すでに先週のことになるが、 東京でさえ、伊勢志摩サミットのため警備が厳しかった5月26日、私は、シンポジウム「電波はだれのものか」に参加した。主催は、雑誌『季論21』、会場は、後楽園ドームの斜め向かいの文京シビックセンター26階、横長のホールだった。開場前から行列もできて、連れ合いの知人や地元佐倉市の方も数人お見かけした。私からお誘いした方々の中で、連絡なしに参加されている方もいらした。
シンポの表題にある「停波」とは、昨年11月10日高市総務相が放送法に違反した放送事業者に、総務大臣が業務停止命令や無線局の運用停止命令を行うことができるとの規定を根拠に「番組準則は法規範性を有する」と表明したことを指す。その直後、ある視聴者団体が、報道番組の特定のキャスターを名指して「違法な報道を見逃さない」とした意見広告を何度か新聞にだしたこと、NHKの国策報道強化などを受けて、名指しされた岸井さんはじめ、青木さん、田原総一朗、金平茂紀、大谷昭宏、鳥越俊太郎、田勢康弘さんたち7人が、今年2月29日、メディアへの政治的介入に抗議声明を出したことは記憶に新しい。その7人のうちのお二人が、この日のパネリストとして登場したわけである。青木さんは「気に食わないものは封じる」安倍政権の一貫した政策を分析、批判する。岸井さんは、まさに「権力は暴走する」真只中での闘いを振り返った。
視聴者コミュニティの醍醐共同代表からは、他のパネリストがジャーナリストなので、視聴者の立場からの問題提起をということで、報道の今日的状況として、安倍政権への支持率が上昇している現実を直視した上で、その支持を支えているのが第三者を標榜する「有識者」集団であり、政権浮揚を図る作為、失政を伝えない不作為による国策報道と調査報道の貧困が問題であると指摘、さらに報道を劣化させるものは政治介入と政治圧力による報道自体の自己検閲であると。
『琉球新報』の新垣さんは、最近東京支社勤務となった由、今回のアメリカ軍属による女性強姦殺人事件に触れて、米兵と米軍関係者による性犯罪の統計からみても、基地や海兵隊の存在自体がその温床になっていることを強調、あってはならないヘイトを、沖縄への差別を、政官民一体となってまかり通してしまう現状を語った。永田さんは、NHKのOBだけあって、やはりNHKの現場への信頼は根強く、現実の視聴者の目線がなかなか理解しにくいようだった。
パネリストたちがバラエティに富んでいて、個性もあってなかなかおもしろかったのではないか。感想というか、私にはどうしてもと思う質問があったのだが、迷いつつ手を挙げそびれてしまった。新垣さんには、いま『琉球新報』『沖縄タイムス』は、全国紙と違って、権力のチェック、監視という役目を果たしていることに敬意を表するとともに、『琉球新報百年史』や『アメリカ占領時代沖縄言論統制史』(門奈直樹著)などを読んでいると、経営陣と報道の現場、記者たちとが対峙する場面が何度かあったようだ。現在はどうなのか、という質問だったのだ。また、永田さんには、視聴者からの激励の電話が10本も入れば、現場にとっては大きな励みになるというが、視聴者としては、現場の職員や経営者たちと直接、意見交換ができるシステムを構築してほしい、視聴者センターやメールでの意見や苦情はあくまでも一方通行で、週間・月間・年間でまとめられる「視聴者対応報告」は、そのまとめ方が非常に恣意的であって、視聴者の意向が反映されずにいることが続いていて、まったく改善されていない実態をご存じだろうかと。受信料で成り立つ公共放送なのだから、「視聴率」や「政府の声」を聴くのではなく、「視聴者の声」を真摯に受け止めるべく、先輩としても働きかけてほしいと。質問にも勇気が必要なことを知り、心残りではあった。
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『季論21』フォーラム・電波はだれのものか
~「停波」発言と報道・メディア、言論・表現の自由を考える~
2016年5月26日(木) 午後2時15分~
東京・文京シビックセンター スカイホール(26F)
パネリスト:
青木 理(ジャーナリスト)
新垣 毅(「琉球新報」報道部長)
永田浩三(メディア社会学、元NHKプロデューサー)
岸井成格(毎日新聞特別編集委員)
醍醐 聰(「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」共同代表)
司会:新船海三郎(文芸評論家)
初出:「内野光子のブログ」2016.06.01より許可を得て転載
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/06/post-b4b5.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion6123:160601〕