就任後4カ月目に入ったドナルド・トランプ米大統領。この間支持率はずっと40%台と戦後の歴代大統領中の最低を記録中だが、5月9日突如としてFBI(連邦捜査局)のジェームス・コミ―長官を解任したことで「第2のウォーターゲート事件」として、メディアから「ロシアゲート」と呼ばれる騒ぎになっている。
FBIと言えば「泣く子も黙る」アメリカきっての捜査機関で、司法省に属しながら連邦法違反事件に対する捜査や公安情報の収集などを行う。アメリカでは一般犯罪を捜査するのは各州の警察で、FBIはその名の通り連邦事案を扱う。行政的には連邦政府の一環だが、汚職事件を扱うこともあって、政府からの独立性が高い機関である。
トランプ大統領がコミー長官を解任した理由は当初、ロッド・ローゼンスタイン司法副長官から「コミー氏を解任すべきだ」との要請書簡が寄せられたからだと説明された。解任すべき理由は、昨年の大統領選挙の過程で民主党ヒラリー・クリントン候補が国務長官時代に私用の電子メールを公用にも使った件を、法律違反として立件するかどうかの処理が適正でなかったからだと説明された。
昨年7月2日、FBIはクリントン氏を私用メール問題で任意の事情聴取を行ったが同5日、コミー長官はこの問題でクリントン氏の訴追を求めないと発表。ところが大統領選投票日の僅か11日前の10月28日、コミー長官は新しい材料が出たためこの問題の捜査を再開すると発表した。しかし投票日の2日前の11月6日、同長官は刑事訴追を見送る方針に変更なしと表明した。
投票日直前のFBIによる捜査再開発言は、明らかにクリントン候補を不利にする材料だった。クリントン氏はつい最近、「投票日が10月27日だったら(つまりFBIの捜査再開が発表される前日だったら)、私が勝っていたのに…」と発言したほどだ。誰が見てもコミー長官の10月28日発言はトランプ氏側有利に働いたのだ。コミー氏のメール問題処理が適正でなかった、というローゼンスタイン副長官の言い分には誰も納得できない。
だから「コミー解任」を報じた米国の主要メディアが一斉に報じたのは、解任理由がメール問題の処理ではなくて、コミー長官以下FBIが熱心に取り組んできたロシアによる米大統領選挙介入疑惑の捜査を止めようとするトランプ政権の思惑であった。コミー長官が3月の下院情報特別委員会の公聴会で、大統領選挙でトランプ陣営を勝たそうとしたロシアの介入疑惑を巡って、トランプ氏周辺とロシアの共謀疑惑を捜査していると証言したことに、トランプ氏が激怒していたことが政治専門サイト「ポリティコ」で報じられていた。
1972年大統領選挙で再選を狙うニクソン大統領の共和党陣営が、民主党陣営の事務所が置かれたウォーターゲート・ビルに忍び込み、民主党の秘密書類などを盗んだ事件があった。このウォーターゲート事件を捜査するために任命された特別検察官アーチボルド・コックス氏をニクソン大統領が、1973年10月30日(土)に解任したのが有名な「土曜日の虐殺」。結局ニクソンは弾劾を逃れるため自ら辞任に追い込まれたが、米マスメディアはコミー解任をこれになぞらえ、一件を「ロシアゲート」と呼び始めた。
騒ぎが大きくなったのを鎮めようとしたのか、トランプ大統領は5月11日NBCテレビのインタビューに応じ、その中で解任前のコミー氏に「FBIが自分を捜査対象にしているか」を3回にわたって尋ね、3回とも捜査対象ではないとの回答を得たことを明らかにした。さらにトランプ氏は、FBIにロシア疑惑の捜査中止を求めたことは一度もないと主張した。
またコミー氏については「目立ちたがり屋でスタンドプレーをしたがるので、FBIは混乱していた」と批判して解任を正当化。コミー氏に解任を通告した9日の書簡では、ローゼンスタイン司法副長官の進言に沿って判断したと述べていたのに、このインタビューでは「進言に関係なく以前から解任するつもりだった」と説明を変えた。
アメリカの大手メディアは、保守系とされるFOXテレビやウォールストリート・ジャーナルを除けば、概してリベラル色が濃くトランプ保守政権に批判的だ。ほとんどの大手メディアはコミー解任劇をとらえて、ロシア・プーチン政権との関係改善を図ろうとするトランプ政権に批判的だ。折しも4年ぶりにワシントンを訪問したロシアのセルゲイ・ラブロフ外相とトランプ大統領、レックス・ティラーソン国務長官が会談したのが5月8日、コミー解任の前日だった。
2014年2月アメリカが陰に陽に後押ししたウクライナ政変で親露ヤヌコビッチ政権が倒されてウクライナ内戦が勃発。ウクライナ領クリミア半島では同年3月、親ロシア派住民が主導した住民投票でロシアへの編入が承認され、ロシア領となった。米欧はこれに怒ってロシアに対する制裁を発動、G8グループからロシアを外した。ロシアと米欧は冷戦時代に逆戻りしたかと思わせる「冷たい」関係になった。
トランプ大統領はロシアのプーチン大統領と気が合うらしく、トランプ氏は大統領選挙戦中から一貫して「プーチン大統領との和解・協力」を主張、イスラム過激派テロの元凶たる「イスラム国(IS)」を撃滅するのにロシアと協力すべきだと訴えていた。プーチン大統領も、トランプ氏が共和党の大統領候補に決まるずっと前の2015年12月の段階で「トランプ氏は傑出した人物で米国大統領にふさわしい」と公言していた。
トランプ大統領が最重要閣僚である国務長官に、プーチン氏と「昵懇の仲」と言われるティラーソン氏(エクソン・モービル石油会長)を任命したことでも“米ロ蜜月時代”の幕開けを予測させた。しかしヒラリー氏に代表される民主党や大手メディアは“プーチン・トランプ蜜月”に対する警戒心と敵意を持ち続けている。
さらに言えば、民主党と大手メディアの背後にはアメリカの「既成勢力(establishment)」である「軍産複合体」と「ウォール街」が厳然と根を下ろしている。「アメリカ・ファースト」を旗印に、メディアとの戦いも辞さないトランプ大統領の“迷走・暴走”は、今後も世界を騒がさせることになろう。
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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