ペルシャ湾に波高し-戦争は避けられないか -核疑惑めぐりイランと米欧のチキンレース-

著者: 伊藤力司 いとうりきじ : ジャーナリスト
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新年早々「世界の石油庫」ペルシャ湾の波が高い。イランの核開発計画は核兵器に通じるとしてウラン濃縮の停止を迫る米欧は、イランの原油輸出ストップという制裁エスカレートに踏み切った。対抗するイランが湾岸産原油輸送の大動脈であるホルムズ海峡を閉鎖すると脅した。同海峡に近いバーレーンに第5艦隊基地を置く米海軍は海峡の自由航行を保障するために実力行使も辞さない構えを見せている。長引いたイラク戦争、アフガン戦争で疲れた米欧側が本当に対イラン戦争に踏み切るとは常識では考えられないが、引くに引けないチキンレース。早くも世界市場で原油価格は高騰を続けている。

オバマ米大統領は昨年12月31日に、イラン原油の輸出入でイラン中央銀行と取引する米国以外の金融機関を米国の金融システムから排除するという条項を含んだ国防権限法案に署名した。日本や中国、欧州各国にイラン産原油からの撤退を迫り、イランの外貨収入源に打撃を与えることを狙った制裁措置である。ただし、制裁の発動で輸入国が原油不足に陥ったり、原油価格が異常に高騰する恐れもある。このため米大統領が「米国の安全保障上不可欠」と判断すれば制裁を最大4カ月停止できるという運用上の余地も残した。またイランとの原油取引に絡む決済を大きく減らした金融機関は、制裁を免除される。

輸入原油の1割をイランに頼っている日本にとって、イラン産原油の輸入を全面ストップすることは一大事だ。そこで「米国の安全保障上不可欠」と判断してもらって、全面禁輸の回避を米当局に懇願して聞き入れてもらえそうになったという。同様な事情にある韓国も、アメリカの特別配慮で全面禁輸は回避できそうだ。しかし日韓などの米国に従順な同盟国も、中長期的にはイラン産原油への依存度を減らさなければならなくなろう。イラン原油輸入国ナンバーワンの中国には、とても厳しい措置だ。ロイター通信によると、中国もとりあえず当面のイラン原油輸入を減らしたという。

さらに欧州共同体(EU)は1月4日、加盟27カ国がイラン産原油の輸入を停止することで原則合意した。このことを発表したジュペ仏外相によると、EUは1月30日に開くEU外相理事会でイラン原油の禁輸を最終決定する予定だという。原則合意ということは、ギリシャ、イタリア、スペインなど南欧諸国はイラン産原油への依存度が高く、全面禁輸には簡単に同調できない事情があることを示唆している。しかしこれら南欧諸国は、欧州通貨不安をもたらした“犯人”であり、EU内部での南欧の発言力は低下しているところだ。30日のEU外相理事会が全面禁輸を決めるかどうか、ペルシャ湾戦争を避けられるかどうかの正念場になるかもしれない。

こうした米欧側のイラン制裁の動きに対するイランの反応も激烈だ。イランのラヒミ第1副大統領は12月29日、イラン産原油を西側諸国が禁輸するというなら、イランはペルシャ湾のホルムズ海峡を封鎖するという対抗措置を取る用意があると発言した。ホルムズ海峡はペルシャ湾からアラビア海に抜ける海路の最も狭い海峡で、サウジアラビア、クウェート、アラブ首長国連邦など湾岸産出原油の75%超がこの海域を通って輸出されている。本当に同海峡が封鎖されたら、日本、韓国、中国、インドなどアジア諸国の経済が、1973年の第1次石油ショック以上の恐ろしいショックに見舞われる。

さらにイラン革命防衛隊の海軍は1月2日、ホルムズ海峡付近でミサイル試射演習を行った。イラン国営通信によると、試射したのは地対艦ミサイルで射程は200キロという。この演習は、原子力空母ジョン・C・ステニスを中軸とする米第5艦隊(母港はバーレーンのマナマ港)に対する牽制のためであることは疑いない。パネッタ米国防長官はすかさず、米国はホルムズ海峡を含むすべての海路の自由航行を守るために適切な行動を取ると宣言した。世界一の戦力を誇る米海軍とイスラム教シーア派の宗教的熱情を基盤とするイラン革命防衛隊との睨み合いは、一触即発の危険を蔵している。

