ハシズムは公務員労働組合の殲滅と、日本のあらゆる労働運動潰しを狙っている  ― 大阪市の「職員の政治的行為の制限に関する条例」など三条例の驚くべき内容 ―

一.すべては2011年11月27日に始まった

2011年11月27日、あの大阪のダブル選挙の日の夜、その類い稀なる扇動力(

それは白を黒と信じ込ませる能力にほかならず、宗教的な扇動者か職業的な詐欺師の能

くする所である)で勝ち誇った橋下徹は群がる記者団を前に言い放った。「市役所の職

員は選挙結果を重く受け止めるように」、「市役所と真っ向から対立し、有権者が我々

の主張を選んだ」、「民意を無視する職員は大阪市役所から去ってもらう」云々。

この、一見もっともに聞こえる言い分に対する根底的な批判は後の機会に譲ることに

して、ここで橋下は、大阪市の全公務員労働者に対して戦闘宣言を発したのである。し

かし、このことの意味を理解できた人間が当時どれだけいただろうか。そして、彼のこ

こで発した戦闘の陣形がこの後も一貫して貫かれているのである。

橋下は12月末に開かれた市議会で、職員組合からの挨拶がないことを「礼儀知らず

」となじった上で、「庁舎内での組合の政治活動は認めない。早ければ来年3月末まで

に庁舎内にある労働組合事務所について退去を求める」と発言した。

この発言を受けて、連合・自治労傘下の大阪市労働組合連合会(大阪市労連)の執行

委員長が市長橋下に(選挙活動を)謝罪をするという場面がマスコミに大きく報道され

た。一種の服属儀礼でもあるかのように報道されてしまった(そこが橋下のねらいであ

りマスコミはこれに加担した)この光景がすべてを物語っていた。

組合側の足元を見た橋下は、その後たたみかけるように攻撃をしかけてきた。その手

口は、マスコミ報道によりあらかじめ世論操作を行い、その後議会を駆使して組合を孤

立させるという手法である。石原都政下においても特に教育行政において、議会と一部

マスコミを通じて同様の攻撃は行われてきた。しかし、ここまで露骨に、ここまで徹底

的に行われた例はなかった。しかも、「民意」という殺し文句まで用意し、例の“ツイ

ッター”により不特定多数を絶えず“洗脳”しつつだ。

職員組合の事務所は市側との協定により庁舎内で使用されているのであり、何も不法

占拠しているわけではない、協定の解除のためにはしかるべき手続きが必要である。そ

の手続きをいっさい無視して、強権的に退去させたのだ。

橋下徹の辞書には「協議」とか「協定」とかいう語はいっさい載っていないのである

。同様に、「約束」とか「信義」とかいう語もない。我意を通すか(支配し、ひれ伏さ

せるか)、自分が屈服するかしかないのである。この特性は、最近の“新党結成”への

動きの中でも遺憾なく発揮されている。このような人間に決して国政はまかせられない

。国政の一半は外交であり、外交は、少なくとも日本国憲法のもとにおいては、「妥協

」と「信義」の世界である。そして、それが通用しなくなれば「戦争」しかないのであ

る。「戦争」を「政治」の延長とみるクラウゼヴッツの論理は、この日本国憲法のもと

