選挙結果は社会自由党(PSL)候補者ジャイル・ボルソナロ(Jair Bolsonaro) 46%、労働者党(PT)候補者フェルナンド・ハドダッド(Fernando Haddad)29%で、大統領選は3週間後10月28日の決戦投票に持ち込まれました。ブラジル社会を分裂さえ、憎悪と対立を煽ってきたボルソナロは、9月6日街頭戦中にナイフで刺され、選挙当時は病院のベットに横たわっていましたが、この事件が、逆に彼の支持率を押し上げることになります。選挙戦は、二人の息子に任されました。
軍隊による治安・安全対策の強化がここから強調されもします。副大統領チームに予定されている元軍人(Hamilton Mourão)は、「国が必要とすれば、それ(軍事クーデター=筆者)もありうる」と公然と言い放ち、議会と市民への恫喝とも受け取れる発言をしています(「FR」紙2018年10月6/7日付)。
軍事クーデターの筋書きは、彼の以下の発言に読み取れるでしょう。(注1)
注1 Le Monde diplomatique Dezember 2017
もし、諸機関が政治問題を解決できないとき、また司法が犯罪からもたらされるすべてのことを公共の生活から取り除くことができなければ、その時、われわれは、それを実行するであろう。最高総司令部の全同志は、その点で私と一致している。
憲法は、軍隊に議席を譲る。
ボルソナロ自身が元降下部隊の軍人で、彼の周りはこうして軍事クーデターを見越した布陣が敷かれてきていると判断してほぼ間違いないでしょう。
それに対抗するPT候補者ハドダッドは、サンパウロの市長を務めた経済学者で、2003年から2011年まで大統領であったルラ・シルヴァ(Lula da Silva)の代役です。ルラ・シルヴァが、「収賄・汚職」で有罪判決を受け、服役中の監獄から立候補しようとしますが却下されました。
選挙前の予想では、ボルソナロが当初16%から出発しながら31%位まで、ハドダッドが21%-25%と報じられていましたから、それ以上にボルソナロの勢いが強かったことになります。
この政治経過から読み取れるのは、テーマが犯罪で、そこにはテロ、麻薬マフィアの抗争、ファヴェラ、「路上少年」等が含まれますが、治安・安全と社会生活のあり方が問われているように思われます。
ハドダッドの得票分布で注目されるのは、ブラジル北東部で圧倒的多数を獲得いることです。この地域は歴史的には貧困な農業地域で、生活苦の中から大量の農民の土地離れが進み、新自由主義者からは彼らに「取り残され者」「怠け者」「寄生虫」なる罵倒と差別言辞が投げかけられていました。
一方で、ボルソナロに結集する「保守派」グループには大土地所有者、福音派キリスト教徒、軍人が結集することになり、ここに見られる構造から富と貧困、宗教、人種、社会層を分断し、対立させる選挙戦になりました。それがまた、極右派の意図するところだったでしょう。それに焦点が合わされたのが、13年間に及ぶ労働者党(PT)政権への徹底的な弾劾でした。ブラジル全土で公然と富裕・特権階級が自分の要求と利害を主張し始めたことになります。
1998年南ブラジルにあるポルト・アレグレで、独裁政権倒壊後、初めての労働者党(PT)政権が誕生します。「世界社会フォーラム」の発祥の地といわれるところです。そこが、この30年間ネオ・リベラリズムの結集の地になってきました。彼らは長い時間をかけて、今回の政権奪取を準備してきたことになります。2003年に成立したPT政権への批判は、ただ一点「共産主義」批判です。自由市場と実績・業績主義が彼らの思想的確信です。そこに見られるのは、赤裸々な富裕・特権階級の手中への富の奪取と独占、さらに労働権利の剥奪以外ではありません。PT‐「共産主義(者)」はそれを阻害しているというのが、市民向けアピールになります。社会的連帯ではなく個人の富への所有欲がこうして強調され、それによって他者に対する対立が煽られることになります。
一例を挙げます。イパネマの瀟洒な街中を散歩していたら、きれいに着飾った上品な白人系女性と乳母車を押すアジア系女性に出会いました。買い物からの帰りでしょうか、アパートの安全柵の鍵を開けて中に入るところでした。そのアジア系女性が、同じアジア系の私に好奇心強く視線を向けてきます。彼女はフィリピン出身だと思われますが、ブラジル人家庭でホーム・ヘルパーを務めているのでしょう。アラブ諸国では常態化されているホーム・ヘルパーを、私たちは初めてブラジルで見ることになりました。
2013年PT政府は、〈各家庭でホーム・ヘルパー(お手伝い)さんを雇うときは公式に登録して、最低賃金を保障し、労働時間が遵守されなければならない〉旨の法案を作ります。それを切り崩そうとしているのが、極右派ファシスト・グループです。権利がこうして剥奪されようとしています。民主主義かファシズムかといわれる所以です。
