「ヨーロッパ人の忍耐」――「プーチンの忍耐」
「熱い秋 寒い冬」――この見出しが、最近のメディアに共通して見られる表現となりました。
今では、気温が40度近くまで上昇したあの暑かった夏が恋しいです。暑ければ「暑い?!」と、そして寒ければ「寒い?!」と愚痴をこぼす自分を苦笑するしかありません。
ドイツの寒さは、骨身にこたえます。エネルギー節約で、室内の気温は19-20度に落としています。それではとても暖をとれないのでダウン・ベストを重ね着して寒さをしのいでいる日常です。9月未でこの状態ですから、「本格的な冬場を迎えたら?」と先行きへの不安がつのります。
まわりには軽い咳と鼻をぐずぐずさせている生徒たち、友人を見かけることが多くなってきました。
職場でも同じような状況です。大学の研究室で仕事をする知人は、手洗いで温水のないのは我慢できるが、「暖房がはいっていないのには耐えられず、抗議している」と嘆いていました。
「熱い秋」とは、コロナ、気象変動に続くウクライナ戦争、そして二桁の10%を超えようとするインフレ、エネルギー危機、それに伴うポピュリズム、右派ナショナリズム、そして極右派の台頭がすでにその兆候を示し始めていることです。
ドイツ・ヨーロッパの国家財政と治安が直撃されていることになります。プーチンは、そこにさらなる揺さぶりと楔を打ち込もうとしているとしているように思われます。
「ヨーロッパ人には忍耐がない」
とはプーチンの言葉ですが、社会不安を引き出し、市民対立を煽ることを目的としていることは明らかです。現在、報道されているようにロシアからのパイプラインNord Stream 1、2に破損が起きています。デンマーク、スウェーデンそしてドイツによる共同の事故調査が行なわれ、どのような結果が出るにしろ、歴史的なロシアとのプロジェクトが、これによって最終的に終焉したことだけは事実です。経済・社会のあらゆるインフラ(原発、海底ケーブル、コンピューター)がテロ、軍事目標になることが実証されたことを意味し、その安全保障とは何か? 必要とされる新しい政治体制が答えなければならない課題です。
では、そう言うプーチンに「忍耐」があるのか?
これを検討してみます。
東・南ウクライナの四つのロシア軍占領地域で(注)、先週からまったく法的根拠のない、見せかけの「住民投票」が実施され、続いてロシア連邦への領土併合が強行されました。予想されていたとはいえ、この言ってみればドタバタの抜け駆けは、プーチンの不安と混乱を語りこそすれ、軍事的勝利というにはほど遠いものです。モスクワでの政治式典では意気が上がらず、むしろロシアの国土防衛を強調するだけで、それはしかし、瓦解し始めているプーチンのウクライナ軍事侵攻を正当化し、軍事的泥沼から抜け出そうとする執着を見せつけただけでした。
(注) Donezk, Luhansk, Cherson, Saporischschja
華々しい、しかし白けた政治舞台の背後では、ウクライナ軍の軍事反抗からドブネズミよろしく遁走したロシア軍の痕跡が認められます。それを表現するにあたって〈惨め・無慚〉という以外に適当な言葉が見当たらないのですが、単に遁走で終わることなく、すでに4月に明らかになったブチャ(Butscha)での大量虐殺と同様な人道に反する犯行を繰り返していることです。ロシアの軍と兵士がモラルも規律も持たないただの略奪・殺人集団になり果てている姿が見られます。これが、プーチンの戦争であるならば、さらなる30万人という自称「部分動員」も同じ轍を踏むことになるだろうことは、今から自明です。
2月には「20万人の」といわれ、8ヵ月後には更に「30万人の」といわれるロシア軍で何が、どう変化したのか、するのか? まず、ここに興味があります。
20万人部隊といわれた内実は、シベリア等都市中心部から遠く離れた貧困農村部および郊外の、職に当てのない青年、少数民族の青年、動員恩赦を受けた犯罪者から主に構成され、軍事経験のない野合集団だといわれていました。
その部隊が戦争目的のない軍事指揮の下で、こうしてみれば〈ナイナイ尽くし〉の軍事展開でした。比較的に裕福な中間層、スペシャリスト、モスクワの富裕層には、ウクライナ戦争は蚊帳の外の出来事になり、プーチンのプロパガンダは功を奏することができました。
戦死者の数が膨れ上がり、さらにウクライナ軍の攻勢が続き、モラルと規律の欠片もないロシア軍の雪崩を打った遁走が始まりました。その状況は兵士を通して国内の家族に伝えられ、そこからウクライナの実情が社会に広まっていきます 。
そして、今回は軍事訓練の経験のある30万人の「部分動員」だといわれます。徴兵対象は前回と基本的に変わりがないとはいえ、都市部での徴兵が始まります。
二つの問題点が指摘されます。
1.にもかかわらずモスクワでは他の地方と比べて人口比で6分の1にすぎないとの苦情が出され、都市部と地方・農村部の亀裂・対立要素が顕在化することになります。
