バブルの前兆とデフレの気配が同居する米国経済

月例世界経済管見 6

◆「操作された回復」との指摘も
そもそも米国住宅市場の回復は「操作された回復」にすぎないとの指摘もある。住宅バブルが07年に崩壊して以来、不良債権となったローン滞納物件と住宅ローン担保証券(MBS)の処理が大きな課題となり、政府とFRBはさまざまな手を打ってきた。いま実施しているのは、金融機関が債務者から没収した滞納物件を買い取る基金を金融界に設立させ、物件を賃貸化したり、塩漬けにしたりしている。
こうして住宅価格の下落を止めておけば、MBSは破綻せず、MBSを大量に抱えた金融機関が危機に陥ることも避けられる。しかも、腐った紙切れにすぎなくなったMBSを、FRBが量的緩和第3弾(QE3)の一環としてぼぼ全量買い取っている。これなら金融機関は担保物件を競売にかけて現金化する必要はなく、したがって住宅相場は下がらない。
FRB内部では量的緩和の長期化にともなうマイナスへの懸念が広がり、量的緩和を縮小ないし停止すべきだとの主張が出ているが、かりに縮小・停止されれば(民間には購入意欲がないので)MRBが売れ残り、値段が下がって利回りが急騰する。07年のサブプライムローン危機は、MRBの売れ行きが急に悪化したことがきっかけで起きた。FRBが量的緩和の手をゆるめたとたん、大規模な金融危機が再発しかねないのだ(田中宇「金融大崩壊がおきる」=田中のサイト5月20日)。
これがバーナンキFRB議長らがQE3の早期縮小に消極的な理由の一つと考えられる。

◆雇用の回復も不十分
米国経済回復の第2の根拠は雇用統計の改善だ。4月の非農業部門の雇用者は前月比16万5000人増となり、市場の予想を上回った。3月の改定値も13万8000人増(速報では8万8000人増)に上方修正された。失業率も7.5%と前月から0.1ポイント低下し、08年12月の7.3%に次ぐ低水準になった。
しかし、FRBがめざす失業率6.5%を達成するには、月に20万人規模の雇用者増加が長期間続く必要があるが、4月の数値はそれに届いていない。
また、総人口に占める就労者の割合をみると、07年初めには63.3%だったのが、10年初めに58.5%まで下がり、その後ずっと横ばいが続いている。失業率が下がったのは、就労者が増えたからではなく、職探しをあきらめ「失業者」と定義されなくなった人が増えたためなのだ。
米国では09年以来、地方政府の財政難が原因で公立学校の教師など74万人もの公務員が削減された。今後は連邦政府の歳出一律削減の影響で公務員の解雇がさらに進められる。

◆デフレが現実の脅威に
雇用の質も劣化している。米国では07年以来、フルタイムの職が580万人減った半面、パートタイムの職が280万人増えた。企業がフルタイムの従業員を解雇し、給料がより安いパートを雇ったわけで、労働人口に占めるパートの割合は16.9%から19.2%に上がった。
この結果、民間部門の時間当たり賃金(非農業部門)の前年比をみると、景気が09年6月を底に緩やかな回復に転じてからも伸び率が鈍化し続け、今年2月も2%程度にとどまっている。
だから、物価の影響を除いた個人の可処分所得は伸び悩み、消費が拡大しない。景気は本格的な回復軌道に乗らず、物価も上昇しない。「コア個人消費支出価格指数」(食料品とエネルギー関連物資を除いた「消費者物価指数」の前年同月比に相当する)は昨年春以来2%未満を続け、今年3月には1.1%に下がってしまった。デフレが現実の脅威として浮上しているのだ。

◆FRB議長もバブルを警戒
そうした中で株価や一部の不動産が急騰している。なかでも専門家たちが注目しているのが、ジャンク債(投機的格付けの企業が発行する高利回り債)の価格急騰(利回りの低下)だ。ジャンク債はリスクが大きい分、利回りも高いのが普通で、08年秋の金融危機後には20%を超していた。ところが、金融緩和で買い手が増え、平均利回りは5月に入って5%を下回るまでに下がった。史上初めてのことだ。
こうした実態を踏まえ、住宅バブルの崩壊を予言したことで知られるルービニ・ニューヨーク大学教授は4月末に「リスク資産の多くがバブル水準に達したとするのは時期尚早だが、金融緩和政策が続けば、2年のうちに信用・資産・債権バブルが起こる可能性が高い」とサイトに寄稿している。
これらリスク資産の高騰はFRBが半ば仕かけたものであり、バーナンキ議長はこれまで米国の資産市場がバブルではないかとの指摘を退けてきた。しかし、さすがに現実を認めざるを得なくなったのだろうか。5月10日の講演では「『利回り追求』その他の過剰なリスクテークをとりわけ綿密に監視していく」と述べた。
景気が本格回復しないまま、バブルの兆しが強くなっている米国経済の現状は、黒田東彦・日銀総裁のもとでFRBを上回る規模の金融緩和に乗り出した日本の近未来を暗示しているように思う。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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