特権の要求は、他方で排除の構造を生みます。排除されることによって差別が助長され、そこから特権が成立することになります。その対象者は、女性、アフリカ系住民、そして同性愛者です。極右派が福音派キリスト教、新自由主義者、人種主義者、ナショナリスト、保守派を取り込んで一大勢力にのし上がってくる社会的基盤がそれによって作られました。選挙戦では、ボルソナロ陣営から差別発言、暴言、フェイクが意図的に流布され有罪判決も出されますが、逆に400万のフォローアーが彼に続くことになりました。ここに「トロピカルなトランプ」の登場が見られます。排除が成立するためには、対象者への〈憎悪〉が不可欠な要素になります。
PT政権は、産油に合わせたインターナショナルな投資環境を整え、ブラジルは農産業製品を軸に世界経済大国6位の地位を占めるようになりました。大豆、砂糖、コーヒー、肉、鉄鉱石などがその主な輸出生産物です。しかし、社会インフラ、特に、市民が最も必要とする教育、医療、交通分野での取り組みは遅れています。学生、青年層のデモは、この点を衝きました。しかし、そこには危険な人種主義が潜んでいるのが認められます。
PTの社会政策批判、貧困家庭援助、それに加えてアフリカ等外国出身学生の入学制限が同時に含まれています。これは裏を返せば、外国人学生を受け入れているから、先生が不足し、授業に必要な紙も底切れになり、インフラ投資が進まないという結論が導かれます。こういう論理は、典型的に現在のEU内の難民問題で見聞される民族排外主義と人種主義にも通底しています。ブラジルを見ながら、私はこうしてヨーロッパに意識が引き戻されました。
そして、2012年の石油価格暴落を受けた経済危機です。この時、一挙にPT政府の問題点と課題があぶりだされたようです。
600万の失業者が記録され、投資が持続的な実績を生み出さず、構造的な欠陥が明らかになってきました。それにPT政府は答えることができていません。更に都市部では、ドラッグ・マフィアの暗躍と勢力争いが激化し、虐殺された人の数でブラジルは世界のトップを占めることになりました。
その数、2017年に約6万4000人。ワールドカップとオリンピックを控え、安全対策が急がれます。安全は、しかし、資本、財産のクレジットです。スポーツの祭典は、資本増殖です。
PT政府への〈憎悪〉が、日毎に煮詰められてきます。「共産主義(者)」批判一点では、誰も意見を異にしないからです。
極右派は、労働者党の元の伝統的な支持者を取り付けることが必要です。彼らが、今では中間層を形成しているからです。特に郊外の、ここ数十年間に生活水準が上昇した層、それはPTの社会政策の果実でもありますが、彼らはさらにそこから独立・自営への道の可能性を探り、豊かな消費生活を希望しています。いわゆる新中間層といっていいでしょう。極右派の単なる反PTキャンペーンでは、この部分を捉えることができません。そこから、「共産主義(者)」が、捏造されてきます。極右派がデマゴギーに陥るのは、そうした根拠を自分の出生の内部に持っているからです。呼びかけられた新中間層の言い分は、
PTはいつまでも「貧困層」に訴えるだけ!
決定的な最後の一撃は、2013-2014年の政権スキャンダルだったでしょう。半国有の石油コンツェルン(Petrobras)の汚職事件です。建設会社を通した不法な党資金流入が暴かれ、検察庁はコンツェルンへの捜査に入ります。すべての政党が関係しているといわれ、一部で200人以上といわれている関係者ですが、そのうち訴追されたのはPT関係者だけだといいます。
政権中枢も極右派の手に堕ちました。
以上によって注目されるのは、10月28日の決選投票で、仮にPT候補のハドダッドが中間派、左派を再糾合して勝利したとしても、極右ファシストたちのクーデターが十分に予想されるということです。
もう一つは、多数派を誰が取るのかという、ボルソナロには絶対に理解できない点です。
彼は、この間一貫して同性愛者とアフリカ系住民を「少数派」として誹謗してきました。「少数派」だから権利が及ばないと言いたいのです。しかし、実際にブラジルで「多数派」を形成しているは、実は、彼らとそれに加えて、同時に女性です。(注2)
注2 Der Spiegel Nr.40/29.9.2018
ボルソナロの思い上がりと虚言の数々は、彼(女)たちによって暴かれ、打倒されていくことは間違いないと思います。またそれが、ブラジルの民主主義への道だと思います。
今から考えて、私たちが、その一部でも、92年当時体験できたことは幸運だったと思われてなりません。
おわり
【参考資料】
・Le Monde diplomatique Dezember 2017 Waffen f?r anst?ndige B?rger von Anne Vigna
・Le Monde diplomatique Oktober 2018 Brasilien, der gro?e Verrat von Glenn Greenwald und Victor Pougy
・Der Spiegel Nr.40/29.9.2018
・FR紙2018年8月15日付
・FR紙2018年10月6/7日付
・FR紙2018年10月11日付
初出:「原発通信1540号」2018.10.24より許可を得て転載
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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