8月にシャン州にある北東司令本部が陥落したのに続き、この12月20日、ベンガル湾に面するラカイン州にある西部司令本部が陥落した。ラカイン州で国軍が支配するのは、州都シットウェイ周辺と中国が巨額の投資をして石油や天然ガスの基地とし、深海港や工業団地の建設予定地とするチャオピュー地域だけになった。反政府アラカン軍がチャオピューを攻めないのは、中国の利権への配慮であって、軍事的理由からではなかろう。国境を接する中国が介入して、ミャンマー民主民族同盟軍(MNDAA)とタアン民族解放軍(TNLA)の攻勢にストップをかけたシャン州とちがい、ラカイン州については中国は介入する口実も、アラカン軍(AA)の死命を制する物質的梃子を持ち合わせていないので、静観するしかないのであろう。しかし中国の「一帯一路」関連の最重要プロジェクトは、アラカン軍の支配地域に飲み込まれる趨勢にあるので、今後習近平政権としては知恵を絞ってアラカン軍(AA)の取り込みを図るであろう。
アン郡区の燃え上がる西部司令本部の建物。効果的なドローン攻撃に屈する。
西部司令本部のタウントゥン副司令官とキョーチョータン参謀長(右)が捕虜となった。/ AA Information De
西部本部の司令官らは屈辱的な姿をさらすことになった。地元ポータルサイトの「イラワジ」によれば、参謀総長であるキョーキョータン准将は、「ラカインの地理的な困難や戦闘で明らかになった現実を踏まえ、無能な指導者のために自らを犠牲にしないよう、仲間の指揮官や兵士たちに強く求める。アラカン軍に連絡し、直ちに降伏せよ。白旗を掲げ、武器を捨てよ」と呼びかけた。また准将は、ラカイン州での戦闘の後方支援の困難さとアラカン軍(AA)の戦闘能力を認め、ミンアウンフライン最高司令官にラカイン州の敗北を受け入れるよう要請した。
「ラカイン州での損失について、部隊の生命と幸福を考慮し、(敗北を)受け入れることを強く求める。民間人に対する空爆と暴力を中止してほしい。このような行為を続けることは、軍人の家族や国民を苦しめるだけである」と、述べたという。その発言内容から、国軍の側に戦争の大義がないことに将官クラスは気づいており、それが一般兵士らの戦意の喪失、厭戦気分につながっていることが分かる。いずれにせよ、司令部の面々は、もう原隊に復帰はできないであろう。彼らを待っているのは、残忍な報復的処刑以外には考えられないからである。
さて、国軍の捕虜には、軍人の家族も含まれている。東南アジアの軍隊の特徴であるが、軍事基地には軍人の家族も同居しており、部隊移動にも同伴するので、戦闘に巻き込まれる危険性が大きい。前線と後方の区別がないのは、ローテーション制にともなうロス――先進国の軍隊では、兵員は一定期間戦闘に従事した後、後方に移動して休暇休養を取るシステムをとるが、旧日本軍にもこのシステムはなかった――を避けることと、家族を人質にとって逃亡を防ぐ意味をもっている。
チン州同胞団に降伏した国軍将兵(上段)とその家族(下段)2024年12月15日 イラワジ
私事になるが、1998年10月、私が魚粕工場の立ち上げと資源調査のため長期滞在したグワが、現在決戦場になっている。ベンガル湾に面する鄙びた、電気も通わない漁村ではあるが、アジア太平洋戦争中には航空基地が造られ、連合軍の上陸作戦に備えたところである。グワはラカイン州の南端にあたり、州境を超えれば、戦火の今まで及ばなかったイラワジ管区となる。国軍はグワが落とされれば、アラカン軍の南下は必至とみて、グワと州境に兵力を集中しつつあるという。
灼熱の太陽のもと、時間が止まったような鄙びた漁村グワの海岸
現在は無風地帯とはいえ、2021年2・1クーデタの際は、イラワジ・デルタの要衝パテインでは大規模なデモが組織され、ピアポーンなどの港町ではゲリラ闘争が展開された過去をもつ。アラカン軍(AA)南下の圧力が加われば、それに呼応して国民統一政府(NUG)傘下の人民防衛隊(PDF)の動きが活発化するであろう。パテインは、かつて「アジアの米びつ」と呼ばれた米の一大集積地であり、アジア太平洋戦争の緒戦に日本軍が占領したため、インドへのサプライ・チェーンが断たれ、カルカッタなどの都市中心に何十万という餓死者を出したという因縁の都市である。
