「ネオニコチノイド系農薬」(以下ネオニコ系と略す)と呼ばれる新世代の農薬をめぐって、世界で論争が続いている。今年1月には、欧州連合(EU)の欧州委員会が3種類のネオニコ系農薬について「ミツバチを引きつける作物への使用を2年間の期限つきで禁止したい」と提案し、賛否が火花を散らした(注1)。ネオニコ系農薬は、高い殺虫効果をもつ「優れた農薬」なのか、それともミツバチを殺し、子どもたちの脳を蝕む「悪魔の農薬」なのか――。
◆浸透性があり、残効性も長い神経毒
ネオニコ系農薬とは、猛毒のニコチンと化学構造が似た(ニコチノイド)、新しい(ネオ)殺虫剤のことだ。多くの国で7種類(注2)が認可(登録)され、販売されている。性質が似ているフィプロニルを加えた8種類の農薬の概要を表1に示した(合わせて、代表的な有機リン系農薬で、日本では最も多く使われているフェニトロチオン=MEPともいう=とニコチンの数値も参照用に示してある)。
農薬は「原体(有効成分)」を使いやすい「製剤」に加工して販売されるが、製剤ごとに多様な商品名がついているので普通の人には分かりにくい。同じ成分がゴキブリ駆除剤やペットのノミ取り、シロアリ防除剤などとして身の回りでも使われているが、ネオニコ系とは知らずに使っている人が少なくない。
ネオニコ系殺虫剤の特徴は三つある。害虫に対して少ない量で高い殺虫効果を示す「神経毒」であること。効果が長期間にわたって続く「残効性」に優れていること。そして、水に溶けやすく、殺虫成分が根や種子などから作物全体に移行する「浸透性」をもつことである。
この殺虫剤は農業生産者にとってまことに使い勝手がよい。農薬の散布回数が少なくて済むから、見かけ上の「減農薬」を簡単に達成できる。イネの苗を育てる「育苗箱」に使えば、田植えの後も1~2カ月間は殺虫効果が続く。「種子処理剤」として使えば、その種子から育った作物全体に殺虫成分が行き渡る。そのうえ、散布するより環境への負荷も小さいように見える。だから農林水産省は一時期、積極的に推奨していた。
◆農薬規制で一周遅れの日本
ネオニコ系農薬は1990年代に登場し、世界で広く使われるようになった。
世界の殺虫剤の売上高をみると、1990年には1位が有機リン系(シェア43%)、2位がピレスロイド系(同18%)、3位がカーバメート系(同16%)だった。ところが08年にはネオニコ系が1位になり(シェア24%)、2位がピレスロイド系(同16%)で、有機リン系は3位(14%)に落ちている。
この間、EUでは、フェニトロチオンをはじめとする有機リン系農薬の多くが(ヒトや水生生物への毒性が強いため)使用禁止になった。それに取って代わるようにネオニコ系が進出したと考えられる。
ネオニコ系殺虫剤は日本でも2000年代に入って出荷量が急増し、07年度に400トンを超えた。その後は頭打ち傾向で、10年度の出荷量は407トンになっている(注3)。殺虫剤の国内出荷量が最大なのは有機リン系の2743トンで、ネオニコ系の4倍近い。カーバメート系の426トンがそれに次ぎ、ネオニコ系は3番目だ(反農薬東京グループのまとめ)。有機リン系がいまなお大量に使用されている日本は、EUより一周遅れているともいえる。
ネオニコ系殺虫剤の泣き所は、抵抗性(耐性)をもつ害虫が増え、やがて効かなくなることだ。これはすべての農薬がもつ宿命で、ネオニコ系の場合、すでに一部地域の野菜や茶、イネなどで観察されている。ベトナムや中国南部ではイミダクロプリドやフィプロニルに耐性をもつウンカ(イネの害虫)が大発生し、西日本地域に飛来して大きな問題になっている。
農薬メーカーはすでに次世代の殺虫剤の開発を進めていると考えられる。農薬を使う限り、抵抗性害虫とのいたちごっこが際限なく続くことになる。
◆メーカーは「人畜に安全性が高い」というが
代表的なネオニコ系農薬・イミダクロプリドの安全性について、メーカー(日本バイエルアグロケム)の担当者は「人畜、魚介および環境に対して安全性の高い薬剤である」と書いている。(原体は劇毒だが)原体を十分に希釈して使うのが普通であること、単位面積当たりの投下量が少なくて済むことなどがその理由だ。
この主張が本当かどうか検証してみよう。
まず毒性は相当なものである。表1の「ミツバチへの毒性」欄を見てほしい。「半数致死量」とは実験動物の半数が死んでしまう量のことで、この数値が小さければ小さいほど毒性が強いことを示している(注4)。これによれば、ネオニコ系殺虫剤は100万分の1グラム(マイクログラム=μg)という微量でミツバチを殺す毒性をもち、中でもイミダクロプリドとクロチアニジン、チアメトキサムの三つが強力だ。
ネオニコ系殺虫剤には他に「亜致死性」の毒性もある。即死はさせないが、ミツバチの神経系に打撃を与え、帰巣などの行動ができないようにして、群れを崩壊させてしまう。だから、急性毒性が小さいからといって必ずしも安全性が高いとはいえない(注5)。