においては通用しない、いや通用させてはならないのである。橋下を「次期総理」とも

てはやしているマスコミ関係者はこのことを銘記すべきである。

近い歴史に徴すれば、かのナチ党党首のアドルフ・ヒトラーにも「約束」「協定」「

信義」という言葉が皆無であったことは、あのミュンヘン協定破棄でも実証されている

。橋下との違いは、ヒトラーは徹底した世界観の持ち主であり、有能な同志を持ってい

たことである。橋下には、(不勉強のため)世界観もなければ、手足となって動く者は

いても、(性格が災いして)有能な同志はいない。せめてもの救いである。

閑話休題。市労連は組合事務所の退去要請は団結権の侵害であるとして大阪府労働委

員会に提訴した。一方、全労連系の大阪市労組連と大阪市労組は労働委員会への提訴に

加えて、大阪地裁にも提訴した。闘いは開始された。

二、次々とたたみかける攻撃

7月5日に大阪維新の会が華々しく発表した「維新八策改訂版」のひとつに「公務員

制度改革」が掲げられている。「総人件費の削減」と並んで「公務員の身分保障の廃止

」と

「公務員労働組合の選挙活動の総点検」があげられている。

「身分保障の廃止」とは随時に解雇できる態勢づくりであり、「総人件費の削減」と

は職員給与の大幅削減である。その前提となるのが労働組合の解体ないし無力化である

5月大阪市議会の最終日の25日に「教育基本条例」とともに「職員基本条例」が維

新の会・公明党などの賛成多数で成立した。大阪市の「職員基本条例」は大阪府のそれ

をしのぐ強烈なものである。例をあげるならば、

① 懲戒処分の恣意的・主観的な運用が行われる。「悪質」とか「内外に及ぼす影響」

とかどうにでも解釈できる文言で懲戒の内容を無限に重くすることが可能となる。つま

り橋下個人の思惑ひとつでどのような職員に対しても恣意的に懲戒を加えることが可能

な内容である。7月には橋下の「逆鱗」に触れた地下鉄運転士の喫煙行為が、何と1年

の停職処分となっている。

② 人事評価が2年連続最下位評価のほか、職務命令違反などの理由によって分限免職

に追い込むことが可能である。職場の統廃合の際の人員整理にも適用できることは府と

同様である。

③ 人事監察委員の市長による解職規定を入れ、市長の意に沿わない決定のできない完

全なロボットにした。

「職員基本条例」は職員大規模リストラのための条例である。当然、労働組合の抵抗

が予想される。組合を解体ないし無力化するために、橋下は「公務員の政治活動」攻撃

の大キャンペーンを張った。

労働者が自分たちの利益を代表者を議会に送るように運動をすることは、古くはイギ

リスのチャーティスト運動に見られるように、当然の権利であり、日本国憲法にも保障

されている。「公務員」であることを理由にそれに制限を加えることそれ自体が憲法違

反であり、不当なことである。残念ながら、日本においては公務員法には、制限を加え

ることのできる明文規定が存在している。しかしながら、戦後の長い歴史的経過の中で

、憲法の規定にできる限り反しないように解釈・運用されてきた(或いはさせてきた)