<カレン、チン、カチンの各州でも攻勢>
以下、いくつかの地元ポータルサイトの記事による。反政府武装勢力の攻勢は、カレン、チン、カチンの各州でも続いている。国民統一政府NUGは、8月の時点でも、国内350の町のうち、政権が支配しているのは100にも満たないと報告していた。
12月、チン同胞団は、ミンダット郡とカンペトレ郡の陥落以来、反体制勢力がチン州南部を解放したと主張している。チン同胞団は、少なくとも300人の軍事政権軍人と警官が大量の武器と弾薬とともに拘束されたと語った。同団体は、ラカイン州のアラカン軍AAが武器、弾薬、援軍、軍事助言でミンダット作戦を支援したと述べている。
既報ではあるが、タアン解放軍TNLAとマンダレー人民防衛軍PDFを含む連合軍は、ミャンマー第2の都市マンダレーを脅かしながら、マンダレー地域北部のルビーの産地モコックを含む約4つの町を制圧した。
明日は我が身か、シリアのアサド政権崩壊は他人ごとではない。 イラワジ
ミャンマー北部では、カチン独立軍KIA がカチン州、ザガイン北部、シャン州北部で重要な勝利を収めた。同軍によると、ミャンマー軍事政権の大隊指揮官がカチン州マンシから逃亡した。同軍はまた、軍事政権寄りの軍閥ザクン・ティン・インからカチン州特別区 1 のほぼ全域を奪取した。この地域は希土類(レアアース)鉱業の中心地であり、中国国境の戦略的に重要な場所である。カチン独立軍KIA は、文民の国民統一政府NUG傘下の 人民防衛軍PDF グループを含むいくつかの抵抗グループと協力して、カチン州で約 10 の町、ザガイン北部とシャン州北部で 6 つの町を制圧した。
ラカイン州での国軍大敗を挽回しようと、ミンアウンフラインは12月半ばに軍事関係の人事異動を行なった。マウンマウンエイ将軍を国防大臣に、チョースワルリン将軍を参謀総長に抜擢したが、戦闘実績でのし上がってきた人物は皆無であり、ミンアウンフライに忠実なだけが取り柄の人物たちでしかない。政権の寿命が尽きかけており、それだけに戦闘どころではなく、高級軍人は不正蓄財と海外への資産逃避に血眼になっているのである。タイにおけるミャンマーからの土地やコンドミニアムなどへの投資は、急激に伸びているという。
<中国のレアアース収奪>
以下は、中国によるレアアース収奪に関する「イラワジ」12/28の記事である。
―――ミャンマーが中国の希土類の倉庫へと変貌する過程は、急速かつ壊滅的だった。かつては手つかずの森林と豊かな生物多様性(N-かつては虎の生息地として有名)で知られていたカチン地方は、今や採掘場や加工施設が点在する月面のような風景となっている。中国企業は、地元の代理人や影のパートナーシップの複雑なネットワークを通じて、この地域で事業を 40 パーセント以上拡大した。これにより、ミャンマーは中国にとって重希土類の主要供給源となり、ジスプロシウム、イットリウム、テルビウムなどの重要元素の約40%を供給している。
2022年 レアアース採掘・加工場 カチン州 RFA
環境への被害は壊滅的だ。グローバル・ウィットネスの調査では、広範囲にわたる生態系の破壊、加工作業から出る有毒化学物質による水源や農地の汚染が明らかになった。地元住民は、皮膚病、呼吸器疾患、内臓損傷など深刻な健康被害を報告している。しかし、中国の鉱山事業はミャンマー軍事政権によって保護されており、同政権は存続のために中国の支援に依存しているため、こうした懸念は無視されている。
北京の戦略はタイミングが巧妙だ。世界が再生可能エネルギーや先進技術への移行を競うなか、いずれも希土類元素を必要とするが、中国はこうした重要な資源の門番としての地位を確立した。採掘と加工の両方をコントロールすることで(世界の希土類加工能力のほぼ90%を占める)、中国はほぼ侵入不可能な独占状態を築いた。この優位性は単なる市場支配にとどまらず、西側諸国の技術進歩の核心を狙った戦略的武器となっている。
国際社会によるミャンマーへのボイコットは軍事政権への圧力を意図したものだったが、この状況では見事に裏目に出た。西側諸国の企業が撤退を余儀なくされたため、中国企業は競争も監視もなしに活動し、国際貿易規制や環境基準を無視して罰せられずにいる。この空白により、北京は西側諸国に対して自由に武器として使用できる私有の希土類資源を確立することができた。