2.「軍事訓練の経験」となれば、年齢は30歳半ばから40歳半ばとなり、この年齢層が実はプーチン体制の確固たる地盤をなし、しかも経済、政治の要部分を形成しています。
ここで愛国主義者と戦争反対派に都市中間層で亀裂が生じることになれば、プロパガンダは逆に社会対立を招くことになります。
化石燃料の輸出で資金源を確保するロシアに対する西側からの制裁が、どのような実効性を持っているのかは、外部からはなかなか実感しにくい点があるとはいえ、中間層が揺らぎ始めれば、プーチン体制の崩壊につながりかねません。
他の要素は、専門職、スペシャリスト、管理職等の動員による労働欠員は、ロシア経済への計り知れない打撃となってきます。
2月以降、すでに国外に去った人たちは、EUの統計では150万人といわれ、そのほとんどは若い20歳前後から30歳前半の、とりわけ高等教育を受けたグループでした。ITスペシャリスト、研究者、芸術家等、自立的な労働分野で、現在の近代的なロシア文化を代表する社会の一端が、こうしてまず崩れ落ち始めました。
次は、主要産業に欠員が生じてきます。同時にそれは、家庭を持つ労働者への破壊攻撃になります。
この1週間で20万人がゲオルグ、キルギスタン、トルコ、アルメニア、ベラルーシ、モルダウ、ウズベキスタン、さらにモンゴル、そしてフィンランドに脱出したといわれ、脱出先でのインタヴューを聞いていると、上記した年齢層を反映していました。すべてが男性で、ロシアに残してきた妻と子どもが気になるといいます。
ここで、ウクライナ戦争に対抗して前面に立ちはだかってきているのが女性です。年老いた母親、動員をかけられる連れ合いの妻たちです。逮捕を恐れず街頭で抗議をし、警察に暴力的に連行される姿が、TVニュ-スで報道されていました。
「ウクライナへの動員は、死を意味する」
「戦争でもないのに、なぜ動員が必要か」
「ウクライナの兄弟姉妹を殺したくない」
「ロシアには軍隊があるのに、どうして戦争動員か?」
プーチンには、何一つ答えられない抗議声明であるのは明らかです。そこでの偽装された「住民投票」でした。
このへんの事情を、メモから顧みることにします。
2月のロシア軍事侵攻以降もウクライナにとどまり、プーチンのデマゴギー情報操作と安全保障をテーマに調査と報告を発信し続けている女性政治学者(Maria Avdeeva)が、1か月ほど前に書いた文書からのものです(しかし出所資料の記録は失念しました)。
現在のウクライナの軍事攻勢の背景を考えるうえで、最良の分析ではないかと思われます。
「ウクライナの攻勢が遅れれば、ロシアが占領地域で住民投票を実施するだろう。しかし早すぎれば、武器不足から、ウクライナ軍が危険に陥るだろう」
ウクライナ軍側から見れば、この時点を見越した軍事攻勢であったでしょう。それに間に合わせた西側からの軍事援助・供与でした。
しかしプーチンは、窮地のなかでの「住民投票」を強行しました。そして、その意味するところは?
占領地を「ロシア領土」とすることによって、ウクライナ軍の攻勢を「領土侵略」と言い含めることです。そうなれば、「スペシャル・オペレーション」ではなく「侵略戦争」と解釈でき、これによってプーチンはこれまでの行き詰まりとジレンマの解決を図ろうとしているといえるでしょう。
そのとき、プーチンの核兵器、化学兵器、細菌兵器の投入が、十分に考えられることが、今後の戦況で重大なテーマになってきます。プーチンの言動は、その意思を含めたものだと理解されるべきでしょう。
逆にNATO―EUにとって、何を意味するのか? ここに見通せるジレンマは、先の政治学者の表現を借りて言えば、
軍事援助が消極的になれば、ウクライナを見放したという批判を免れず、また、武器援助がさらに進めば戦闘のエスカレーションが避けられない。そのとき、プーチンのウクライナ領土への核兵器等の使用が考慮されなければならない。
となるでしょう。
9月初旬、EU5ヵ国(注1)の外相フォーラムがプラハで開かれ、そこでドイツ外相ベアボック(緑の党)が、
「どれだけ長期にわたっても、必要とする限りでウクライナを支援する――たとえドイツの選挙民がどう考えようと」
と発言した後半部分(注2)が切り取られ、AfDおよび左翼グループから轟々たる批判が噴出しました。
(注1) オランダ、ドイツ、チェコ、ウクライナ、ポーランド
(注2) “No matter what my German voters think.“
二つの問題点が指摘されます。
1.社会メディアでどのように言葉、あるいは文章の一部が全体から切り離され、歪曲され、そして広められていくかのいい例ではないかと思います。AfDと左翼グループは、それによって親ロ路線を強めることになります。
