読み比べは11回目である。朝日、毎日、読売、日経、産経、東京の6紙を読んだ。対象は、主に「社説」、「特集」、「個別記事」である。総体的な印象は、2020年の元旦各紙は、無気力で迫力に欠けるというものである。安倍政権に正面から退陣要求した新聞は一紙もない。
《社説のキーワードは「持続可能性」》
東京社説は「年のはじめに考える 誰も置き去りにしない」と題する。
18歳の女性マララ・ユスフザイが、15年9月国連サミットで「世界のリーダーの皆さん、世界中の全ての子どもたちに世界の平和と繁栄を約束してください」と訴えた。この会議が採択したのは「持続可能な開発のための2030アジェンダ(政策課題)」である。貧困・教育・気候変動など17分野にわたる「開発目標(SDGs)」であった。
合言葉が二つ、「誰一人も置き去りにしない」「地球規模の協力態勢」である。社説は、日本で08年「年越し派遣村」を立ち上げた湯浅誠の先駆性を挙げる。彼は今、「子ども食堂」の運動に総力をあげている。本当の総力戦が必要だ。SDGs実現には公私の全部門での協力が必要である。政治の力が必要なのも当然である。もし政治が「置き去り」をつくるのであればそれを変えればよい。
日経社説は「持続可能な国を引き継ごう」と題して具体的な三つの提言をする。
一つは企業変革、特に日本的雇用制度の改革である。二つは国による社会保障制度の全世代負担型への転換である。三つはエネルギー政策の見直しだ。原子力発電の構成比20~22%のロードマップの実現は厳しい。新しいイノーベーションが必要だ。新自由主義のイデオローグである日経は具体的かつ実践的である。
《毎日はポピュリズム批判》
毎日社説は「あきらめない心が必要だ」と題する。内容はポピュリズム批判である。分断の推進と異論の排除を是とするポピュリストは、「温暖化や海洋汚染などの地球の生態系に関する問題や、核軍拡競争の懸念が増すなかでも/国際秩序に大きな価値を認めない。地球の持続可能性の危機さえ招来している」のであり、安倍政治もポピュリズムの潮流に従う。さらに展開して仏思想家ジャック・アタリや政治哲学者宇野時重規の危機感を援用して結論を結ぶ。
朝日社説も、「SDGs」の掲げる目標が「人権」「人間の尊厳」「法の支配」「民主主義」という西洋近代の理念がそうであるように「普遍的」であることを確認する。しかし世界のポピュリズムは、といってプーチン・ロシア大統領の「リベラルの理念は時代遅れになった。それは圧倒的な多数の利益と対立している」という言葉を挙げる。国内でも、自民党が12年の野党時代に発表した改憲草案が、前文から「人類普遍の原理」という言葉を削除したことを普遍性排除の実例に挙げる。普遍性の要否についての綱引きが20年代を通して続くだろうとする。無論、その含意は普遍性の擁護である。
「持続可能性」という品のよい無機質な言葉をキーワードにした感覚に私は執筆者の葛藤を感じない。優等生の当たり障りのない流行語選択である。私の独断と偏見をいえば山本太郎やその応援演説をする前川喜平の1%の気迫も感じない。
《別路線をゆく読売と産経》
読売と産経は前四者と異なる。日本へのチョー楽観論と伝統的な反共理論だ。
読売社説のタイトルは「平和と繁栄をどう引き継ぐか〈変革〉に挑む気概を失うまい」というもの。その現状認識は次の通りである。
「日本は今、長い歴史の中でみれば、まれにみる平和と繁栄を享受している。世界に大きな戦争の兆しはない。安倍首相の長期政権下で政治は安定している。諸外国が苦しむ政治、社会の深刻な分断やポピュリズムの蔓延もみられない。経済成長率は実質1%前後と低いが、景気は緩やかに拡大している。失業率は2%台で主要国の最低水準だ。健康、医療、衛生面の施設も整う。男女を合わせた平均寿命は84歳と世界のトップレベルにある」。
ここまで読んで本当に驚愕した。ネトウヨ的月刊誌を凌ぐ日本礼賛である。
このあと、そうはいっても問題はあるとして日米同盟の強化、イノーベーション促進や高齢化対策、企業内部留保の活用による経済の活性化を提案する。批判と悲観を排すのが狙いの文章である。
産経社説は正確には「年のはじめに」という。論説委員長乾正人の署名と「政権長きゆえに尊からず」というタイトルがある。そのサワリは次の二点である。