哺乳類への影響は、「雄ラットへの毒性」でみることができる。ラットは1000分の1グラム(ミリグラム=mg)単位の量で死ぬ。とくにアセタミプリドやイミダクロプリドの毒性はフェニトロチオンより強い。
ヒトへの急性毒性をみると、アセタミプリド、イミダクロプリド、チアメトキサム、フィプロニルの四つが「劇物」に指定されている。ADI(これ以下なら生涯、毎日摂取しても健康に影響がないとみなされる量)も軒並み小さい。つまりそれだけ毒性が強いということだ。
ミツバチ、ラット、ヒトへの毒性が際立って強いのがフィプロニルだ。(続く)
注1 EUの行政機関である欧州委員会は1月31日、ネオニコ系の3農薬(クロチアニジン、イミダクロプリド、チアメトキサム)の認可条件を変更し、ミツバチを引きつける作物への使用は種子処理を含めて禁止することを提案した。7月から暫定的に2年間実施する内容になっている。
提案の根拠は、欧州食品安全機関(EFSA=EUのリスク評価機関)が1月16日に発表した報告書だ。
報告書は欧州委の諮問に答えたもので、ネオニコ系3農薬は主に「花粉と花蜜への残留」「農薬で処理された種子が機械でまかれるときなどに発生する粉塵」「種子処理された作物からの出滴(しゅってき=ある種の植物で夜間に根から吸い上げた水分が朝方以降に滴(しずく)として滲み出てくる現象で、溢液、露滴などとも訳されている)」という三つのルートでミツバチに打撃を与えるとし、次のように結論づけている――。
▽ミツバチを引きつける作物(アブラナ、トウモロコシ、ヒマワリなど)への3農薬の使用は許容できない。▽粉塵を通じた曝露のリスクは、テンサイ(シュガービート)などの場合を除き排除できない。▽溢液を通じた曝露は(チアメトキサムのトウモロコシへの使用に関する評価が完了しただけだが)圃場実験で急性毒性が認められた。
欧州委の提案は3月15日の専門家による加盟国会議に諮られたが、賛成13か国(フランス、イタリアなど)、棄権5か国(イギリス、ドイツなど)、反対9か国(ハンガリー、ルーマニアなど)で、過半数の賛成を得られなかった。
最終的にどう決着するか不明だが、15日の結果に対して農薬メーカーなどは歓迎し、環境保護団体などは失望を表明している。
注2 フロニカミドという農薬を加えて8種類だとする研究者もいる。しかし、この農薬は化学構造こそニコチンに似ているものの、昆虫の脳に作用する仕方が異なるため、ネオニコ系に含めない研究者が多い。
注3 農薬では「農薬年度」が使われる。10年度とは9年10月から翌10年9月までを指す。
注4 ミツバチの半数致死量は「急性経皮試験」、つまりミツバチの皮膚に微量の殺虫剤を塗り、24時間以内にどれだけ死ぬかを観察して得られた数値だ。餌に殺虫剤を混ぜて食べさせ、死亡状況を調べる「急性経口毒性」は経皮毒性の約10倍あるとの試験結果がある。口から摂取した場合は、この数値の10分の1くらいで半数が死ぬわけだ。
注5 たとえばアセタミプリドは、ミツバチへの急性毒性が低く、ミツバチへの安全性を売り物にしているが、この農薬で群れが死滅した例もあるという。
〔表1〕ネオニコチノイド系農薬とフィプロニル
原体(成分)名 製造企業 ミツバチへの毒性 毒劇指定
(主な商品名) 国内出荷量 雄ラットへの毒性 ADI
アセタミプリド 日本曹達 7.07 劇物
(モスピラン) 51.4 217 0.071
イミダクロプリド バイエル 0.0179 劇物
(アドマイヤー) 69.2 440 0.057
クロチアニジン 住友化学 0.0218 なし
(ダントツ) 60.1 >5000 0.097
ジノテフラン 三井化学 0・0750 なし
(スタークル) 162.0 2804 0.22
チアクロプリド バイエル 14・6 劇物
(バリアード) 19.2 836 0.012
チアメトキサム シンジェンタ 0.0299 なし
(アクラタ) 37.7 1563 0.018
ニテンピラム 住友化学 0.138 なし
(ベストガード) 7.6 1680 0・53
フィプロニル BASF 0・004 劇物
(プリンス) 44.2 92 0.0002
フェニトロチオン 住友化学 ― なし
(スミチオン) 564.7 950 0.005
ニコチン ― ― 毒物
(―) ― 50 ―
注 ▽国内出荷量は2010年、トン
▽ミツバチへの毒性は急性経皮試験による半数致死量(一匹当たりμg)
▽雄ラットへの毒性は急性経口試験による半数致死量(体重1kg当たりmg)
▽毒劇指定は毒物および劇物取締法による指定で、毒物は大人が誤飲した場合、
2g以下でも死亡し、劇物は2~20gで死亡する程度の毒性
▽ADIは食品安全委員会が設定した一日摂取許容量(mg=体重1kg・1日当たり)
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