ティーパーティーで蘇生した白人保守層の反撃 -共和党大統領候補たちは右寄り競争-

3年前には史上初の黒人大統領を生んだアメリカだが、来年11月の大統領選挙でホワイトハウス奪還を目指す共和党は、白人保守層による反撃の機運に乗ってオバマ大統領を敗退させようと、早くも大統領候補を目指す人々がしのぎを削っている。昨年の中間選挙での共和党勝利に貢献した草の根保守運動のティーパーティー(茶会)は、共和党の大統領候補選びにも多大な影響力を及ぼしている。候補争いに名乗りを挙げた面々は、「小さな政府」という右寄りの政策を競って茶会運動に媚を売っているように見受けられる。

これまでに名乗りを挙げた有力者はミット・ロムニー前マサチューセッツ州知事(男性)、リック・ペリー・テキサス州知事(男性)、ミシェル・バックマン下院議員(女性)らだが、前回大統領選挙で副大統領候補だったサラ・ペイリン前アラスカ州知事(女性)も虎視眈々と出馬のタイミングを見計らっている。これらの人々は共和党大統領候補の座を射止めるために、来年早々から全米各州で始まる予備選挙を通じて激しい選挙戦を展開するわけだが、当面最大の関心は誰がティーパーティーの推薦を受けられるかであろう。

本命はロムニー氏というのが、8月13日にペリー氏が出馬表明するまでの大方の予想だった。ところがが、テキサス州知事として雇用の創出に成功したことを実績とするペリー氏が、世論調査で一挙にトップに躍り出た。目下のところ人気度ではペリー、ロムニー、バックマン、ペイリンの順番だ。いずれもティーパーティーが主張する「小さな政府」-①医療保険の公営化反対②財政資金による倒産企業への救済融資反対③増税反対④海外への増兵反対-など、オバマ政策に反対を訴えることで候補者レースを勝ち抜こうとしている。

しかしティーパーティーの主張が共和党全体の方針として正式に採択されるかどうかは、各州予備選挙を経て来年夏に開かれる共和党全国大会を見ないと分からない。昨年秋の中間選挙からこれまでのところ、確かにティーパーティーに勢いがある。しかし元々の共和党支持者は穏健派が主流で、ティーパーティーのような極端な主張は異端だった。ところが今夏米政界で最大の問題だった債務上限引き上げ問題で、下院のティーパーティー系共和党議員たちが最後まで引き上げ反対したために、一時は米国債のデフォルト(債務不履行)の危機が取り沙汰されるほど深刻化した。

昨年の中間選挙以来下院の多数派を握る共和党のジョン・ベイナー下院議長が、ぎりぎりの妥協案に同意した結果債務上限は引き上げられ、米国債のデフォルトは辛うじて避けられたが、ティーパーティー系下院議員22人はベイナー妥協案にさえ反対を通した。このかたくなな態度に、基本的には共和党支持の米金融・証券界もティーパーティーには反感を隠さなくなった。米格付け会社のスタンダード・アンド・プアーズ(S&P)がこの騒動を見て米国債の格付けを下げ、世界の株価を急落させたことは記憶に新しい。

このように「台風の目」、アメリカ流に言えば「ハリケーンの目」になっているのがティーパーティーだが、系統だった組織が存在するわけではない。支持者はしばしば「指導者なき運動」と呼んでいる。民主党には反対し、大筋では共和党を支持しているのだが、共和党と一定の距離を置いていることも事実だ。組織、指示系統がないのを、インターネットの「ツイッター」や「フェイスブック」など、いわゆるソーシャル・メディアを通じた情報でカバーしている。

ネットを活用して活動を広げたことでも類推できるように、当初は「オバマ流」に反感を持つ都市の若者たちが立ち上げた運動だった。250年も前に英植民地だったボストンの市民たちが、課税の対象となるインド産の茶箱を貨物船から海に投げ捨て、独立戦争の火ぶたを切ったという「ティーパーティー」事件は、アメリカ市民が誰でも知っている故事だ。ティーパーティーを名乗ったことで、この運動は一挙に全国に広がった。

よく言われる日米間のギャップの例に、アメリカ市民は tax payer 「税金を払う人」だが、日本国民は「税近を取られる人」だと言われる。日本人はお上に税金をやむなく納めるが、アメリカ人は自分たちの政府を賄うために進んで税金を支払うという神話だ。だがそのアメリカ人も独立から235年を経て、世界唯一の超大国を賄う政府を維持するための税金を支払うことに抵抗したくなったわけだ。

社会保障、防衛、国際援助等々、超大国としてのメンツを張るためにカネを使いすぎる政府になったのではないか。そういう政府に対して闘うべきだというティーパーティーの訴えが、リベラル派の牙城である大都市以外の地方に住む白人中間層の心を捉えたようだ。彼らはもともとワシントンに反感を抱いているだけでなく、黒人の大統領出現に違和感を感じていた。ツイッターやフェイスブックに馴染みのなかった中高年層にも、ティーパーティーのアピールが通じる土壌がアメリカの田舎には存在する。

そうした土壌が生んだ典型がリック・ペリー・テキサス州知事である。ペリー氏は8月13日の出馬表明後、世論調査でロムニー氏に10㌽前後の差をつけ、共和党候補レースのトップに躍り出た。減税と規制緩和を柱とする経済政策と「大きな政府」を批判する姿勢がティーパーティーに支持されている。

もう一つの特徴が、キリスト教福音派信仰を前面に押し出した社会的保守性だ。彼は遊説先のニューハンプシャー州で、9歳の少年に対してダーウィンの進化論は「少しつじつまの合わないところのある理論だ」と説明、「テキサス州では(聖書に従って)神による天地創造説と進化論を両方教えている」と語った。同州の地元紙によると、創造説を公立学校で教えることは禁じられており、知事の説明は事実と異なる。

さらにペリー氏は別の遊説先で、地球温暖化は「政治化された」問題であり「多くの科学者がデータを操作している」との持論を展開した。つまりCO2など、人間の活動による温暖化ガスの発生は地球温暖化とは無関係だという議論である。リベラル派はこうしたペリー氏の姿勢を「非科学的」と批判しているが、ペリー氏は聞く耳を持っていないようだ。アメリカ南部の「バイブル・ベルト」と呼ばれるキリスト教福音派が支配的な広範な地域では、ペリー氏を正しいと考える雰囲気が圧倒的だという。

日本人のアメリカ観では、ニューヨークやハリウッドから発せられるリベラルの風潮がアメリカ本来の姿だと見る。ところがニューヨークやロサンゼルスの文化はアメリカの片方の都市文化を代弁しているにすぎない。もう一方の「田舎のアメリカ」は保守、右翼、排他的かつlibertine(自由放縦な)アメリカである。Libertine を「自由放縦」と訳したが、「勝手気まま」とした方が正しいかもしれない。

さまざまなヨーロッパの桎梏から逃れて、自由の大地「アメリカ大陸」に住みついたアメリカ人の祖先は、政府や中央の支配権威を必要最低限に封じ込めるべきだと考えた。ティーパーティーを善意に解釈すれば、彼らの主張はアメリカ人の祖先が持っていた思想への回帰であろう。オバマ大統領が象徴する「リベラルなアメリカ」の対極に「勝手気ままに生きるアメリカ人」が存在するわけだ。超大国アメリカの財政赤字が深刻化する中で2012年大統領選挙を前に、両者の対決は厳しくなりそうだ。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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