進む米国離れ・忍び寄る軍事介入の影
「相互関税騒ぎ」は国際社会の力学のもとで、それなりの形で収拾に向かっているが、「米国の裏庭」と言われるラテンアメリカでは未だにトランプ旋風が吹き荒び、米国の軍事介入の可能性も取り沙汰されている。
選挙戦中には「ラテンアメリカに興味はない」と公言していたトランプであるが、大統領に就任するや、「パナマ運河の奪還」を宣言した。香港系の2つの企業が運河の運営に関わっているというのである。
これに対し、パナマのムリーノ大統領は、すぐさま、「運河は今後もパナマの管理下に置かれるだろう」と一蹴した。ムリーノは保守親米派の大統領である。ラテンアメリカ・カリブ海諸国共同体(CELAC)も、急遽、4月に首脳会議を開き、主権の維持と内政干渉の排除のために一致団結して取り組むことを確認した。CELACは、米州機構(OAS)が米国に支配されているとして、米国抜きで結成された地域組織である。
トランプは「ラテンアメリカのことは知らない」と言う。恐らく本音なのであろうが、知ると知らざるとに関わらず、無手勝流に触手を伸ばしてくるのがトランプのトランプたる所以であり、ラテンアメリカ諸国の緊張は高まっている。
去る9月23日の国連総会では、コロンビアのペトロ大統領が演説を行い、「ガザを初め、世界で残虐行為が繰り広げられている」、「気候危機への無策によって人類全体が生命の絶滅の危機にさらされている」と警告を発した。演説は国際的な反響を呼び、SNSでも次々と拡散された。移民の拘束や麻薬取締りのための大量虐殺など、トランプ政権の政策を非難するものであったが、トランプにとっては「我関せず」というところであろう。
昨年11月にトランプの新大統領就任が決まったとき、ラテンアメリカ諸国は「いよいよモンロー主義の再来か!」と、一斉に身構えた。新国務長官に「MAGA(Make America Great Again)の実現のために最もふさわしい国務長官」として、フロリダ州出身のキューバ系上院議員マルコ・ルビオが指名されると、さらに危機感は高まった。
多極化した世界において衰退しつつある米国の国際的ヘゲモニーを確立することはほぼ不可能であり、米国の矛先は残された最後の領域である「裏庭のラテンアメリカ」に向かうことになる。
ルビオの両親は1956年末にキューバからフロリダに移住している。カストロが革命の開始のためにヨットのグランマ号に乗り組み、キューバに上陸した1か月後のことである。
ルビオは共和党の上院議員の中でも最保守派に属し、地球温暖化の防止のための予算に反対し、「危険な」ファーウエイのスマートフォンを使用しないよう訴えたことでも知られているが、大統領選挙中には社会主義を掲げるキューバ、ベネズエラ、ニカラグアを「3大敵国」に挙げ、追放のためには軍事力の行使も辞さないとしていた。
それだけではなく、ラテンアメリカでは1990年代末から米国と距離を置く中道左派政権が次々と成立し、「ピンクタイド」と呼ばれたが、ルビオは、メキシコのロペス・オブラドールも、ブラジルのルーラも、「仮面をかぶった左翼」にすぎないとして、第一次トランプ政権(2017~21年)下で責任者としてその排除に当たっている。
その結果、2019年にはブラジルで「第2のトランプ」と呼ばれるボルソナロ政権 が成立し、23年にはアルゼンチンで「世界初のリバタリアン大統領」を自称するミレイ政権が誕生するなど、極右勢力が台頭した。しかし、22年にはチリでボーリチが大統領に当選し、23年にはブラジルでルーラ政権が復活するなど、ピンクタイドは消えなかった。
反中主義者として知られるヴァンス副大統領は、ラテンアメリカにおける中国の覇権拡大に強い危機意識を示してきた。
中国のラテンアメリカ進出は1970年代末から始まっている。当初は工業製品の輸出や食料や鉱産物の輸入に加え、資源開発が中心であったが、今日おいては、米国の支配網を掻い潜るように、ほぼラテンアメリカ全域に進出しており、投資も資源産業から先端技術産業に至るまで、広範な分野に及んでいる。インフラ整備にも力が注がれており、現地では「問題もあるが、米国よりもまだましである」とも見られている。「米国の裏庭」においても米国の経済的優位は蝕まれつつある。
キューバやベネズエラでとくに中国の進出が目立つのは、言うまでもなく米国の「制裁」のためである。制裁はトランプ政権下ではかつてなく激化している。
しかし、制裁の強化は米国にとっては両刃の剣でもあった。
