デジタル放送普及率94.9%は確かなのか?

浸透度94.9%への疑問符
 総務省、NHK、民放がデジタル放送への一斉切り替えを予定している7月24日まで、後70日ほどになった。気になるのは、視聴者の側でデジタル放送への対応がどこまで進んでいるのかである。
 総務省は社団法人デジタル放送推進協会に委託して「地上デジタルテレビ放送に関する浸透度調査」を実施し、その結果を公表してきた。直近では2010年12月に同調査(注1)を実施し、その結果を今年の3月に公表した。
 (注1)「地上デジタルテレビ放送に関する浸透度調査(平成22年12月実施)  
   http://www.soumu.go.jp/main_content/000106190.pdf 
  全国47都道府県の男女15歳以上80歳未満の個人を対象にRDD法と呼ばれる方法でサンプルを抽出した後、郵送で調査。有効サンプル数13,109。 これによると、地上デジタルテレビ放送対応受信機の世帯普及率は、受信機普及台数の伸長を反映して、昨年9月に実施した前回調査(90.3%)の時よりも増加して94.9%になったという。この勢いで、本年4月には普及率100%を目指すというのが総務省の目標だったが、どうなったのだろうか?

 ところで、NHK放送文化研究所が発行している『放送研究と調査』の本年4月号に「2010年11月『全国接触者率調査』単純集計結果」(注2)が掲載されている。総務省が委託した「浸透度調査」とほぼ同じ時期に行なわれた調査であるが、これによると、「地上デジタル放送」を受信しているテレビは何台あるかという質問に対して、「ない」と答えた人の割合は20.1%で、総合テレビをデジタル放送で見たという人の割合は48.3%、アナログ放送で見たという人の割合は23.0%となっている(注3)。
 (注2)「2010年11月『全国接触者率調査』単純集計結果」 
       http://www.nhk.or.jp/bunken/summary/yoron/broadcast/pdf/101222_02.pdf
  全国の7歳以上の国民3,600人(12人×300地点)を対象に配布回収法(日記式調査票に1日単位で記入)で実施。調査有効数2,538人(70.5%)。
 (注3)各パーセンテージはいずれも2010年11月15日~11月21日の1週間に1日でも「見た」「聞いた」「読んだ」人の率を集計した<リーチ>と呼ばれる数値。
 総務省が公表した「浸透度」(地上デジタルテレビ放送対応受信機の世帯普及率)94.9%と、放送文化研究所が調査した「地上デジタル放送」受信テレビの保有状況(ここでは保有しない割合20.1%)、あるいは同調査で集計されたデジタル放送によるNHK総合テレビの視聴割合(48.3%、アナログ放送での視聴割合23.0%)はほぼ同じ時期の、同じ事項の調査でありながら、大きな乖離がみられる。この理由をどう考えればよいのか、以下、私なりに吟味してみたい。

サンプル構成の疑問
~所得階級200万円未満の世帯の割合が異常に低い~
 上で紹介したように、総務省「浸透度調査」はRDD法を採用し、放送文化研究所の「全国接触者率調査」は「配布回収法」を採用している。RDD法(Random Digit Dialing)とは、市外局番と市内局番計6桁の中から実際に使われている可能性が高い番号を選び、それに4桁の番号を付けて、コンピューターで無作為に10桁の番号を作り、その中から機械的に選んだ番号から法人を除く。そのうえで、残った一般世帯に電話をかけて世帯の中から1人を選び、調査への協力を依頼する。そのうち、応諾した対象者に調査票を送って回答を得るというやり方である。
 このようなRDD法については、固定電話にかけるため、携帯電話やIP電話のみを使う割合が高い若年世代や単身世帯がサンプルに入りにくい、郵送のため住所を聞き取ることや、世帯の中から1人を選ぶ際に家族構成などプライバシーに関わる情報を聞き取る必要があるため、調査への協力を得にくい、そもそもこの方法には住民基本台帳や有権者名簿といった、調査対象となる母集団を代表する正確なサンプリング・フレーム(標本抽出枠)が存在しないため、代表性を持つ正確なサンプルを抽出することができない(山形良樹「世論調査の正しい見方」『メッセージ@pen』(綱町三田倶楽部電子ジャーナル誌)、2011年2月号)などの問題点が指摘されている。ただ、こうした限界があることは承知の上で、RDD法は限られた時間とコストで結果が得られるため、今日、マスコミの世論調査などに広く用いられている。

 他方、放送文化研究所が採用した配布回収法(日記式調査票に1日単位で記入。調査有効数2,538人(70.5%)とは、前もって郵送などで調査票を配布し、訪問して回収したり郵送で回収したりする方法である。回答の仕方には、面前記入法もあるが多くは一定期間、調査対象者のもとに留め置き、その間に記入してもらう留め置き法が多い。この場合、対象者をどのように選定するのかが問題になるが、放送文化研究所の調査では全国の7歳以上の国民3,600人(12人×300地点)から抽出したと記され、男女別・年代別、職業別・都市圏別のサンプル構成が示されているが、具体的な抽出方法は記載されていない。

