フランスでは、大規模な年金改革反対デモが続いている~日本人は勤勉なのか

 3月28日、フランスでは、年金改革反対の大規模な反対デモが繰り広げられた。日本での報道は、ネットや新聞で見る限り、かなり控えめ?であった。フランスでのデモは、今年の1月以来、年金の受給開始年齢を62歳から64歳に引き上げる法案をめぐっての10回目のデモだった。これまでの経過は、下記の当ブログでも触れている。11回目のデモも4月6日に予定されている。

どうする高齢者!立ち上がるのは誰か(2023年2月13日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2023/02/post-5d21d1.html

どうする高齢者!どうすればいいのか~ルーブルや大英博物館職員がストできるのは(2023年2月18日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2023/02/post-3ba626.html

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3月28日、年金制度改革への反対を唱えながらパリ市内をデモ行進する人たち。(『東京新聞』4月4日)

 年金改革法案は、3月20日、僅差で、すでに成立しているのだが、3月23日の9回目のデモは、フランス内務省の発表でさえ、1月に始まって以来、過去最多となる109万人が参加し、3月28日の10回目の抗議運動にも93万人が参加したと報じている。(谷悠己「フランスで年金改革反対デモが激化 「62歳定年」を死守したい国民…実は欧州随一の高い生産性」『東京新聞』 2023年4月4日)法律が成立した後も、抗議運動の勢いが衰えないのが頼もしい。

 それでは、なぜ、多くの市民が、これほどまでに持続して、抗議を続けるのか。
 フランス在住のジャーナリスト安部雅延は、マクロン政権が安全保障や社会保障で緊急性、重大性が認められる場合、議会審議の投票を省略して法案を可決させられるとする、憲法49条3項を適用し、国会の審議がないまま、一方的に法案を可決成立させたことをまずあげる。二つ目の理由として、反対派を見下す態度を国のトップ、マクロンが取ったことが、国民の怒りに火をつけた、と分析する。さらに、年金改革案に反対を表明しながらも、デモには参加しない市民の声として、「16歳から働いている人や肉体的に重労働の人たちへの配慮が足らない」「いかにも超エリート家庭で育ち金融機関で高給を取っていたマクロン氏の庶民感覚のなさが露呈した」とも伝える。(「パリがゴミだらけ、仏年金改革「反対スト」深刻背景受給年齢の引き上げに怒りを爆発させる理由」東洋経済オンライン 2023年4月1日)

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AFPBB-newsより

 そういえば、もう四半世紀ほど前になるが、退職して通っていた大学の社会学のゼミで、ピエール・ブルデューの報告があったとき、「ハビトゥス」とか「ディスタンクシオン」とかの言葉が行き交っていた。人間は、気づかないうちに、生まれた時から、自らが属する社会的階層によって教養や学歴、社会的地位などが決定づけられるという理論がなぜもてはやされるのだろうと、戸惑っていたことを思い出す。いまの日本では「親ガチャ」なるイヤな言葉を聞くのだが。

 続くフランスのデモについて、日本では暴徒化する抗議デモと報じられることが多いが、先の安部雅延は、「デモ隊に紛れ込んで警官や憲兵隊に暴力を振るい、公道に面した店の商品の略奪やバス停の破壊行為を行う、通称<ブラックブロック>と呼ばれる暴力グループに警察は頭を悩ませている」という。(同上。 東洋経済オンライン 2023年4月1日)

 また、欧州連合(EU)の統計では年金受給はドイツやイタリアが67歳で始まる一方、フランスの62歳は最も低い。そのため年金財政は苦しく、2020年の支出は国内総生産(GDP)比15.9%と、加盟国で3番目に高い。その一方で、フランスの専門家は、「フランスの生産性は欧州随一だ」とし、週35時間の制約がある中で業務量は変わらないため、従業員が同じ時間内でこなすべき業務量は逆に増えた、という。(前掲『東京新聞』2023年4月4日)決して働きたがらないわけではないと。

 なお、マーサーの「グローバル年金指数ランキング」によると、「十分性」「持続性」「健全性」の三つの指標での評価で、フランスは43か国の中で22位、ちなみに日本は35位である。

マーサーの「グローバル年金指数ランキング」(2022年度)(2022年10月12日)
https://www.mercer.co.jp/newsroom/global-pension-index.html

かなり劣悪な年金制度の日本では、65歳になっても、70歳になっても、働け、働け、と言わんばかりの風潮である。働かないにしても、年金や医療、介護の不安から、せめて健康寿命だけは延ばしたいと、高齢者は、歩け、歩けと街中を歩いている光景は見かけるが、年金制度の不安解消や改革に向けての抗議デモというのを、最近聞いたことがない。国家公務員に限っても、諸外国の近年のストライキの事例が、人事院の資料からも見て取れる。Img649
諸外国の国家公務員制度の概要(人事院)より。クリックして拡大してみてください。

  もう20年も前のことになるが、初めてのパリで、ロダン美術館の帰りだったか、官庁街を通り抜けたのが、午後4時半ごろだった。ちょうど退勤の人たちの群れに出会ったのである。誰もが、さまざまなファッショナブルな着こなしで、実にいきいきとした表情で家路へと急いでいるのが印象的であった。日本の官庁街ではあまり見かけない光景であった。

<参考資料>

主要各国の年金制度の概要<日本年金機構)
https://www.nenkin.go.jp/service/shaho-kyotei/kunibetsu/20131220-01.html

主要国の年金制度の国際比較
https://www.mhlw.go.jp/content/12500000/000941410.pdf

諸外国の国家公務員制度の概要(人事院)
https://www.jinji.go.jp/kokusai/syogaikoku202202.pdf

初出:「内野光子のブログ」2023.4.7より許可を得て転載
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2023/04/post-ca808f.html

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion12949:230407〕