長期にわたる米国の制裁のために厳しい経済状況が続いていたところに、トランプ政権の制裁強化によって経済はさらに疲弊し、アメリカンドリームを求めて、コヨーテと呼ばれる手引きに導かれ、コロンビアから中米のジャングル地帯を抜け、メキシコへと向かう難民は後を絶たない。米国との国境地帯では子どもたちが親と切り離されて収容されたり、国境のリオグランデ川を泳いで米国に渡ろうとした不法移民が水に流されたりするなどの悲劇も伝えられている。
これに対しトランプは、バイデン政権下で中断されていたメキシコとの国境地帯の「壁」の建設を再開し、一帯を軍事地域に指定した。国内の不法移民の摘発や強制退去も強化され、厳しい取り締まりのために強制退去者のなかには正規の移民の姿も見られると言う。難民や不法移民を乗せた飛行機が毎日のようにフロリダからメキシコへと飛び立っている。収容所の新設が間に合わないとして、エルサルバドル政府との間で一人当たり2万ドルの支払い契約が結ばれ、凶悪犯の収容施設として知られるテロ監禁センター(CECOT)にも移送されている。
米国の対ラテンアメリカ政策の基本理念は「西半球においては自国と異なる体制の存在を認めない」という点にあるが、表向きには「強権的支配」や「自由や人権の弾圧」などを理由に、様々な干渉が行われてきた。これに対し、この数年来、前面に打ち出されるようになったのが「麻薬の撲滅」である。
今年の9月に、トランプはアフガニスタン、ビルマ、ボリビア、コロンビア、ベネズエラを「麻薬対策失敗国」に指定し、軍事行動も辞さないとした。このうちラテンアメリカの3か国は米国と距離をおく「非米政権」の下に置かれている。
トランプは、第一次政権時代以来、「ベネズエラのマドゥーロ大統領は麻薬取引に関わっている」として、大統領の「捕獲」のための情報提供に対して1500万ドルの報奨金をかけてきたが、今年8月には5000万ドルに引き上げるとともに、ベネズエラ沖に軍艦と原潜を派遣した。9月2日にはベネズエラから出港してきたとみられる小さなボートが「麻薬を積んでいるらしい」として砲撃され、11人が死亡した。果たして麻薬を運んでいたのかどうか、米国内でも疑問の声が上がっているが、トランプも国務省も、エビデンスを示していない。のちに、ボートに乗り組んでいたのは貧しい農民たちであったことが明らかになっている。
米国離れが進むラテンアメリカ諸国ではあるが、その一方では極右勢力が台頭している。
アルゼンチンのミレイ大統領は、厳しい経済状況に見舞われていた2020年の選挙で、「経済情勢の悪化は寄生政治家の腐敗のためである。かつての活性化した社会を取り戻す」と訴えて当選した。しかし、政権を握るや、緊縮財政政策を実施し、社会福祉制度を解体しただけではなく、軍政下(1976-83年)における虐殺などの罪で投獄された軍人に恩赦を与えるなどしている。「こんなはずではなかった」と、反政府運動が高まっているが、保護政策の復活を求める障碍者のデモも武力弾圧されるなど、強硬姿勢は変わっていない。ガザ問題についてもイスラエルを支持し、在イスラエル大使館のエルサレムへの移転も計画している。
一方、ピノチェ軍政下で「ナチスをも凌ぐ」と言われるほどの激しい人権侵害行為が繰り広げられたチリでも、軍政派を支持する国民が半数に迫っている。
チリでは軍政時代に新自由主義体制が導入され、1990年の民政移管後も「他に選択肢がない」として維持されてきた。これに対し、セーラー服姿の高校生のデモを発端として「社会爆発」と呼ばれるほどの大規模な反自由主義運動が発展し、2022年には30代のボーリチが大統領に就任した。しかし、議会で多数を占める保守派によって法案はことごとく否決され、政府は「何もできない」でいる。メディアでは「無能な若者政治」が批判され、今年11月に予定される大統領選挙では軍政派のカストの当選が確実視されている。
多くの国民が生活に苦しみ、先行きの見えない不安に苛まれながら、「何も変わらない」と、政治的アパシーに陥っている。福祉制度も民営化され、労働組合などの組織も衰退し、「個人責任」の時代となった。テレビや新聞では既成の政党や政治家の無能を伝える報道があふれている。
政治的経済的閉塞状態が長引くなかで、「右派ポピュリズム」が人々の心を捉え、国民の右傾化が進んでいる。
初出:「リベラル21」2025.10.07より許可を得て転載
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