テロの土壌は「手術では治らない」ー 中村哲医師の名言

(2021年8月29日)
 アフガンから米軍が撤退を開始して、現地にはタリバンの支配が戻りつつある。あらためて、武力による他国への侵攻や支配の当否が話題となり、アフガンという地域の歴史や風土、そして中村哲医師の業績に関心が寄せられている。

 毎日新聞8月27日の「金言」欄に、「手術では治らない」との標題で小倉孝保論説委員が中村医師を回顧している。「手術では治らない」は、中村医師が国会で述べた言葉だ。「手術」とは武力の行使、あるいは武力による威嚇のこと。この場合は、自衛隊のアフガン派兵を意味している。「手術」を必要とする疾患は、「テロ」である。アフガンのテロ組織を根絶するために、自衛隊を現地に派遣してはどうかという議論に対して、現地を最もよく知る中村が、「手術では治らない」と言ったのだ。「自衛隊派遣は、有害無益」とも。

 以下、「金言」の抜粋である。

「米同時多発テロから約1カ月後の2001年10月13日、衆院特別委員会が開かれた。政府は当時、自衛隊が米軍の対テロ活動を支援できるよう法整備を急いでいた。

 軍事評論家らとともに参考人として出席したのが医師の中村哲だった。1983年に国際NGO『ペシャワール会』を設立し、アフガニスタンで農地を作ろうと井戸を掘って水路を通し、隣国パキスタンでも医療活動をしていた。

 中村はアフガンの状況について、『私たちが恐れるのは飢餓』と述べ、テロを抑え込むため自衛隊を派遣することを、『有害無益』と明言する。

 浮世離れした発言と受け止められたのか、議員席には嘲笑が広がった。『有害無益』発言を取り消せとの自民党議員の要求を中村は、『日本全体が一つの情報コントロールに置かれておる中で、率直な感想を述べただけ』と突っぱねている。

 テロを防ぐには敵意の軽減が必要で、武力によってそれは成し遂げられない。『このやろうとたたかれても、報復しようという気持ちが強まるばかり』と述べている。

 国の荒廃や混乱の背景には教育や医療の欠如、貧困や飢えがある。それを人道支援で予防、改善することで、最後の手段であるべき『外科手術』を回避できると中村は考えていた。

 米軍によるアフガン侵攻から20年。飢餓や貧困は改善されず、崩壊したタリバンが勢力を盛り返し、ほぼ全土を掌握した。世界一の「外科医」である米軍をもってしても、アフガンの患部は治癒しなかった。

 中村は2年前、アフガンで武装勢力に銃撃され命を落とした。タリバンが戻ってきた今、この国とどう向き合うか。中村が嘲笑を浴びながら残した言葉にこそ、貴重な答えがある。」

 当日委員会の議事録で、次のような中村の発言を読みとることができる。

○中村参考人 自衛隊派遣が今取りざたされておるようでありますが、当地の事情を考えますと有害無益でございます。かえって私たちのあれ(現地支援活動の成果)を損なうということははっきり言える。笑っている方もおられますけれども、私たちが必死でとどめておる数十万の人々、これを本当に守ってくれるのはだれか。私たちが十数年間かけて営々と築いてきた日本に対する信頼感が、現実を基盤にしないディスカッションによって、軍事的プレゼンスによって一挙に崩れ去るということはあり得るわけでございます。

○中村参考人 現地は対日感情が非常にいいところなんですね。これは世界で最もいいところの一つ。その原因は、日本は平和国家として、戦後、あれだけつぶされながらやってきたという信頼感があるんですね、我々の先輩への。それが、この軍事的プレゼンスによって一挙にたたきつぶされ、やはり米英の走り使いだったのかという認識が行き渡りますと、これは非常に我々、働きにくくなるということがあります。

○中村参考人 私は、テロの発生する土壌、根っこの背景からなくしていかないと、ただ、たたけたたけというげんこつだけではテロはなくならないということを言っているわけです。本当に人の気持ちを変えるというのは、決して、武力ではない。私たち医者の世界でいえば、外科手術というのは最後の手段…。

 中村を嘲笑し、発言を取り消せ、とまで言った自民党議員とは誰だつたのだろうか。特定はできないが、出席議員として衛藤征士郎、下村博文、鈴木宗男などの名が見える。

 中村は、その後2008年11月5日の参院外交防衛委員会でも、要旨次のように述べている。

「ヒロシマ、ナガサキのことは現地の皆が知っており、かつては親日的であった。
 最近は、日本が米軍の軍事活動に協力していることが知れ渡り、日本人も危険になってきた。
 以前は日の丸を付けていれば安全だったが、今は日の丸を消さざるを得ない。」

 「外国軍隊の空爆が治安悪化に拍車をかけている。自衛隊の現地派遣は『百害あって一利なし』。また、現在の給油活動について『油は空爆に使われない』と言っても現地の人には通用しない」

 以上は、中村哲が語る、日本国憲法9条のリアリティである。同医師の早すぎた逝去が惜しまれてならない。

初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2021.8.29より許可を得て転載
http://article9.jp/wordpress/?p=17466
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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