 私が注目するのは、総務省が公表した「浸透度調査」の年間所得階級別で見た浸透度のばらつきである。全世帯の普及率が94.9%となっているのに対して、年収200万円未満の世帯での普及率は87.7%で、依然として全世帯の平均普及率をかなり下回っている。それだけではない。『国民生活基礎調査』(平成21年)によれば、所得金額別の世帯数の相対度数分布では200万円未満の世帯の占める割合は19.4%となっているのに対して、総務省の「浸透度調査」におけるサンプル構成では200万円未満は10.0%となっており、『国民生活基礎調査』における相対度数分布と大きな乖離が見られるという点である。かりに、総務省「浸透度調査」において年間所得200万円未満の世帯から抽出された個人がサンプル構成に占める割合が19.4%程度であれば、地上デジタルテレビの浸透度は公表数値をかなり下回ったことは確実である。
 この点から、放送文化研究所の調査において年間所得階級別のサンプル構成がどうなっていたか、知りたいところである。

「デジタルテレビ普及率」の意味に要注意
 総務省の「浸透度調査」では、地上デジタルテレビ放送対応テレビ、同対応録画機、外付けチュ-ナ-、チューナ-内臓パソコンもしくはパソコン用の外付けチュ-ナ-、セットトップボックス(CATV)のいずれかを保有している場合を指して、地上デジタルテレビ放送対応受信機ありとみなし、そうした世帯数が調査対象世帯総数に占める割合を「地上デジタルテレビ放送の浸透度」と称している。
 他方、放送文化研究所の調査では、質問6で「『地上デジタル放送』を受信しているテレビは何台あるか」と尋ねている。総務省の調査と比べ、その意味が厳密ではないが、「受信している」という文意から、総務省の調査と実質的に同じ範囲の受信機を意味すると考えられる。
 となると、「地上デジタルテレビ放送を受信する」の定義が同じであるにもかかわらず、普及率の調査結果にかなりの差が生まれたのはなぜだろうか?

 その主な要因として私は年間所得階級別のサンプル構成の差異があったのではないかと推定するが、放送文化研究所の調査における年間所得階級別のサンプル構成が不明なので断定はできない。しかし、放送文化研究所による調査結果との対比ではなく、厚労省『国民生活基礎調査』における年間所得階級別に見た世帯度数分布との対比で見て、総務省調査が導いた地上デジタルテレビ放送の全世帯平均普及率94.9%という数字が実態よりもかなり高くなっていることは間違いないと言える。

 総務省調査が得た地上デジタルテレビ放送の全世帯平均普及率(94.9%)が、放送文化研究所の調査が得た地上デジタルテレビの保有割合(100-20.1=79.9%)もしくはデジタル放送による総合テレビの視聴割合(66.7%:下記の注を参照のこと)よりも15~28パーセント・ポイントも上回っているその他の理由として次のような要因が考えられる。
 (注)デジタル放送での視聴48.3%を、アナログ放送での視聴23.0%+デジタル放送での視聴48.3%+ワンセグでの視聴1.1%の合計72.4%で除した数値 ①総務省の浸透度調査の結果、得られた地上デジタルテレビ放送の全世帯平均普及率94.9%の中に、地上デジタル放送対応の受信機を保有しているが視聴できないと答えた人が2.7%、無回答が1.8%あったという点である。視聴できない理由の40.7%は「アンテナや分配器などが地上デジタル放送に対応していない」で、「ビル陰、高圧線付近などの受信障害、山間部での難視聴解消対策の未達」13.5%などがこれに続いている。
 「地上デジタルテレビ放送の全世帯平均普及率」というなら、もともと、こうした世帯を除いた視聴可能な世帯の割合を用いるべきである。

 ②総務省の浸透度調査の結果、得られた地上デジタルテレビ放送の全世帯平均普及率94.9%の中には、地上デジタルテレビ放送を視聴できる環境にあるが、視聴していないと答えた人が2.4%、視聴の可否について「無回答」が5.8%あった。こうした世帯ないしは個人が存在することが、総務省の調査結果と放送文化研究所の調査結果に差異を生む要因のひとつになったのではないかと考えられる。①の世帯に、こうした②の世帯を加えた数値を94.9%から差引いた数値が「デジタルテレビ放送を実際に視聴している」割合になるが、総務省の調査結果ではその割合は82.2%である。

