特殊部隊による作戦は、オバマの大統領選挙キャンペーンを準備するための演出にすぎなかった。
コンスピラシー・ウォッチ』誌に掲載されたジャーナリスト、アントワーヌ・ハスデーによれば、ジャック・ボードがRTフランスに行ったインタビューは、「地政学的陰謀のボックスをすべて満たしている」。主流メディアに招かれることもあるボーは、極右のウェブTVチャンネル「TVリベルテス」にも出演しており、以前は「RTフランス」にも出演していた。後者のチャンネルで2020年9月にフレデリック・タダイのインタビューを受けた彼は、ダルフールでの戦争による人的被害を軽視し、死者数を2,500人(国連発表では30万人)に減らし、2011年のホムスでの虐殺や2013年から2018年にかけてのグータ、カーン・チェイクフン、ドゥーマでの化学攻撃に対するシリア軍の責任を否定した。バッシャール・アル=アサドのシリア政権の公式な主張に倣い、彼はまた、軍事写真家「セザール」が撮影した写真は拷問で死亡した政治的敵対者のものではなく、シリア軍兵士のものだと主張している。ジャック・ボーはまた、セルゲイ・スクリパリとユリア・スクリパリの毒殺は「食中毒」によるものであり、アレクセイ・ナヴァルニーの毒殺はおそらく「マフィアの仕業」であると述べ、ロシアを免責した。ジャーナリストのエリー・ギュケールも、彼を「偽情報の有名なプレーヤー」の一人に分類している。
ジャック・ボーは、2020年に出版された著書『Gouverner par les fake news』の中で、1979年のソ連のアフガニスタン介入は、アフガニスタンを不安定化させようとしたアメリカの作戦に対する反動であり、1983年のベイルートでの多国籍警備隊襲撃事件はヒズボラとイランに責任はないと主張している: 地政学者のパスカル・ボニファスは、この本の「著者が行き過ぎた箇所が多い」ことを嘆き、「化学兵器使用へのバッシャール・アル・アサドの関与を否定したいという著者の願望は、大いに議論の余地があるようだ」と付け加えている。
ロシアが2022年2月にウクライナに侵攻した後、ジャック・ボーは『Poutine, maître du jeu? この本はメディアから「組織的にプーチンを擁護している」と非難された。ジャーナリストのイアン・ハメルは、「ほとんどのロシアとウクライナの専門家にとって、ジャック・ボーは悲しいことに陰謀論に陥っている。彼をクレムリンに雇われていると非難する者もいる」。ジャーナリストのマティア・ピロネルは、ジャック・ボーは「ウクライナにおけるロシアの免罪符」を求めており、「彼の視点に不都合な事実を自ら切断している」と書いている。ジャック・ボーは、ウラジーミル・プーチンはウクライナを征服したかったのではなく、単に「非軍事化」したかっただけだと主張しているが、ジャーナリストのジュリアン・パンによれば、これはクレムリンの典型的な主張である。ジャック・ボーは、ブーチャの虐殺に対するロシアの責任に疑問を投げかけ、特に「ブーチャの虐殺はすでに広く否定されている」とし、実際には「イギリスの諜報機関によって計画され、ウクライナのSBUによって実行された」可能性があると主張している。
(引用終わり)
もちろん、Wikipediaの記述が全く正しいなど筆者も主張するつもりは毛頭もないが、少なくともこの記述の範囲では出展が明らかにされていて、ジャック・ボーのそれにはほとんどそういった類のものが見られないのとは大きな違いとなっている。もっとも彼の情報源は彼のキャリアからする、ディープなもので、秘匿性を厳格に保持しなければならないことは当然のこととして理解はしている。
彼が論文を寄稿した、CF2Rをめぐっては所長のÉric Denécéのあまりのプロ―ロシア的言動に愛想を尽かせて、情報部門副部長が辞任するなど、なかなかの賑わいを見せているようだ。
Le think tank des espions français prend l’accent russe – Challenges
フランスのスパイ・シンクタンクがロシア訛りに(そして元DRMを失う)
ところで、ボーの分析にいち早く注目している慧眼の氏も、少ないながらいらっしゃるようで、例えばスピリチュアル経営論で高名な船井幸雄氏主催のサイトでは
舩井幸雄.com(船井幸雄.com)|ヤスのちょっとスピリチュアルな世界情勢予測(高島康司先生)2022年5月 (funaiyukio.com)
などスピリチュアルな観点からの好意的紹介がある。
本題に戻って、ジャック・ボーの言説の真理値を判定するすべはないに等しいのだが、もし「真」だと仮定すると、西側「帝国主義者」にとってはこの上なくうざい人物であるとともに、ロシアサイドにとっても、そうしたロシア軍事関係者との深いつながりをにおわせる言動を繰り広げることは、きわめて情報管理上の脆弱性をさらすこととなり、必ずしも歓迎される人物とはみなされないだろう。すなわちボーは西側帝国主義者とロシア情報当局の双方から挟撃され、双方の暗黙の合意のもと、なぜかスイスからロシアに「移住」しいつの間にか香しき情報発信が途絶える、といった事態に追い込まれはしないか、そのことを筆者は心から危惧する次第である。
PS いうまでもなく、知りすぎた男The Man Who Knew Too Much(1959年)はヒッチコックの名作のひとつ。主題歌のこれまた周知の「ケセラセラ」 (Que Sera, Sera) は、ドリス・デイ歌唱で世界中で大ヒット。「なるようになれ」の気分で放言を続けているとしたら(あくまで仮説です)、本当になるようになる、かもしれない。
以上
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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