こうしたペルシャ湾の緊張の原因は、言うまでもなくイランの核開発疑惑だ。イランは大アヤトラ・ホメイニ師の指導による1979年のイスラム革命を通じてイスラム共和国、言うなればイスラム教シーア派の「神権国家」となった。イラン・イスラム共和国を敵視する米欧に秘かに支援された隣国イラクのサダム・フセイン大統領が始めたイラク・イラン戦争(1980-90)は、事実上引き分けに終わった。戦後復興の一助として、ロシアの技術援助により1995年に始まったイランの核開発は、米欧側から核兵器開発プロジェクトと見なされた。

これより先、米欧が支持するイスラエルは既に核兵器を秘かに開発していた。エジプト・イスラエル和平条約(1979年)でエジプトが戦列から離脱したアラブ世界は、パレスチナに同情しつつも、パレスチナのためにイスラエルと戦う意欲を失った。そのような中東世界で、イスラム革命に成功したイランだけは公然とイスラエルを弾劾し続けた。西側では、核を持つイスラエルに対抗するためにイランも核兵器開発にのめり込むに違いないという思い込みが広がった。

核拡散防止条約(NPT)に加盟していないイスラエルと違って、イランはNPTに加盟している。つまり核兵器を持つことは禁じられているが、国際原子力機関(IAEA)の監視下で核の平和利用を認められているわけだ。イランは一貫して核開発計画はあくまで平和利用のためで、核兵器開発のためではないと主張している。しかし石油・天然ガスの大資源国であるイランは核エネルギーを利用する必要はないはずだと考える米欧側は、イランの核開発はしょせん核兵器開発を意図したものに違いないと、疑い続けている。

西側マスコミはこれまで、イランの核疑惑をさまざまな形で報じてきた。しかし、イランの進めている核開発プロジェクト-現段階ではウラン濃縮プロジェクトが、真に核兵器開発を目指したものだとの確証はない。IAEAはこれまでに、イランの核兵器開発容疑が濃厚だとの幾つかのレポートを発表しているが、そのデータは米英とイスラエルの諜報機関が集めたもので、そのままには受け取れない。ロシア、中国、イスラム世界を含む発展途上国の多くは、「イラン憎し」で凝り固まった米欧製のフィクションだと信じている。

その背景には、米欧政界に強力な影響力を持つユダヤ=イスラエル・ロビーの存在がある。ニューヨークのウォール街、ロンドンのシティー、フランクフルト金融市場、チューリッヒの「子鬼」など、現代金融資本主義の牙城で最も力を振るっているのはユダヤ系資本である。その資本をバックに、ユダヤ=イスラエル・ロビーは米欧のマスコミ界、法曹界、学界、芸術界等々で絶大な影響力を振るっている。日本でも無意識のうちにこのロビーの影響力に浸透され、「核兵器開発に狂奔している」イランはけしからんと思っている人が多いのではあるまいか。よく考えると、少なくともNPTに加盟しているイランのほうが、加盟していないイスラエルイランよりは「よりまし」なのだが。

ともあれ、米欧・イスラエル対イラン・イスラム共和国の対決はのっぴきならないところまできているのが、2012年初の風景である。しかし、これが一挙にペルシャ湾戦争に爆発するとは限らない。イランと米欧とも対立を大げさに誇示しているが、よく見ると話し合いの余地も残している。イランのサレヒ外相は昨年末、イラン核問題を安保理常任理事国の5カ国とドイツの6カ国の話し合いを再開する用意があることを明らかにした。米国の制裁法も「米国の安全保障上不可欠」と判断されれば制裁延期という抜け道がある。EUの禁輸も1月30日の外相理事会まで、事態がどう転がるかを見定めようとする配慮が働いている。

そう言えば、アラビア海で海賊に襲われて1カ月もの間人質にされていたイランの漁船員13人が、1月5日に米海軍に救出されたというニュースが報じられた。イラン当局が敵視する米第5艦隊の空母ジョン・C・ステニス機動艦隊に属する駆逐艦が、海賊に乗っ取られたイラン漁船を発見、駆逐艦乗組員が同漁船を制圧して海賊15人を拘留し、人質13人を救出したというニュースだ。助かったイラン人漁船員は米海軍に深く感謝したという。

いずれにせよペルシャ湾戦争が火を噴くことに、世界中の人々は「まっぴらごめん」である。だが古来東西の歴史をひもとくと、偶発や誤算がきっかけで戦争になった例は少なくない。願わくは2012年の幕開けが、ペルシャ湾の戦火で汚されないことを。

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〔opinion0747 :120109〕