 とはいえ、この82.2%という数値は概念的には放送文化研究所の調査でいうと、デジタル放送によるNHK総合テレビの視聴割合(66.7%)をなお、15.5パーセント・ポイントも上回っている。このことから考えて、さらに別のより大きな要因が作用して、総務省の地上デジタルテレビ放送の全世帯平均普及率と放送文化研究所の地上デジタル放送視聴割合の間に乖離が生じた可能性が推定されるが、今のところ、私はその要因を把握できていない。

 もっとも、それ以前に二つの調査の方法なり結果なりに関する私の解釈に基礎的な誤り、理解不足があるのかも知れない。そこで、以上のような私なりの吟味も添えて、5月2日と5日に放送文化研究所にE・メールで質問を送った。その回答を待って、改めて二つの調査の結果について吟味をしてみたいと考えている。

 NHK放送文化研究所宛て質問(2011年5月2日送信)
 http://sdaigo.cocolog-nifty.com/hobunken_ate_situmon20110502.pdf

 NHK放送文化研究所宛て質問(2011年5月5日送信)
 http://sdaigo.cocolog-nifty.com/hobunken_ate_situmon20110505.pdf

全世帯普及率94.9%を疑う確かな理由
 とはいえ、この記事で行ったここまでの吟味をまとめて、次の2点を指摘することは十分可能である。
 ①すでに上で指摘したことではあるが、厚労省『国民生活基礎調査』における年間所得階級別の世帯度数分布との対比で、総務省の調査における所得階級別のサンプル構成を見ると、200万円未満の割合が前者では19.4%であるのに対して、後者では10.0%で、倍近い差がある。しかも、総務省の調査によると200万円未満の世帯におけるデジタルテレビ放送の普及率は、地上デジタル放送対応の受信機を保有しているが視聴できないと答えた世帯や地上デジタルテレビ放送を視聴できる環境にあるが、視聴していないと答えた世帯を含めても87.7%で、全世帯普及率の94.9%を相当下回っている。
 この点を勘案すると、総務省の調査において所得階級200万円未満の世帯が『国民生活基礎調査』における構成割合に準じて19%程度まで引き上げられたら、全生体普及率もかなり押し下げられることになるだろう。

 ②総務省がいう、デジタルテレビ放送の全世帯普及率94.9%の中には、地上デジタル放送対応の受信機を保有しているが視聴できないと答えた人(2.7%)、この質問への無回答(1.8%)が含まれている。しかし、デジタルテレビ放送の普及率というなら、デジタルテレビが視聴可能な世帯の割合を指して用いるべきである。このように定義すると、全世帯普及率は90.3%となる。

そもそも論
~まだ使えるアナログテレビを国策で廃棄させる不条理~
 ①時期遅れのそもそも論かも知れないが、総務省がデジタルテレビ放送の浸透度調査を、「デジタル放送推進協会」に委託したこと自体、調査の客観性に疑念を抱かせる。特に、RDD法には、サンプル選定の過程で(例えば、10桁の電話番号からサンプルを抽出し、確定する過程で、存在しない番号、法人と考えられる番号をどのように推定し除外するか、留守の世帯をどこまで追跡するか、世帯の中から1人をどのように選ぶかなどに関して)実施主体の裁量的判断が介在する。そのような場面でデジタルテレビ放送を推進するという調査実施主体の利害と、調査に客観性、公平性を担保するという要請との間に利益相反が起こらないか、危惧される。

 ②3月24日、地上デジタル放送への移行問題について「開かれたNHKをめざす全国連絡会」の世話人の一人として総務省に申し入れに出向いた折、応対した地上放送課の職員は、「震災前の段階までは普及率も上がって、最後の追い込みというところだった」と語った。しかし、「最後の追い込み」とはどういう意味だろうか? 総務省に言わせると、外付けのチューナーを配布したり、国の補助金を活用し「デジアナ変換サービス」を実施するCATV事業者を支援するなどしてデジタルテレビ放送の受信環境を整備することを指す。

 しかし、こうした措置はデジタルテレビ放送の視聴対応をめぐって視聴者を差別的に扱うことを意味し、国の補助を受けられないアナログテレビ保有者に、まだ視聴できるテレビの廃棄、買い換えを国策として強制するに等しい。こうした措置が理不尽なことは大震災の被災地におけるデジタル化を一定期間延期したからといって済む問題ではない
 デジタルテレビ放送への移行を決定した時点から起算してアナログテレビの経済的耐用年数が経過するまでの間を移行期間とすることによって、税金の投入も視聴者の側での財産の逸失損失も生むことなく、デジタル放送に計画的に移行するのが理にかなったやり方である。
 国会議員も報道機関も、以上のようなそもそも論を今からでも提起し、拙速で強引で不条理なアナログ放送の一斉停止、デジタル放送への一律の移行に待ったをかける世論を喚起することが求められる。

初出:「醍醐聡のブログ」より許可を得て転載
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/

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