フランスのエマニュエル・マクロン大統領が今、最大の課題として取り組んでいるのが労働法の解体だ。今までにも日刊べりタで折に触れ綴ってきたが、週35時間労働制や解雇に対する厳しい歯止めなどの労働規制がいよいよ本格的に削除されそうになっている。世界でも最も労働者の権利を手厚く守り、家族の暮らしを大切にしてきたと言われるフランスの労働法がついにほとんど消滅しかけているのだから、世界の労働者にとって注目されておかしくないだろう。
マクロン大統領が就任直後に真っ先に行ったことがCGTやCFDT、FOなどフランスを代表するいくつかの大手労組をそれぞれ個別にエリゼ宮に呼びつけ、労働法改正に向けて協議するから協力するように、と要請したことだった。これら労組はそれぞれ歴史が異なっており、官公庁に強いCGTのような労組もあれば、民間企業に強いCFDTなどの労組もある。マクロン大統領は労働法という一般的な法律よりも企業内の労使間協定で個別に労働時間や待遇、給与などを柔軟に決めることを重視している。だから労使間で決めた内容はたとえ労働法に即していなくても、効力を発することができるようにと改変する方向のようだ。そして、これまでなら、解雇する場合は労働者がよほどの個人的な問題を起こしていないとすれば、企業の経営が非常に苦しくなり、やむを得ず何人解雇しなくてはならなくなったというような証明を労働裁判所に対してしなくてはならなかった。そしてその場合でも手厚い補償が求められた。しかし、今後は裁判や調停も補償費用も簡易化、低額化する方向のようである。
こうした作業をマクロン大統領のもとで具体的に進めているのがエドワール・フィリップ首相であり、彼はもともと右派政党の共和党員だった政治家で、サルコジ政権の新自由主義的改革と根を同じくしているとみてよい。現在、フランスの内閣のもとで新労働法の条文が作成されつつあり、8月末に完成する予定だ。そして9月の末頃をめどに閣議決定する方針である。実はもう国会ではこの方向で進めることを可決しているのだ。というのもマクロン大統領が立ち上げた新党・共和国前進(REM)が国会下院の多数派を占めているからである。
こうしてフランスではこの40年来で最大の「改革」が行われようとしている。もしかすると、フランスの風物詩だったストライキとデモ自体もほとんど不可能になるかもしれないのだ。労働法の改正によって、労働者が契約の時に<どんな待遇や賃金の変化があっても決して文句を申しません>というような条文にサインさせられることになるかもしれないからだ。そうなればストライキに参加した段階で解雇されるかもしれないからである。こうしたわけで財界をスポンサーとするマスメディアは選挙前にマクロン新党を大々的にアピールして大勝させたと言っても過言ではない。
マクロン大統領はそもそも社会党のフランソワ・オランド大統領が保証人となって政界に引き入れたと言ってもよい政治家である。オランド大統領は2012年の大統領選挙で、「金融界がフランス人の最大の敵だ。これと闘う」と語っていたのとは180度裏腹に、蓋を開けてみると、金融界出身のマクロン氏を経済大臣に据えて金融界よりの政策を行ったのである。そのために有権者の怒りを買い、選挙では惨敗。現在、社会党はほとんど死滅に近い状態になっている。フランス社会党がこのようになることを後押ししたのはブリュッセルの欧州委員会と言っても過言ではない。欧州委員会こそ、欧州の新自由主義の牙城となっているのである。その象徴的事件こそ、欧州委員長だったジョゼ・マヌエル・バローゾ氏が退任後間もない去年7月、アメリカの大手金融機関ゴールドマン・サックスに雇用されたことだろう。このようにEU官僚や大物欧州委員らが大手のグローバル企業に天下りすることで、ロンドンのシティや日米金融機関などのロビイストがますます欧州連合を通して加盟国に圧力をかけやすくなっている。
フランスは財政赤字を3%以内に毎年おさめるためには競争力を高めろ、と常に財政赤字削減と緊縮財政を求められ、労働法の規制緩和を求められ続けてきた。そして今、欧州委員会はフランスの労働法制に最後のとどめの一突きにかかったところだ。これは構造的に見ればギリシアで労働者らが怒りをあらわにしたあの暴動が起きていた事態と根源は同じである。
そんな中、労働法改正がいよいよ具体化する9月には労働者のデモも行われる予定だ。現在、緊急事態宣言が延長される中で果たしてどのような事態となるか。9月12日にフランス最大の労組であるCGTがデモを行うと呼びかけているのだ。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion6851:170809〕