一票を投じて肩の荷を下ろしたつもりが、その後に待っていたのは宙ぶらりんの状態です。どのような政権が組まれるのか、まったく掴みどころがないからです。連日TV、新聞、雑誌の報道に聞き耳を立て、目を凝らしながら、また友人と話しながら、情報を何一つ漏らさないようにと気を張り詰めていますが、具体的なことはなにも伝わらず、誰が、どう言ったから、ああだ、こうだと、いろいろな解釈が可能で、ただ神経が苛立つだけです。
SPDと緑の党の政治路線は、はっきりしています。それにFDPが絡み、またCDU /CSUが未だに選挙敗北を自認せず「政党間の民主主義議論を!」をフレーズに連立交渉に割り込んできていますから、なおさら混沌としています。
しかし、第二党が首相になったケースは、1969年のSPDビリー・ブラント、1976年および1980年のおなじくSPD ヘルムート・シュミットの前例がありますから、CDU /CSUも引き下がることができないのです。
最終的には誰が政治指導力を持っているかが決定的で、私たちの周りでは「カーニバルの道化者」と嘲笑されているCDU候補者(Armin Laschet-注)は、すでに資格なしの烙印が押されています。ドイツ全体でも彼への首相支持率は、高々十数パーセントです。
連立交渉がCDU /CSUの介入で長引けば長引くほど、彼が笑いものにされ政治舞台から去っていくのは道化者の運命にふさわしいでしょう。
(注)彼はカーニバルの本拠であるノルトライン・ベストファーレン州出身
こうした政党間交渉に振り回されないために、ここでこれまで明らかにされている選挙結果の分析を通して、これからのドイツの政治方向を少し整理してみます。
1.
仮に30歳以上の年齢層の投票を除いたとすれば、SPDおよびCDU /CSU両党の首相は不可能で、緑の党とFDPの連立政権が成立することになります。
現に30歳以下の年齢層で緑の党22%、FDP 20%、SPD 17%、CDU11%となりますから、逆にいえばこの若い年齢層が連立のキャスチングボードを握ったのが、今回の選挙の特徴であったことはすでに書いた通りですが、他方では25歳以上の年齢層の投票に大きな流動化も認められます。
決定的であったのは、従来CDUの票田といわれた60歳以上の高齢者層の票がSPDに流れ、これが決定的な役割を果たすことになります。
数字で見れば、この年齢層でSPD 35%(前回比11ポイント増)、CDU 34% (同7ポイント減)となり、年金等社会問題でCDUへの批判票を見ることができます。
年齢を下げて60歳以下ではSPD 22%、CDU 19%、緑の党18%となり、高齢化の中で労働、家族を含む将来への不安をテーマにする選挙となっています。
結果は、CDUの136万票がSPDに流れたことになり、全体ではCDUが390万票を喪失したことになります。これが16年間のメルケル政権への市民の判定でした。
2.
SPDの返り咲きに関していえば、メルケル政権の下で特に社会、労働面での対応が指摘されるのではないかと思います。各州での活動を含め表面には表れてこない地道な活動でしたが、メルケル―CDUの新自由主義路線がコロナ禍との相乗作用で明らかになり、CDUはそこからの舵取りに失敗したということです。CDUとしての進路が、既に失われていたのでした。それが現在の党内対立の原因になっているとみるべきでしょう。
選挙分析から投票分布を見てみます。(注)
労 働 者:SPD 26%、CDU 20%、緑の党8%、 FDP 9%、AfD 21%、左翼党5%
サラリーマン:SPD 24%、CDU 20%、緑の党17%、 FDP 13%、AfD 11%、左翼党5%
独 立 自営業:SPD16 %、CDU 26%、緑の党16%、 FDP 19%、AfD 9%、左翼党5%
年 金 者:SPD 35 %、CDU 34%、緑の党10%、FDP 7%、 AfD 7%、 左翼党4%
失 業 者:SPD 23%、 CDU 14%、 緑の党17%、FDP 8%、 AfD17%、左翼党11%
(注)Statista/Infratest dimap, Frankfurter Rundschau Freitag, 1.Oktober 2021
SPDが労働者、失業者層に支持率を獲得していることは、SPDの組織基盤がどこにあるのかという問題の一方で、この10数年来、なにゆえに組織基盤を喪失してきたのかという政治路線が問われていることを意味します。サラリーマン層を含め、労働の意味と生存への要求を汲み入れることなくして、SPDは党の存在意義を有しないということです。それはまた家族、教育、環境問題に跳ね返ってきますが、その総括が今回の選挙だったでしょう。
他方で、極右派のAfDが労働者層で第二党にのし上がってきている現状は、前にも書いたように労働運動での(極)右派の伸長とあわせて、彼らとの闘争がどの領域で、何をテーマにしなければならないかということを教えていると思います。労働の権利と社会的公正、そして生活者の「人間としての尊厳」が確保されなければならないのです。
来たるべき連立政権は、それを実現するものでなければならないでしょう。
3.
選挙分析で注目されるのは、緑の党とFDPの組織基盤が顕著に認められることです。独立自営業とサラリーマンですが、過去の古い労働形態ではなく、コンピューター技術を駆使するモダンな分野の開発者ということができるでしょう。技術、問題意識の高さが、緑の党に代表される自然環境保護と、FDPに代表される個人の自由を強調する部分に別れていきます。環境保全は、労働・経済システムの根本的な変革を要求することによって大きな社会的政治的運動に発展してきました。
これに対して「個人の自由」にあるものは、確かに基本権の各人への保障ですが、実質的利害としては、〈個人の福利〉です。この観点からコロナ対策に反対してFDP が「個人の基本権」を主張し、ロックダウンには厳しい批判的な姿勢を貫いてきました。個人の営業利益が守られなければならないからです。そこからデジタル化への強い技術的要請が出てきますが、問題は、そのための社会的インフラを財政的かつ公正にどう進めるかの議論が必要です。営業成功を求めるだけの個人主義に陥るのか、あるいは社会全体でどう解決していくのか、これが路線の分かれ道になります。
これを要約していえば、一方で環境保全への財政負担、例えば環境税等で各個人の福利が損なわれてはならないし、他方で自由な各個人の福利への権利が社会の環境保護を損なうことになってはならないという〈社会=全体と個人〉をめぐる2党の関係です。
同じ課題はコロナ対策でも問われています。
出身階層としては同一でありながら、全くことなる社会・経済観をもつ2つの政党間で、はたして連立に向けた合意が成り立つのかどうかが、現在の焦点と言っていいでしょう。
4.
以上、選挙分析に見られる一つの重要な傾向は、各政党に伝統的な組織基盤がありながら、テーマによって投票では政党間の流動性がおき、更に政治状況によっては個人の不満、怒り、抵抗から組織を離れたところで、議会外の大衆的政治運動が起きてきます。この個人のインディヴィジュアルな結合と運動が、古典的な政治議論から自己を解放し、新しい政治スタイルをつくり上げることになります。
特徴的には環境保護運動、社会的公正を求める運動、ナチ・極右派そして反ユダヤ主義に対する闘争、同性同等の権利を要求する運動、難民・外国人受け入れ運動等が指摘できるでしょうが、それによって既成政党に圧力をかけ、運動に引き入れていくことになったことは、今回の選挙で示されたところです。
政党側から逆に見れば、恒常的な組織化の必要性は不可欠であるとして、こうした個人のインディヴィジュアルな運動にどう対応するかが、所謂「中間層を獲得する」という組織路線と同時に、政治の活性化にとって重要な意味を持ってくるというのが、今回の連立交渉の本質的な意味するところだろうと思われます。
(つづく)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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