ドイツの強腰の背景──先週の新聞から(10)

著者: 脇野町善造 わきのまちぜんぞう : ちきゅう座会員
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 2011年元旦の朝日新聞を眺めていたら、全面広告に「経済は理系を求めている」という大きな文字が躍っていた。この「経済」というのは「産業」の間違いではないか。少なくとも「経済学」は理系を求めることはないはずだ。社会科学の中で経済学ほど数学を始めとする理系に親近性のある分野は少ないが、そのことが経済学者に奇妙な錯覚を引き起こしたように思えてならない。クリントン・元アメリカ大統領の経済諮問委員会の委員長になったダンドレア・タイソンは、「数学よりも国語を、砂上の楼閣よりは現実の経済を勉強することを選ぶ人」だったそうだが、理系の人間にそれを望むことは酷な話である。うっとりとするような見事な方程式を眺めていても、失業や貧困といった現実の経済の姿は浮かんでは来ない。現実の経済の動きを伝える新聞に数式が出てこないのは当然と言えるし、もし数式で溢れるようになったら、そんな新聞は読まない方いいということである(数式だらけの学術論文も、したがって眉に唾をつけながら読むべきだということになるが、これはここでの話題ではない)。

 「先週」は2010年と2011年をまたぐ一週間になった。それがどうしたといわれそうだが、世界経済の流れは休むことがないとしても、読み手の方はどうしても「休暇」が多くなりがちで、いつもの週よりも目を通す量もいつもよりはつい少なくなる。そんななかでも目に付いた記事はやはりある。内容それ自体ではなく、今頃何でこんな記事が出るのだろうかと訝しく思ったということで、である。12月28日の朝日に「独の反発 ユーロ圏揺らす」という報告が載った。このところのユーロの危機を巡る対応でドイツの姿勢に顕著な変化が生じている。自国の立場を主張するのに慎重だったドイツはユーロ危機に関しては自分の主張を押し通すようになっている。その背景はなにか。それをテーマにした報告である。しかしこの背景は欧米の新聞報道を見ていればずっと前に分かっていた話である。極東の島国のドイツ語も満足には読めない私のような素人にも、そのことは11月の後半あたりから謎でもなんでもない。こんな話を何故朝日は暮れも押し迫った頃になって報告するのであろうか。こっちのほうはまるで意味が分からない。意味のない報告というものは本来あり得ないと思うが、意味を理解するのに苦しむ報告はやはり感心しない。

 年末になると決まって「来年の予想」なるものが現れる。こっちのほうは意味を考えるまでもない。予想が「報道に値するか」という疑問があるが、多くの読者がそれを望んでいるということである。12月29日のHandelsblatt (HB)は、何人かの経済専門家の「予想」も含めた話をもとにした記事を載せている。タイトルは「経済専門家たちはメルケル首相が指導的役割を果たすように迫っている」である。このタイトルにも、ドイツの(あまり感心しない)姿勢が感じられる。全体のトーンは、なんとしてもユーロは維持しなければならないし、そのためにはメルケル首相の断固たる姿勢が必要だというものである。それは一つの主張であろうが、だが「ユーロは維持可能だ」というのであれば、それはもはや予測になる。「来年の話をすると鬼が笑う」という格言がドイツにはないのかもしれないが、来年どころか20年先のことまで言ったのでは、笑うのは鬼だけではないであろう。しかし、HBが伝えるところでは、そういう話をドイツ連銀の総裁がやっている。ウェーバー連銀総裁は、ミュンヘン証券取引所の創立180年の日に「取引所の創立200年の時にも、取引所ではユーロでもって決済がなされているであろう」と語ったという。ユーロのお陰でドイツ資本主義が多くの恩恵を享受しているのは確かであり、ドイツ連銀の総裁としては「ユーロは維持しなければならない」と考えるのは当然のことであろうが、そのことと、「ユーロは20年先までも維持できる」と予測することとは別の話である。

