昨年三・一一以来、日本における原子力発電の歴史を調べてみると、一九八〇年代後半から九〇年代初めが大きな転機であった。ソ連のチェルノブイリ原発事故から「グラースノスチ」=情報公開が認められ、東欧革命・冷戦崩壊・ソ連解体に至った時期は、世界史的意義を持っていた。
チェルノブイリの経験から、世界の先進国はフランスを除くほとんどの国が新規の原発建設をやめ、再生エネルギーの方向に踏み出した。原発大国アメリカもスリーマイル島事故とコスト計算から新設をやめた。それなのに、バブル経済さなかの日本は原発を作り続け、「安全神話」を肥大化させて、フクシマの悲劇を迎えた。冷戦時代の末期、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」「日米逆転」ともてはやされ、評者が当時「ジャパメリカ」と表現した日本は、バブル経済がはじけ、自民党一党支配=「五五年体制」も終焉したのに、新時代の方向性が見いだせないまま、惰性と内向きの「失われた二〇年」へと漂流した。
矢吹晋の新著『チャイメリカ』の面白さは、日本の落日の根拠を、裏面から教えてくれることだ。サブタイトルに「米中結託と日本の進路」とある。「チャイメリカ」の表現自体はイギリスの経済史家ファーガソンというが、米中二国で「世界陸地の一〇分の一を占め、世界人口の四分の一を占め、世界生産の三分の一を占め、過去八年分の世界のGNPの増加分の半分を占める」事態が、まぎれもなく進行している。
著者が引く「中国の貯蓄率は高く消費率は小さい。中国の過剰貯蓄(マネー洪水)がアメリカの過剰消費(貿易赤字と財政赤字、双子の赤字)を支えている」構造は、二五年前の「ジャパメリカ」とそっくりである。隣国中国は、日本の停滞期に、社会主義市場経済という名の改革開放政策に踏み切った。民主化運動は戦車でおしつぶし、一党独裁政治を維持したまま、グローバルな世界市場に参入した。党=国家主導の工業化をひた走り、かつての「農民革命」の国がいまや「世界の工場」になった。しかもその貿易の主たる相手国、商品とマネーの行く先はアメリカである。
だが、「ジャパメリカからチャイメリカへ」の歴史的類推は、ここまでである。「ジャパメリカ」は東西冷戦の産物で、ソ連社会主義という「敵」がいた。西側同盟の中でのアメリカのヘゲモニー衰退を、安全保障を委ねた日本が経済的に肩代わりするかたちだった。それもソ連・東欧社会主義の崩壊で、十年足らずのエピソードに終わった。
「チャイメリカ」は、文字通りの世界第一・第二の大国間関係で、世界史的な広がりと意味を持つ。金融的相互依存に留まらず、外交・軍事から政治・経済・文化のあらゆる分野で競合しつつ協調する。『防衛白書』などから未だに日米同盟がアジアの中心で中国と対抗していると信じている読者は、著者が詳しく紹介・分析する米中戦略・経済対話で、アメリカの世界戦略・アジア戦略が大きく変化し、米国国防総省報告が中国の軍事力を「国際公共財」と評するまでになっていることに驚くだろう。尖閣列島問題で頼みの米国が「日本固有の領土」と認めてくれない背景も、本書のいう「米中協調体制が世界を決める」から理解できる。著者矢吹は、こうした点からも日米安保が「賞味期限はとっくに切れて、今は害しかない」と断言する。若者によく読まれる孫崎享の日米関係論と共に、外務省にとっては、耳が痛い話だろう。
とはいえ「チャイメリカ」は、二〇世紀冷戦時代の米ソ二極支配とも異なる。評者も強調してきたが、中国を社会主義とよびうる根拠は、いまや共産党一党独裁以外にない。労働者国家どころか労働争議と党官僚の汚職腐敗が頻発している。無論、マルクス、レーニン、毛沢東のイデオロギーも、処世術にしか用いられない。著者矢吹は、これを「中国国家資本主義が官僚資本主義として自立」し始めた段階だという。ソ連・東欧型の市民社会からの民主化を恐れて、民族紛争抑圧からインターネット規制にいたる強権的支配が続く。だから不安定要因もある。アメリカにも日本にも、現実に進行する「チャイメリカ」に反発して「戦略的不信」を述べ、米軍沖縄基地やオスプレイは対中安全保障だと割り切る勢力がいる。それがグローバルであるだけに、本書の射程外にある欧州金融危機や中東民主化、インド・南米やアフリカ諸国の帰趨も「チャイメリカ」の行方に作用する。
原発が市場原理でも割高で正当化が難しいことは、いまやGEトップも認める二一世紀の趨勢だが、日本政府・財界は脱原発にふみだせない。世界はアジアから大きく動いているのに、日米同盟以外の選択肢をもたず孤立している。矢吹の大胆な分析と提言は、偏狭なナショナリズムを越えて世界の大きな流れを読み解く上で、貴重な問題提起である。
初出:「図書新聞」9月1日掲載書評 矢吹晋『チャイメリカ』(花伝社)から許可を得て転載しました。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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