「先日、〈正論〉友の会の講演で広島を訪れた際、会場からこんなご意見をいただいた。憲法改正がいますぐに断行できない政治状況はよく分かります。習近平を国賓で招くのも経済重視で我慢しましょう。しかし、靖国神社参拝を6年もしないのは許せません。靖国参拝の上、習近平を国賓として迎えれば日中間の歴史問題は一気に片づくでしょう。それができなければ、総理を長くやる意味はない。私は黙って頷くしかなかった」。
また外務省のチャイナスクールを批判して「最もひどかったのは中江要介中国大使である。/彼は生前、こう書いている。〈天皇制を護ろうとした国体護持による敗戦が間違いであったのではないかと、私は思う。何が間違いかと言えば、天皇制を護持したために戦争責任があいまいになった、と私は思う〉(「日中外交の証言」)見事なまでの〈共産党〉の論理である」。
《日経の特集はなかなか鋭い》
特集では日経の「逆境の資本主義」と東京の「民衆の叫び 世界を覆うデモ」が要注目だ。前者は、波乱の歴史を乗り越えてきた資本主義が現在の逆境にどう立ち向かうかというのがテーマである。なかなかの本格派である。日経の問題意識は、日本の経済ジャーナリズムの平均より一歩進んでいる。特集6頁に、アダム・スミスの時期から現在に至る簡潔な資本主義の歴史が置かれ、7頁ではニーアル・ファーガソン(歴史学者)、岩井克人(経済学者)、レオ・ダリオ(ヘッシファンド運用者)の三人に資本主義の現状と将来を語らせている。彼らの現状認識はヘタな社民主義者や財界のトップより数段深く鋭い。今年の元旦記事中、この特集が一番今後の期待を抱かせる。
毎日の「米中のはざまで 日米安保60年」も要注目である。第1回では米中の「宇宙戦略」の争いを取り上げた。米国からの「日米で月面着陸」提案に対して、日本は5月の首脳会談で検討すると表明した。「宇宙軍」を創設した米国への協力は、米中「宇宙圏」競争へのコスト負担につながるだろうという。
東京の「世界を覆うデモ」は7回の連載で各国のデモに迫る企画である。第1回は香港の若者を取材している。希望と絶望が錯綜した内面の心情を語る彼らの情念が切なく迫ってくる。
《5G利用に米製品を避けるという戦略》
個別の記事では、「ハイテク技術採用時の基準」と「宇宙開発」に関するものが興味深い。読売は一面で「中国製器制限新法」と報じた。企業がハイテク技術の導入時に、安全保障面へ考慮して日欧機器を優先する法律を政府が意図しているというもの。中国製品導入への警戒感を示すもので「5G ファーウエイ念頭」の見出しもある。ただ記事内容を見ると、通信基地局の世界シェアは、中国ファーウェイなどで4割、北欧2社を入れて四強体制となっている。日本勢は富士通とNECで各1%に過ぎない。ただし記事には対中制限をかけては日本の業界自体の国際競争力が劣ることへの不安や対策には言及がない。
ファーウェイの業績が米国中国のなかで好調という記事を各紙が伝えるなかで、産経は同社CEOの「単独寄稿」を載せたのが面白い。同寄稿でファーウェイが日本企業の成功例に学んだことを強調しているので「日本素敵論」と感じたのかも知れぬ。
朝日の福岡伸一(生物学者)とブレイディみかこ(在英の保育士・ライター)の対談が面白い。社説の多様性排除批判への援護射撃である。
東京オリンピックには礼賛記事の花咲かりだが、只一つ朝日が「日の丸だけに価値を求める」風潮を批判する記事を載せた。映画監督新海誠のコメントでは「エンタメが権力に利用される」危険を述べている。
米テレビ局を始めとする五輪利権企業、IOCとJOCに巣くう五輪官僚、インバウンドでに賭ける商人などの生態に迫る記事は一つもない。華やかなテレビ・ラジオ番組紹介、東京五輪の人気選手の紹介。これら「パンとサーカス」の世界への批判的な視点は、一切なし。勿論、見世物小屋のなかでも競争はある。芸人の人気記事も花盛りである。
《株価は27000円~19500円》
定番では日経の大手企業経営者による景気予想、金融専門家による株価と為替の予想がある。因みに日経平均予想の最高は投票者の平均が高値25450円、安値21625円。予想された最高値は27000円、最安値は19500円である。
多和田葉子、柳家小三治らへの朝日賞(田沼武能には特別賞)と草笛光子、今野勉らへの毎日芸術賞などなど書き残したものが多い。しかし長くなりすぎた。今年の元旦紙読み比べここまでに。(2020/01/02)
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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