経緯がある。

橋下はこの経緯をすべてチャラにしようとしている。それだけではない。公務員のす

べての言動を「政治的」を理由に封殺しようとしているのである。それは次のような「

論理」である。「民意」を代表するのは選挙によって選ばれた「市長」である。個々の

公務員は直接に「民意」を受けることはない、いや受けてはならない、すべて(一挙手

一投足)「市長」の命令に従わなければならない。なぜなら「民意」を代表するのはひ

とり「市長」であるからだ‥‥。従って、すべて公務員は市長の手足であり、従って、

公務員には言論表現の自由はない、と。これはどこかで聞いた言葉を連想させる。そう

、かのナチ党のスローガン「一つの民族(民意)、一つの国家(大阪市)、一人の総統

(橋下)」と論理において同一なのだ。

2011年12月8日に「民意、選挙、公選首長と公務員―行政と政治についての基

本認識の徹底について」なる文書が局長名で出された。上述したような「論理」で、市

職員の市政に関する発言を、すべて封殺しようとした最初の試みである。

2012年2月9日には、職員の政治的行為を調査するという名目で市長のサイン入

りの「労使関係に関するアンケート調査」を業務命令として全職員を対象に行おうとし

たが、各方面からの反対・批判を浴び、「不当労働行為のおそれがある」との府労働委

員会勧告を受けた。橋下は、責任と後始末を作成責任者に押し付けてアンケートを回収

・凍結させた。そして、3月には、維新の会議員が議会で「告発」した、交通局組合が

作成したとされる市長選挙関連の「リスト」が実は捏造であったことが発覚した。

このようになりふり構わぬ「政治的行為」キャンペーンが頓挫した後に、起死回生の

手段として橋下が持ち出したのが、“公務員の政治的行為を国家公務員並に刑事罰を加

える

条例”である。すぐさま、政府の「政治活動に罰則は違法」との見解が出される。そし

て、何と「政治的行為は原則懲戒免職」との規定を含んだ「大阪市の職員の政治的行為

の制限に関する条例」(以下「大阪政治条例」と略)案を7月の市議会に維新の会から

提案させたのである。これには、普段何かと橋下・維新の会を持ち上げる報道を繰り返

してきたあの「朝日新聞」

ですら、社説で批判を加えざるを得なくなったのである。

三、「政治的行為の制限に関する条例」の内容と批判

大阪政治条例は、「原則免職」とした懲戒処分の条項を「戒告、減給、停職又は免職

」と修正することで公明党との妥協が成立し、市議会最終日の7月27日に維新、公明

、自民の賛成多数で可決成立した。また、同日「給与制度改革」に関する条例、「労使

関係に関する条例」も可決成立した。組合側はこれらを「三条例」と呼び、労働組合の

活動を条例で規制することの不当性を厳しく批判し、抗議声明を発している。

併せて7月市議会では、5月議会からの継続審議であった「大阪市立学校活性化条例

」(これもとんでもない条例だが)も成立している(自民党はこれに反対した)。

大阪政治条例は、地方公務員法(地公法と略)36条1項2項で定める「政治的行為

の制限」の内容に大阪市独自のものを加え、さらに懲戒規定を加えたもので、全部で5

条からなる短い条例である。

地公法で定める「政治的行為」は、①政党その他の政治的団体の結成関与、又は団体

役員兼務の禁止②特定の「政治的目的」を持った行動の禁止として、1.選挙投票の勧誘

活動2.署名運動3.寄付金・金品の募集4.庁舎内の施設利用5.条例で定める政治的行為、

を列挙している。大阪政治条例では、5の「条例で定める政治的行為」として、10項

目をあげ「政党機関紙の発行配布」「文書・図書の発行・回覧・配布」「示威行動の企

画」「演劇の演出」等も「政治的行為」にあたるとしている。「朝日新聞」が社説で批

判しているのはこの箇所である。もしこの条例の通り実施されたならば明らかな憲法違

反のオンパレードである。

大阪政治条例で付け加えられた10項目の行為には典拠がある。1949年に制定さ

れた「人事院規則14-7」6項の「政治的行為の定義」とほぼ同様の内容である。

また、同規則5項には「政治的目的の定義」として、解釈を巡って問題となった「5

政治の方向に影響を与える意図で特定の政策を主張し又はこれに反対すること」の条

項がある。解釈の仕方によってはどのようにもとれる大変に危険な条項である。

「人事院規則14-7」は、当時労働運動の中軸を担っていた官公労を弾圧するため

に国家公務員法を承けて制定されたものであり、規則そのものが憲法違反であって、不

当なものである。しかし、当時の労働運動には解釈のレベルでそれを跳ね返す力があっ

た。規則制定後に出された「政治的行為の運用方針について(通達)」によれば、問題

となった5項5号の解釈については、「政治の方向に影響を与える意図」とは「日本国

憲法に定められた民主主義政治の根本原則を変更しようとする意思をいう」との見解が

示され、「特定の政策」の主張も同様の意図がない限りここで言う「政治的意図」には

該当しないという解釈が示された。

大阪政治条例の議会提案にあたっては、市当局は事前に組合側にいっさいの情報提供