 古い話をするのは好きではないが、例を挙げておきたい。ヒトラー・ドイツが大陸ヨーロッパを席巻していた1940年7月、ドイツ連銀の前身であるライヒスバンクの総裁だったフンクは、「不換紙幣マルクが新しい欧州の基軸通貨となり、金は廃貨される」と語っていた。5年後、廃貨されたのは不換紙幣マルクであった。それと比べれば、ユーロは既に10近い年月、欧州の基軸通貨として生きながらえた。だからといって、ユーロが60年前の不換紙幣マルクの轍を踏むことがないとどうして言えようか。ウェーバー総裁は今53歳であるから、20年後も生きている可能性は十分ある。彼がそのときフンクのことを思いだして臍をかむことのないよう、祈りたいものである。

 一方、12月30日のZeitは「ユーロとマルクの対話」という一見愉快な話を載せている。ユーロは1999年1月1日に決済用仮想通貨として導入され、2002年1月1日に法定通貨となった。前者が懐妊日、後者が誕生日といえる。だから、2011年1月1日はユーロにとって9歳の誕生日ということになる。対話は、マルクがユーロにその誕生日の祝いを言うという形で始まる。しかし対話はすぐにとげとげしくなる。マルクが指弾するのはユーロの不安定性であり、その維持のための国民負担である。ユーロは懸命に反論するが、この二つの点に対しては、ユーロに分はない。だがユーロは、マルクではドイツの輸出品価格は上昇して輸出は大きな打撃を受ける、と反論する。マルクは、「それはいたずらに騒ぎ立てているだけだ。マルクのときだってドイツの企業は長年非常にうまくやっていた」と押し戻すが、この点に関しては、マルクの主張は迫力を欠く。

 両者の対話は決着がつかないままだが、この対話から、28日の朝日の記事が不思議がったユーロ危機対策を巡る「ドイツの強い姿勢」の真相が見えてくる。輸出依存度の高いドイツ資本主義としては、なんとしてもユーロは維持したい。しかし、一方でそのための国民負担の増加は受け入れ難い。国民負担がいやならばユーロから離脱してしまえばよさそうなものだが、輸出のことを考えればそんなことは到底できない。これが放漫財政から通貨危機に陥った諸国に対する強い姿勢となって現れる。前述したウェーバー総裁の「ユーロは20年後もドイツの決済通貨である」とする発言も、予測というよりは切実な願望というべきかもしれない。

 12月31日のWall Street Journal (WSJ)が伝えるメルケル首相の大晦日演説の草稿を読めば、ユーロがドイツ資本主義にいかに有利に作用しているかが実感できる。メルケル首相は、「ユーロは単なる通貨以上のものであって、我々の繁栄の基礎となるものだ」とするが、それはユーロのお陰で、ドイツが「独り勝ち」になったことを意味するだけのことである。危機にあえぐユーロ圏諸国を尻目に、ドイツは景気後退から完全に回復し、失業率に至ってはこの20年来の最低の数字を記録した。

 前述のWSJによれば、メルケル首相は、2010年はドイツにとってはいい年であったとした。実によくわかる話である。同じ日のSpiegel-online は、ユーロ危機の発端となったギリシャに目を向けている。「2010年はギリシャにとって悪い年であった」。Spiegel-onlineはそういう。失業率は9.3%から12%に増え(それでもスペインよりはましである)、所得は約2割減ったというから、たしかに「悪い年であった」。これもよく分かる。Spiegelは同時にギリシャでの世論調査の結果をつたえているが、それによると、メルケル首相の支持派は14%、不支持派は84%であり、同首相はギリシャではすでに「鉄の女」と化している。

 こんなはっきりしたコントラストのなかで、「我々の繁栄の基礎となるもの」としてのユーロを維持するとしたら、それはギシギシという気色の悪い音を立てることになろう。

 新年早々、屠蘇酒で二日酔いしたような不快な話であるが、酔い醒めはいつも気分の悪いものである。 

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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