ミャンマー、コーカン自治区州都陥落―軍事政権衝撃の敗北

著者: 野上俊明 のがみとしあき : ちきゅう座会員
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 新年早々、NHKはじめ邦紙各社も伝えるミャンマー情勢の新展開。北部三同胞同盟軍のひとつミャンマー国民民主同盟軍(MNDAA)は1/4木曜日、同州北部のコーカン自治区の州都であるラウッカイを完全に掌握し、同地域における政権最大の軍事司令部であるラウッカイ地域作戦司令部は、無抵抗で反政府勢力に降伏し、膨大な武器弾薬の備蓄を押収された。第5師団の投降した兵士は合わせて2389人で、このうち、准将6人が含まれている由。また、兵士の家族1600人余りも投降したという―ミャンマーに特徴的な軍隊編制で、国軍部隊は家族ともども基地内で生活する。ラウッカイは華人資本で水膨れした魔都と形容するにふさわしく、ギャンブル・麻薬・(人身売買が絡む)売春に加え、近年は中国向けのオンライン詐欺の拠点であった。万単位の犯罪者が中国や近隣諸国から流入し、中国政府は何度もミャンマー政府に取り締まりを要求するも、ミャンマーの高級軍人は賄賂で買収されて実効ある対策を講じないため、中国政府は堪忍袋の緒を切らし、三同胞同盟の「1027作戦」の発動を容認したともいわれている。MNDAAは今後中国政府の意向に沿って犯罪者の取り締まりに注力するという。

ラウッカイ、シャン州北部の中国国境に近いコーカン自治区の首都 / Myanmar now
 国軍は、ラウッカイ失陥にともない、その防衛線をシャン州北東部から内陸部の中継貿易都市ラショーに移した。ただしそのラショーも包囲環が縮まりつつあるという。今後は中国との貿易拠点ムセの制圧に三同胞同盟が乗り出すのかどうかが、注目される。ムセを失えば、軍事政権は莫大な貿易利権を失う結果になり、財政的にもいよいよ追い込まれることになる。中国は軍事政権の一方的敗北は望んでいないであろうから、三同胞同盟への影響力をどのように行使するのか、中国の出方からも目が離せない。
 新年早々、シャン州北東部以外の戦線でも抵抗勢力は大きな戦果を挙げている。イラワジ1/5によれば、1/3、シャン州北部のノーンキオ郡区で、国民統一政府(NUG)傘下のマンダレーPDF軍とタアン解放軍(TNLA)が共同で、タンボ―村にある200人の軍隊が守る戦略的な軍政基地を急襲し、多くの政権軍を殺害、テアウン中佐を含む数人を捕らえたという。この軍事政権の基地は、マンダレー地域にあるピンウールウィンという国軍要衝の地にあり、ここからわずか25キロの距離に軍の国防サービスアカデミー(国防大学)がある。伝統的に国軍の高級将校を輩出してきた国防サービスアカデミーが、敵の手に落ちれば、軍事政権の面子は丸つぶれである。

1/3、ノーンキオ郡区のタンボー村にある戦略基地を占拠。TNLAとマンダレーPDFの戦闘員が押収した武器と捕虜となったテアウン国軍中佐(中央)。/ Mandalay PDF イラワジ

<ミャンマー軍の弱体化進行>
 抵抗勢力は、国軍の戦略的な拠点を次々に落としつつある。国軍側がなぜこれほどまでに弱体なのか、その理由の一端が分かってきている。戦闘の敗北で死傷者数が増大していること、新兵の徴募に失敗していること(兵隊のなり手がいないこと)、ますます脱走する兵士が増えていること等である。兵員不足を補うため、軍人ではない消防署員や工場スタッフなど公務員を強制的に動員していたり、戦闘指揮の経験のない将校を前線に配置していたりするためー上記のテアウン国軍中佐などー、歴戦の兵が多い少数民族部隊に歯が立たないという。さらにロシアと同様、兵員不足を補うため収監中の受刑者を釈放し、前線で兵役に就かせている。先月だけでも600人以上の服役囚が釈放され、動員されたという。いよいよ末期症状の様相を呈し始めている

