スラップ訴訟とは何か。どうしたらスラップ訴訟を根絶できるか。ー「DHCスラップ訴訟」を許さない・第55弾

最近、「スラップ訴訟とは何でしょうか」「スラップの実害はどんなものなのでしょうか」「どうしたらスラップ訴訟を防止できると思いますか」などと、メデイアから聞かれるようになってきた。いくつかの原稿依頼もある。ようやくにして、スラップ訴訟の害悪が世に知られ、問題化してきたという実感がある。
☆スラップ訴訟とは何か
私はスラップ訴訟を、「政治的・経済的な強者による、目障りな運動や言論の弾圧あるいはその萎縮効果を狙っての不当な提訴」と定義している。スラップを、「運動弾圧型」と「言論抑制型」に分類することが有益だと思う。
「運動弾圧型」は政策や企業活動に反対する運動の中心人物を狙い撃ちする訴訟であり、「言論抑制型」は自分に対する批判を嫌忌しての高額損害賠償提訴。どちらも提訴を手段として、強者の意思を貫徹しようとするもの。いやがらせと恫喝、そして萎縮効果を狙う点で共通している。
かつて、同時代社出版の「武富士の闇」の記事が名誉と信用を毀損するとして武富士が訴えた。被告にされたのは、執筆担当の消費者弁護士3名と出版社。そのとき、私は被告代理人を買って出て筆頭代理人を務めた。当時、「スラップ訴訟」という言葉がなかった。あったのかも知れないが知られていなかった。この言葉が知られていれば、訴訟実務にも、世論の理解を得るためにも非常に有益だったと思う。同種訴訟が増えてきた現在、その概念の浸透のための努力が一層必要となってきている。
損害賠償請求の形態を取るスラップは、運動や言論への恫喝と萎縮効果を狙っての提訴だから、高額請求訴訟となるのが理の当然。「金目」は人を籠絡することもできるが、人を威嚇し萎縮させることもできるのだ。
DHC・吉田は、私をだまらせようとして、非常識な高額損害賠償請求訴訟を提起した。言論封殺を目的とした高額請求訴訟、これが言論抑圧型スラップの本質である。DHC・吉田は、同じ時期に、同じ「8億円授受問題」批判で、私の事件を含めて10件の同種事件を提訴している。莫大な訴訟費用・弁護士費用の支出をまったく問題にせずに、である。被告とされたのは、私のようなブロガーや評論家、出版社など。最低請求額は2000万円から最高は2億円の巨額である。
直接に口封じをねらわれ、応訴を余儀なくされたのはこの10件の被告である。しかし、恫喝の対象はこの被告らだけではない。広く社会に、「DHC・吉田を批判すると面倒なことになるぞ」と警告を発して、批判の言論についての萎縮効果を狙ったのである。
このような訴権の濫用には、歯止めが必要だ。この間、スラップの被害者の何人かの経験を直接に聞いた。皆が、高額請求訴訟の被告となる心理的な負担の大きさについて異口同音に語っている。高額請求訴訟の被告とされた者に、萎縮するなと言うのが無理な話なのだ。弁護士の私でさえ自分の体験を通じて、そのことがよく理解できる。
☆スラップを防止するために
かつて、司法制度改革審議会が司法制度改革を論議した際、民事訴訟に関しての最大の論争テーマとなったのが、弁護士費用の敗訴者負担問題だった。「紛争解決の費用は、有責者としての敗訴者が負担すべきだ」というシンプルな論理に、人権派は敢然と対抗し、「弱者の提訴を萎縮させてはならない」「司法本来の役割である、弱者の裁判利用にハードルを高くしてはならない」と論陣を張った。
弱者の側が提訴する訴訟は、消費者事件にせよ公害事件にせよ、あるいは医療過誤訴訟にせよ、勝訴確実とはいえないものが多い。敗訴の場合には、自分が依頼した弁護士の費用だけでなく相手方の弁護士費用までも負担させられるという制度では、弱者の提訴に萎縮効果がもたらされる。この制度が実現すれば、最も保護されるべき弱者の権利実現が妨げられることになる、と反対運動が盛りあがり、審議会の原案を葬った。
そのときには、強者や富者が民事訴訟制度を濫用することは考慮の内になかった。いま、スラップはまさしく強者や富者が訴権を濫用している。これには、歯止めが必要だが、敗訴の場合の弁護士費用を負担させることがその歯止めとして有効と考えられる。
アメリカ各州の制度とりわけカリフォルニアの反スラップ法を参考に「スラップの抗弁」の制度を考えたい。スラップ訴訟において、被告がこの提訴はスラップであると抗弁を提出すれば、裁判所は本案審理の進行を停止して、スラップに該当するか否かの判断に専念する。裁判所が、スラップの抗弁を認めれば、その効果の一つとして立証責任の転換が行われる。そして、もう一つの効果が、原告敗訴の場合には、原告は被告側の弁護士費用を支払わねばならないということにする。
この弁護士費用の負担額は、被告の現実の負担額である必要はない。政策的な配慮からもっと高額にすることが考えられる。スラップに限っての弁護士費用の敗訴者負担、それも懲罰的にすこぶる高額のという発想である。
また、制度の策定は先のこととして、当面最も現実的で必要な対応策は、一つ一つのスラップ訴訟を勝ちきって、原告にスラップの成功体験をさせないことである。このことを通じて、スラップに対する社会的非難の世論形成をはからねばならない。スラップという用語と概念を世に知らしめなければならない。スラップ提起を薄汚いこととする社会的な批判を常識として定着させることにより、スラップ提起者のイメージに傷がつき、会社であればブランドイメージや商品イメージが低下して、到底こんなことはできないという社会の空気を形成することが重要だと思う。
そのためには、まずはスラップの被害を受けた当事者が大きな声を上げなければならない。いま、私はそのような立場にある。社会的な責務として、DHC・吉田の不当を徹底して批判しなければならない。その不当と、被害者の心情を社会に訴えなければならない。
私は、多くの人の支援や励ましに恵まれた「最も幸福な被告」である。しかし、多くの場合、被告の受ける法的、財政的、精神的な負担ははかりしれない。ありがたいことに恵まれた立場にある私は、そうした被告の分まで、声を大にして、DHC・吉田の不当を叫び続けなければならない。そして、スラップの根絶に力を尽くさなければならない。そう思っている。
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   12月24日(木)控訴審口頭弁論期日スケジュール
DHC・吉田が私を訴えた「DHCスラップ訴訟」は、本年9月2日一審判決の言い渡しがあって、被告の私が勝訴し原告のDHC吉田は完敗となった。しかし、DHC吉田は一審判決を不服として控訴し、東京高裁第2民事部(総括裁判官・柴田寛之(29期))に控訴事件が係属している。
その第1回口頭弁論期日は、クリスマスイブの12月24日午後2時から。
法廷は、東京高裁庁舎822号法廷。ぜひ傍聴にお越し願いたい。
恒例になっている閉廷後の報告集会は、次のとおり。
 午後3時から、東京弁護士会502号会議室(弁護士会館5階)A・B
せっかくのクリスマスイブ。ゆったりと、楽しく報告集会をもちたい。表現の自由を大切に思う方ならどなたでもご参加を歓迎する。
(2015年12月2日・連続第976回)

初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2015.12.03より許可を得て転載
http://article9.jp/wordpress/?p=5996
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye3142:151203〕