世界のサプライチェーンへの影響は大きい。世界各国が国内の半導体産業の発展とグリーンテクノロジーへの移行を推進する中、中国の備蓄は強力な経済的ボトルネックを生み出している。この戦略は、2010年の対日禁輸措置に代表される、中国が地政学的武器として希土類の輸出を以前から利用してきたことと似ており、より大規模な対立への備えを示唆している。
中国による希土類サプライチェーンの垂直統合は、独立した能力の開発を目指す国々にとってさらなる障壁を生み出している。技術的専門知識、処理インフラ、そして今や原材料管理の組み合わせにより、この独占を打破することはますます困難になっている。米国とEUは代替サプライチェーンの開発に向けた取り組みを開始したが、中国の確立された優位性と競争するには大きな障害に直面している。
状況は緊急の国際的介入を必要としている。ミャンマーに制裁を課しながら中国の資源強奪を無視するという現在のアプローチは、逆効果であることが証明されている。重要な鉱物の戦略的備蓄を防ぎ、透明で環境に配慮した採掘慣行を確保するための新しいメカニズムを開発する必要がある。これには、国籍を問わず、環境破壊や人権侵害に関与した企業に対する標的制裁が含まれる可能性がある。
国際社会と責任ある大国が断固たる行動を取らない限り、中国によるミャンマーのレアアース資源の略奪は続き、世界のサプライチェーンだけでなく技術開発の未来そのものを脅かす備蓄が蓄積されていくことになる。この問題に対する世界の沈黙は北京の戦略を大胆にするだけであり、将来のサプライチェーンの混乱は起こり得るだけでなく、避けられないものとなる。ミャンマーの資源が組織的に奪われるにつれ、この差し迫った危機を防ぐための時間は狭まり、国際社会が中国のレアアース独占に翻弄される恐れがある。
<あとがき>
上記のレアアース資源の中国による簒奪をみるとき、ウォ―ラーステインの近代世界システム論のシェーマがよくあてはまる印象を持つ。システムの中核たる中国―半周辺に位置する軍事政権―周辺(periphery)に位置する少数民族と反政府ビルマ族民主派勢力という三層構造で、中核から周辺へのベクトルは、搾取と収奪、支配と従属の意味を持ち、その反対のベクトルは周辺から中核へ、農村から都市への反撃と包囲の意味を持つ。同じことであるが、ミャンマー内戦の意義は、(社会)帝国主義的な干渉・介入を仕掛ける中核の中国を後ろ盾にする半周辺の軍事政権を、周辺に位置する少数民族と反政府ビルマ族民主派勢力が攻め上げ包囲し打倒するという新しい地政学=権力構図を生み出つつあることである。2010年代に大いに喧伝された「東南アジア最後のフロンティア」が意味した、先進国との連携による国民国家の建設と近代化の希望は、暗転して搾取・収奪と従属の失望へと様変わりしつつある。同じフロンティアという用語でも、明るい未来を約束された開拓地ではなく、ローザ・ルクセンブルグの唱えた、資本蓄積に不可欠の従属構造を負った労働力や自然資源のプールとしてのフロンティアに変わってしまった感がある。
おそらく中国の後押しで2025年に画策されている総選挙は、内戦の激化を惹起させるだけで流産する可能性が高い。総選挙の前には、抵抗勢力は一致して一大攻勢をかけ、軍事政権は点と線を確保するのがやっとという状態になるに違いない。こうした軍事情勢の進展に、反政府政治勢力の政治的な統一歩調がどこまで進むのか、大きな試練を迎えることになる。国民統一政府(NUG)に傑出した人物がいないだけに、だれがどういう旗振りをするのか、なかなか見えてこない。とにかく軍事情勢が煮詰まったある段階から、臨時政府構想のための諸勢力のリーダー会議が立ち上げられることになる。東南アジアの政治的な伝統からは、人の要素が極めて大きい。内戦の帰趨は、かつてのアウンサンスーチーまではいかないにせよ、諸勢力が認知する指導者が現れるのかどうかにかかっている、と言っても過言ではなかろう。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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