2023年12月11日、シャン北部でミャンマー軍と衝突する中、前線付近でドローンを放つ準備をするマンダレー人民防衛軍のメンバー。最前線にも女性兵士の姿(AFP=時事)

<海外出稼ぎ労働者に不当な課税>
 アメリカ始め西側諸国の経済制裁、内戦激化による軍事支出増大や経済不振により国庫収入、特に外貨準備高は減少の一途をたどっているミャンマー軍事政権。そこで窮余の一策として考え出されたのが、およそ600万人はいるであろう海外の出稼ぎ労働者からの強制徴税である。昨年連邦税法は10月1日に施行されたので、それにさかのぼって徴収されるという。もし納税証明書がない場合は、パスポートの更新はできないので、3年間は海外で合法的に働くことはできなくなるという。
 タイでは推定500万人(正規就業は200万人)のミャンマー人労働者が、いわゆる3K労働―工場、作業場、農業・畜産業、建設業、サービス業―に従事しており、給与は毎月7,500バーツ(220米ドル)に固定されているという。軍事政権は対価なき徴税で、2%の税率で労働者1人あたり150バーツ(630円)、都合毎月7億5,000万バーツ(2,200万米ドル≒31億円)近くの収入を得ることになる。また約30万人のミャンマー人が働いているシンガポールからは、毎月約240万シンガポール・ドル(180万米ドル≒2.5億円)の税収が期待できる。その他マレーシアでは、15万人のミャンマー人が働いているので、1億円程度であろうか。
 日本ではどうであろうか。毎月20万円(1,385米ドル)以上の収入がある在日ミャンマー人は4,000円(30米ドル)を、それ以下の収入の人は3,000円(20米ドル)をミャンマー政府=大使館に支払わなければならない。しかし発表後、この制度に強い抵抗があったため、それぞれ3,000円と1,000円(5米ドル)に減額されたという。3万人として、1億円程度の税収は見込めるであろう。出稼ぎ労働者は、在住国ですでに所得税を払っており、本国で生活しておらず税の見返りはまったく期待できない状態での二重課税になる。

2023年12月17日、バンコクの国連事務所前で、ミャンマー人出稼ぎ労働者に対する2%の課税に抗議する  RFA
 しかもそれだけではない、いま唖然とするような仕組みを作ろうとしている。新税制では、年間14,200米ドル以上の所得がある海外在住者には25%の税金が課される。母国への送金は、政府による公定レートで政府の指定する銀行を通じて行わなければならないという。こんなバカげたことを国民は受け入れるはずもないが、こうしたことを平気で発案してくる軍人の頭の程度と身勝手さに、それだけで1日でも早く退場願わなければならないという気に誰でもなるだろう。軍事政権は、なまじ国内で経済開発や経済運営で苦労するより、若者を海外へできるだけ多く送り出して、その仕送りで経済をサステナブルにしようという魂胆であるらしい。
 在タイのミャンマー人労働者は、低賃金と過酷な労働環境のもとで働かされていることはときどきニュースになる。12月13日、バンコクのミャンマー大使館が、タイで働く出稼ぎ労働者の収入に対する税率を2%にすると発表したとき、ミャンマー人労働者はどう反応したか。
「私たちは、多くの移民労働者が労働権の侵害に苦しんでいるのを目撃してきましたが、ミャンマー政府から何の援助も受けられません。私たちは何の保護も受けないのに、税金を納めるつもりはありません」と、ある労働者はRFA(ラジオ・フリー・アジア)に語っている。
 こうした事態を前に、ミャンマー人を雇用する企業には、納税を通じて軍事政権へ加担していると非難されるのではないかと警戒感が広がっているという。今後ミャンマー情勢は、国内での攻防だけでなく、海外在住のミャンマー人労働者との攻防にもしばらく目が離せなくなるであろう。国内の武装闘争の資金の大半は海外からの支援によると言われてきただけに、海外の動向もカギを握っているのである。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
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