2.ベアボックの言いたかったことは、発言の誠実さと明確さを伝えるということです。従来の政治家に見られるような、どのようにも解釈可能な表現ではなく、この点で灰色ではなく、透明な政治アピールする外相として高い支持率を獲得することになります。
ウクライナ軍事攻勢、「市民投票」直後、ウクライナからは重武器、攻撃用戦車の援助要請が出てきます。従来の防衛武器から、ロシアの占領地域奪回に向けた攻撃武器への声が高まってきますが、プーチンは、「レッド・ライン」とクギを刺しています。
9月30日、ZDF・TV 定時ニュースのアンケート調査(Polit Barometer)によれば、戦闘用戦車のウクライナ援助への賛成率が、ドイツ全体で47%、反対は43%、他方、引き続きウクライナ支持では賛成74%、反対20%となっているのを見ると、先行きへの微妙な、そして動揺する心理を読み取ることが可能です。
戦闘用戦車援助への賛否を各党派別に見れば、
SPD 54%
CDU/CSU 55%
緑の党 62%
FDP 51%
AfD 16%
左翼党 33%
となり、緑の党の党員からは、しかし、EU―NATOとの共同安全保障戦略、およびプーチンの核兵器等使用にどのような歯止めをかけられるかの戦略的議論は伝わってきません。緑の党にある政治目的は、「ウクライナの勝利」「ウクライナ戦争の勝利」による戦争終結論でしょうが、政府内では、「ウクライナは、敗北してはならない」方針できているところ、先のベアボック外相の発言は、この点での配慮と不十分性を残しているように思われます。
一方で、ロシアに目を向けてみます。Lewadaという自立的な世論調査機関が行なったアンケート(注)では、プーチンの「部分動員」アピールに、
不安、憂慮、恐怖を感じたものが 47%
ロシアに誇りを感じたものが 23%
で、後者は2月以降約10%減を示すことになります。
(注) n-tv.de 9月29日付 ニュース、ドク番組のTV局。この調査機関は西側でも信頼性が高く評価されています。
以上のような動きのなかで、最終的にプロパガンダとデマゴギー情報操作の殻を破るのは、女性たちだと確信するようになりました。
先に挙げたロシアの女性をはじめ、ここで視線を他の諸国に向けてみます。
1.イランで女性の決起が続いています。22歳のクルド系女性(Mahsa Amini)が、頭のスカーフの着用がイスラム規則に反していると〈風俗取り締まり警官〉から咎められ、暴行を受け死亡した事件が発端となりました。イランに行ったときのことで、街中でこの革命委員会に属する警察部隊の動向に細心の注意を払った経験が思い出されましたが、女性たちはスカーフを投げ捨て焼却し、髪を切り落としてイスラム国法(シャリア)に果敢に挑んで街頭で抗議行動を繰り広げています。単にスカーフということではなく、イスラム法原理に抗議、抵抗することによって、実は、イランのイスラム国家体制を批判していることになります。
1999年学生、2009年バザール等の中産階級、2019年貧困層、教育を受ける機会を奪われた労働者、そして2022年女性。法治国家ではないシャリア国家では、政府批判派は長期の投獄と死刑をも覚悟しなければなりません。
ここでのスローガンは、
「独裁制度に死を!」、「女性は、自由に生きる!」
2.それを受けてアフガニスタンでは、イランの女性に連帯してイラン大使館の前で連帯デモが取り組まれ、同じスローガンが掲げられたといいます。
「イランの女性は決起した。次はわれわれの番だ!」
タリバン政権も、イランと同様なシャリアに基づく独裁体制です。
アフガニスタンは、最近ロシアとの間で化石燃料供給をめぐる協約を結びました。そのアフガニスタンへの西側の経済援助が議論され、継続されています。
イランは、シリア、中東、中央アジアでロシアとの関係も含め、地政学的な戦略を確立しようとしています。
複雑に絡み合った政治関係とはいえ、女性決起に独裁批判と反戦に向けた「民主主義・自由・解放」の理念を見ることは現実的だと思われるのです。
ドイツ外相ベアボック(緑の党)は、それを「フェミニズム外交」と表現しています。その内容に関しては、今のところ深められた提起がなされていないのが気がかりです。
国内にとどまる人たち、あるいは国外に脱出した人たちのネッツワークと連帯が形成されることによって、間違いなくプーチンの外堀は埋められていくはずです。
「熱い秋」とは、独裁制とプーチンのウクライナ戦争に反対する人民の「民主主義・自由・解放」闘争にこそふさわしく、デマゴギーな反民主主義グループの跳梁を許してはならないのです。
次回、「寒い冬」について報告する予定です。 (つづく)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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