や意見交換を行わなかった。わずかに独立系の労働組合に対して、ここに述べてきた解

釈を口頭で示したのみである。

大阪市労連は8月3日に自治労大都市共闘の対総務省交渉において、「公務員の政治

的行為の制限は憲法の保障した基本的人権に関わる問題であり、地方公務員法に定める

公正の原則等、関係する法令に従って適切に運用すべき」との見解を総務省側から得て

いる。

しかし、大阪では事態はもっと深刻である。橋下は、この条例を活用して市職員の市

政に対する意見表明を「政治的行為」としてことごとく封殺することをねらっているか

らである。現に、環境事業局の組合のビラ配布や、放課後の子どもの家存続を求めた教

員のテレビインタビュー出演に対して、「処分だ」といきまいている。

橋下自身は条例自体の法的効果についてはおそらく懐疑的であろう。そうでないとし

たら彼は法について余りにも無知である。しかし、その威嚇効果については十二分に認

識しているに違いない。しかも、彼は脱法行為など歯牙にもかけていない。

労働組合の存続をかけた闘いに直面大阪の公務員労働者に対する全国からの物心両面

にわたる支援が必須である。

四.暗転する労使交渉と三条例

2012年の給与交渉に先立ち、市当局は大阪市バス運転手の年収4割削減方針を2

月にマスコミ発表し、交通局職員を狙い撃ちにした。組合側は先制攻撃に対応するのが

精一杯であった。加えて喫煙問題キャンペーンである。喫煙の発覚が内部告発(密告)

によって行われていることに暗澹たる思いにさせられる。

5月23日、市当局は突然、市労連に対して「給与制度改革」と「新しい労使間のル

ール」について提案してきた。しかも、条例化を日程に入れた期限を限ったものである

。労使協議というよりむしろ一方的通告である。

地方公務員の給与改定交渉は例えば東京都の場合、人事委員会勧告を受けて、労使関

係にかかわる制度改定とともに、例年9月から10月にかけてに行われ、その妥結の結

果をもとに12月の議会で条例案として審議され、成立・施行の運びとなる。近年、妥

結内容が不当なうえに、条例案までが議会の反対で否決されるという事態も生じてはき

たが、労使交渉→妥結→条例化という流れはルールとして定着している。他の自治体で

も同様である。

しかし橋下市政は、この労使交渉→妥結という過程を飛び越えて、いきなり条例化と

いう暴挙に出たのである。議会提案は既定の事実となっており、「時間がない」という

ことを理由に殆ど協議らしい協議は行われず、提案というよりは一方的な通告である。

「独裁者」橋下の本領はここでもいかんなく発揮されている。

市労連は事態を重視し、闘争本部を設置して闘いに取り組んだが、如何せん多勢に無

勢、相手は橋下市当局ばかりでなく、議会であり、それに無定形な「民意」である。こ

れは、ファシズム下の労働運動の原初的な形態であると言っても過言ではない。

2回の対市交渉が形式的に行われただけで妥結を見ることなく、7月議会を迎えた。

会期末に、「給与制度改革」に関する条例、「労使関係に関する条例」、大阪政治条

例の三条例が可決成立した。

「給与制度改革」は、これまでに積み上げられてきた労使協議、合意に基づく条例・

制度改定を反故にする内容のものであり、最高号給付近のカットと級間の給与月額の「

重なり」の縮減などを含む、全体としての給与水準の引き下げ、住宅手当の削減など、

一連の公務員バッシングに乗じたものである。

「労使関係に関する条例」は、そもそも条例化そのものが不当労働行為である。内容

も、管理運営事項についての意見交換の禁止、組合無給職免の禁止、会議室使用その他

一切の便宜供与の禁止、職員団体の収支報告書の提出要求、等々。不当労働行為にあた

らない内容を探すのが困難である。加えて、この条例に違反した者の処罰(これは当局

側の職員に対する牽制である)、労使交渉のマスコミ公開も規定している。労使交渉さ

えも“橋下劇場”の舞台にして、そこで勝ち誇った姿をテレビ報道させようというのだ

。何という傲慢!

私達は、「維新八策」で明らかなように、橋下維新の会が全公務員労働組合の殲滅と

日本の労働運動総体の潰滅を具体的な日程に上らせていることを確認しなければならな

い。そして、事態の正確な認識と、長らく失われてきた統一して闘う労働組合陣形の再

構築が目指されなければならない。

加えて、広い視野に立った統一戦線の形成が急務である。

追記

8月28日には、大阪市職員に対する入れ墨調査をプライバシーの侵害にあたるとし

て拒否した6名の職員が、「職務命令違反」として戒告処分された。すでに「裁判で闘

う」との意思表示がなされている。また、この春の卒業式・入学式で「君が代」斉唱時

の不起立を理由に戒告処分を受けた教職員のうち8名が人事委員会審理の闘いに立ち上

がった。

これらの闘いに注目し、全国から支援しよう。                (了、文中敬称略)

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion1017:1201002〕