デジタル社会の“申し子” 諜報国家アメリカの出現  ―「情報主権」への尽きぬ野望 第三の道で世界制覇目指す(上)

 米国の諜報機関、全米安全保障局(NSA)の元職員エドガー・スノーデンによる極秘情報の暴露、そして同機関による同盟国ドイツ首相の携帯電話盗聴という衝撃的事件から1年余り、このちょっとの時間の中でアメリカが金城鉄壁の諜報国家に変身した。ドイツの時事週刊誌、デア・シュピーゲル1月17日号に掲載されたフォート・ミーデの広大なNSA本部の航空写真は壮大であり、輝く勲章を胸に同僚2人と記者会見に臨んだロジャース局長の雄姿は秘密警察という影の存在から表舞台に躍りだしたNSAの『今』を象徴している。

▼アングロサクソンの連携
NSAの職員公募が始まって既に8年になるが、一般へのそのプレゼンテーションも、即物的な単なる「データ収集」から、「ドクトリン」にまで昇華した。
現にNSAの任務はもはや、かつてのように、「インターネットの交信の全面的監視」だけでなしに、米国、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド5カ国とのいわゆる『5つの眼』(five eyes)の電脳電話の連携プレイが制度的に確立している。
思えば科学者たちは20世紀にABC兵器を開発した。Aは核兵器、Bは生物兵器、Cは化学兵器だ。そして、インターネット戦争ではD兵器、すなわちデジタル兵器を開発した。このD兵器には通常兵器の場合のような取扱いについての国際取り決めがなく、強者が思いのままに処理出来た。
カナダのメデイア学者、マクルーハンは1970年の段階で、強者の草刈り場になるデジタル空間の登場を的確に予測し、『第3次世界戦争はゲリラ的な情報戦争になるだろう』と看破していた。しかもこの戦争は、軍部、民間の別なく、入り乱れての戦争だった。たしかにアメリカの陸軍、海軍、海兵隊、空軍はデジタルな電脳部隊を“上乗せ”していた。
しかし、もともと軍事的性格の濃い役所だったNSAが「電脳部隊」創出に主導権をとるのに時間はかからなかった。

▼ 電脳(デジタル)司令部の誕生
NSAは電脳部隊づくりの労をただでとったのではなかった。電脳司令部を新設し、自らその衝にあたった。2014年4月、マイケル・ロジャース海軍大将が、アメリカの戦力の中核としての「サイバー司令官」に就任したのだ。職員が、4万人にのぼる「スパイ要員」と「インターネット攻撃の専門家」から成る権力集団の主になったことを意味した。もはやNSAは、単なるスパイ組織ではなく、エドワード・スノーデンの暴露文書が示すように、NSAはこの瞬間、インターネット世界の主導権を掌握し、デジタル戦争に備える態勢を整えた。
インターネットにおける軍事的工程表によれば,「監視」はサイバー戦略における一つの段階である“局面ゼロ”にすぎない。この局面を通じて、敵対者側のシステムの弱点の所在をあぶり出し、ここへサイバー基地を「移植」するなどの過程を経て、一つの社会の下部機構(インフラストラクチャー)たるエネルギー、通信、輸送を統御する“局面3”に達する。NSAのプレゼンテーション(スノーデン文書に含まれる)で、米国政府は『次なる大きな紛争はインターネットの中で推進されることとなろう』と“ご託宣”に及んだ。この線で、米政府は10億ドルという巨額の資金を投じて軍拡を推進した。政府予算の補正では「電脳方式による解決」だけでも、3200万ドルが追認された。

▼ スノーデンの“慈しみ”?
インターネットのゲリラ戦には、『攻撃』ばかりでなく、他国からネット攻撃(ハック=斧などによる打ち下ろし)攻撃を受けた場合の『防衛』が大きな部分を占める。外からのネット攻撃の多くは中国とロシアからのものである。記録によると、2,3年前までは米国が受けた他国からのハックは年1600件以上にのぼっていた。
エドワード・スノーデンの功績は、NSAはじめ、世界の全ての秘密機関が、デジタル戦争で「インターネット」網を“無法の空間”に堕落させるのに尽力した犯罪を世界の前に明らかにしたことである。NSAから“足抜き”したスノーデンは、先週PBSテレビが公表したインタビュー番組で、NSAが『攻撃』に急なあまり、これに高いプライオリティ(優先順位)を置いたため、『防衛』の重要性を過小に評価していることを指摘し、これを非常に心配していた。このスノーデンの見解は、電脳空間に関する米国の意識の歪みを直視した結果であった。これは“脱藩者”スノーデンの、古巣(NSA)に対するせめてもの慈しみ(ただし辛口だが)だったのかもしれない。

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