月例世界経済管見 4
ドイツの中央銀行(連邦準備銀行)が1月16日、米国とフランスに預けてある金地金(金塊)の一部を今後8年かけて本国に引き揚げると発表した。
この動きは日本のマスメディアではほとんど報じられなかったが、見逃すことはできない。米ドルの信用とドル基軸の通貨体制が蝕まれつつある現状への警鐘とも受け取ることができるからだ。国際ジャーナリスト・田中宇の論考を参考にして、その背景や意味を考えてみよう(「ドイツの金塊引き揚げがドル崩壊を誘発する?」=田中宇のサイト2013年1月22日)。
◆金を貸し出し、値上がり防いだという疑惑
ドイツ政府は3396トンの金を保有する世界第2の金保有国だ。ただ、そのうち本国に持っているのは31%だけで、7割近くは米英仏3か国の中央銀行に預けてある。米連邦準備制度理事会(FRB)に45%(1536トン)、イングランド銀行に13%(450トン)、フランス銀行に11%(374トン)である。
ドイツが3か国に金を預けているのは第2次大戦での敗北以来のことで、米ソの冷戦時代は「ソ連軍が侵攻してくる恐れがあるので」と説明されていた。しかし、いまそのような事態は想定できない。逆に米国に預けてある金についての懸念がドイツでは強くなっている。
各国が米国に預けている金は米国保有の金とともに、ニューヨーク連邦準備銀行の地下金庫とケンタッキー州フォートノックスにある財務省の金地金保管所に保管されている。その金を米当局が、大量に銀行に貸し出しているという疑惑が以前からくすぶっている。
米国には金融機関を通じて金を貸し出す仕組みがあり、主に金鉱山や宝飾店が金相場の変動をヘッジする目的で借りていると説明されている。
ところが「金アンチトラスト行動委員会」(GATA)という団体が08年3月、FRBは非公式に米国の銀行に金を貸し出していると発表した。銀行がそれをもとに金の先物を空売りして金相場の急騰を抑えているというのだ。金の値上がりを通じたドル急落を防ぐのがねらいだ。
GATAによれば、金の貸出量はFRBが保有・保管する3万トンの半分以上に達しており、これによる空売りがなければ、当時1オンス=1000ドル程度だった金相場は、3000~5000ドルに跳ね上がっていただろうとGATAは分析していた。
当時はサブプライム・ローン破綻による金融危機のさなかで、ドル安と金急騰が進行中。金が3000ドルにもなっていたら、ドルで金を買う動きが加速され、ドルの信用が崩壊するところだった。
こうした疑惑もあって、ニューヨークとフォートノックスにあるのは本物の金地金でなく、比重が金とほとんど同じタングステンを真ん中に詰め込んだ地金だという憶測も出ている。
FRBは毎年、独連銀に対し預かっている金が確かに存在しているという証書を送っている。しかし、その金塊を見せてもらった人はどこの国にもいない。
ドイツ議会では米国に預けてある金を取り戻すべきだ、中身を調べるべきだという主張が強まり、会計検査院は11年、金塊の存在や真贋を定期的に確認するよう独連銀に求めた。これに対して連銀は「そのような慣行は世界の中央銀行には存在しない」という理由で拒否していた。
しかしドイツでは、ユーロ危機の深刻化とともに政府資産を保全する必要性がさらに高くなった。しかもFRBが昨年秋、金融の量的緩和の無期限実施を決めてからは、(ドル札が増刷され)ドルがいつ暴落してもおかしくない状態になっている。このためドイツの会計検査院は昨年10月、金地金の定期的な検査を求める報告書を再び提出した。
◆ドゴールによる「金の戦争」を想起させる
このような経過を経て米仏両国からの金返還が決まったのだが、フランスからは預託量の全量が返還されるのに対し、米国から返還されるのは預託量に約5分の1の300トンだけだ。このため「なぜもっと多く返してもらわないのか。もしかすると、返せる金塊が十分ないのではないか」といった新たな疑惑も生じている。
独連銀の決定について英紙『エコノミスト』は、金を自国に取り戻すことに意味があると考えるドイツは愚かだという趣旨の論評をしている。専門家には「金地金が金庫に本当にあるかどうかは重要でない。財務諸表に計上されていれば十分だ」とする意見が多い。
これに対し、ドイツの金引き揚げを、かつてフランスのドゴール政権が米国に仕かけた「金の戦争」になぞらえ、基軸通貨ドル崩壊の引き金を引く可能性があるとの見方も出ている。
戦後の通貨体制は金1オンス=35ドルでの交換を前提とする「金ドル本位制」で始まった。ところが米国が巨額の貿易赤字をまかなうためにドルを増刷し続けるようになった。このため1960年代に入ると、この体制は持続不能とみた欧州の民間と政府が次々に手持ちのドルを金に両替した(このときドイツも金保有を増やした)。これに対して米国と英国がドルの覇権を守るためにあの手この手で対抗した。
この通貨戦争にとどめを刺したのがドゴール政権だった。60年代後半、米国の覇権に見切りをつけ、NATO(北大西洋条約機構)脱退とドル売り金買いを断行。行き詰まった米国のニクソン政権は71年、金とドルの交換停止を発表した。この結果、通貨体制は2年後に変動相場制に移行している。
変動制に移った後もドルは基軸通貨であり続け、米英による金融覇権が続いた。しかし、08年のリーマン・ショックでドルの信用はさらに低下。いまや金しか頼れるものがなくなってしまった。
◆「王様(ドル)は裸だ!」
だから近年、中国、ロシア、EU(欧州連合)、中南米などの国々がひそかに金の備蓄を増やしている。各国の中央銀行が昨年購入した金は合計で、史上最大の536トンに達したといわれる。
外国に預けてある金を取り戻す動きも出てきた。ベネズエラは英国の中央銀行から金を回収したし、ルーマニアは冷戦時代にソ連に預けさせられた金をロシアから取り返そうとしている。
ドルに代わる基軸通貨をつくる試みも、中国やロシアで始まっている。中国は米国債を売り払ってドル急落に備えながら、人民元を東アジアの決済通貨にするための手を打ち始めている。
そうした中で、ドイツが金の返還を求めたのは「王様(ドル)は裸だ!」と言ったのに近い。これを見て米国に預けた金を引き揚げようとする国が続くかもしれない。そうなれば世界的な「金の取り付け騒ぎ」になる。
ユーロ危機は最終決着にほど遠いが、小康を得ており、EUは「通貨統合・経済統合」を「財政統合・政治統合」へ進め始めた。EUの盟主としてドイツは、ユーロをドルと並ぶ基軸通貨にしようと考えているに違いない。
ドイツの金引き揚げとEUの政治統合を機に通貨体制は、いまのドル単独から「ドル、ユーロ、金地金」の三極体制に移行していくという予測も現れている。
世界がこのように動く中で日本はひたすら米国追随を貫いている。金の保有量は765トンで、ドイツの5分の1しかない。しかも政府資産に占める比率はたった3%。欧州の主要国の多くが7割以上を金にしているのとは雲泥の差だ。日本の資産のほとんどはドル建ての米国債だから、ドルが大幅に値下がりすれば巨額の損失を被るのだが、政府も国民もそんなことには無関心のようだ(敬称略)。
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