ミャンマー、中国の地政学的パワーの脅威

<3.28大震災後の状況>

6/8 都内にて。在日ミャンマー人の中国への抗議デモ  messenger

「中国はビルマから出ていけ」「ミャンマー国民の願いを踏みにじるな」との横断幕

 セメントなどの資材の決定的不足で復興もままならないなか、6月からは本格的な雨季に入っており、被災地の人道状況は悪化している。日本のように仮設住宅をお上が提供してくれるわけではないし、住居用の代替地すら用意してくれるわけでもない。かれきのなかで、せいぜい自前のビニールシートで雨風を凌ぐしかない。いや、多くの住民が避難している場所から、不法占拠だとして追い出される事例すらあった。モンスーンの豪雨は、「車軸を流すような大雨」という形容がぴったりで、バケツをひっくり返したような大量の雨が、豪風とともに襲いかかってくる。衛生状態が悪化し、食料や医薬品の不足が重なるので、抵抗力のない乳幼児や老人は、真っ先に被害を受ける。それでなくとも、地震の被害のいちばんひどかったザガイン地域は、現在の内戦において辺境地域をのぞく中央平原地帯でもっとも勇猛果敢に政府軍と戦い、多くの犠牲者を出しているところである。しかも軍は被災地であろうとおかまいなく、空爆を繰り返して民間人の死傷者を増やしている。

マンダレー、残骸の整理すら遅々として進んでいない。 イラワジ

ロシアと中国の供与する最先端兵器を使って、国際的な軍事支援ゼロの抵抗勢力を叩いているのである。スペイン内戦やベトナム戦争で、内実に問題があるにせよ、ファシストや帝国主義に抗する勢力に国際支援を行なった、ソ連や中国のかつての面影はもうどこにもない。まさに二十世紀社会主義は完膚なきまでに敗北し、理念は蒸発して、残骸が権威主義の抑圧体制へと結晶化した。いや、西ヨーロッパにおける最大の左翼、グラムシとトリアッティの党、イタリア共産党すらもが1989年に解党して社会民主主義の潮流に加わった。しかしこの勢力も新自由主義と右派勢力の抬頭の前に敗北し、2000年代には国内政治への影響力をまったく失ってしまった――レーニンがだめでもグラムシがあるさという避難所はとうに失われたのだ。

失礼、話を元へ戻そう。震災後、自らが公表した停戦期間中も国軍は空爆をやめなかった。そうしたなか、5/9中国の習近平はミンアウンフラインとモスクワで会談して、震災復興への援助を約束し、本年中の総選挙実施に向け、物心両面での後押しを確約した。そのひとつとして、中国は国境に隣接する少数民族武装勢力に対し、国軍との戦闘をただちに停止するよう強い圧力をかけている。具体的には、

1)2023年10月の攻勢で、ミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA)は、シャン州北東部にある国軍司令部と貿易都市ラショーを陥落させた。これに対し、中国はMNDDAに占領地を軍事政権に返還するよう圧力。中国はMNDDAの最高幹部を昆明で幽閉し、かつ国境封鎖で燃料、食料、医薬品など供給を止めて兵糧攻めにした。MNDAAは、たまらずついに降参し、ラショー市含む占領地一帯を、国軍に返還することになった。しかし国軍は反撃を怖れてか本格的には戻っておらず、中国はラショーへ停戦監視団を派遣するという。これは中国軍の実質的な海外派兵に道を開くもので、きわめて危険な行為である。ASEANはじめ国際社会から非難する声も上がっておらず、中国は次第にやりたい放題になりつつある。

2)MNDAAとともに、2023年秋の攻勢を担ったタアン民族解放軍(TNLA)に対しても、中国はマンダレー周辺の占領地からの撤退を要求。しかし4月28日と29日に昆明で行われた和平交渉では、TNLA代表が解放された5つの町の放棄を拒否。8月に再交渉する予定であるという。交渉が成立しないとみるや、国軍は抵抗勢力の占領地への空爆を再開した。

マンダレー管区の重要都市モコクへの空爆、  イラワジ

3)6/3のイラワジによれば、中国のミャンマー特使、鄧錫軍(Deng Xijun)は、カチン独立軍(KIA)とアラカン軍(AA)に対し、カチン州バモとラカイン州チャウピューでの軍事攻撃を停止するよう求めたという。いずれも「一帯一路」関連事業の重要拠点となるところである。特にチャウピューは、ベンガル湾に面する港湾都市で天然ガスと石油パイプラインの起点であり、深海港、経済特区、長距離鉄道の建設予定地となっている。中国の内陸部開発にとって死活的に重要な海洋への出口となる戦略的地政学的要衝であるが、すでに周りはAAによって包囲されている。国軍は弱体なだけに、停戦交渉は実質AAと中国とになりかねず、内政干渉の危険が危惧されるところである。

<抵抗勢力の反撃>

 しばらく戦火は下火になっていたが、戦闘が各所で再開しつつある。

  1. カチン州の第2の都市バモーをめぐる国軍とKIAの攻防戦はいぜん続いている。中国との国境貿易の拠点バモ―とレアアース鉱山の奪回は、軍事政権と中国にとって至上命題である。

2020年、カチン州パカントの翡翠露天掘り鉱山で土砂崩れの被害を出した地域。 イラワジ

  • イラワジによれば、中国の昆明へつながっているパイプラインの安全確保は、中国にとって死活的に重要である。ところが抵抗勢力の攻撃を受けて、6月初め、国軍は防衛拠点を放棄。しかし地元のタウンタ郡人民防衛隊(PDT)によれば、政府軍は奪われた拠点を奪還すべく、大部隊を編成して集結し、反撃の用意をしているという。

マンダレー管区ミンジャン県で政権が警備するパイプライン取水所を制圧したナトジー郡の抵抗戦士たち

3)5月中旬、カレン民族同盟(KNU)の軍事部門であるカレン民族軍(KNLA)とカレン州民主化組織(KNDO),

人民防衛隊らの抵抗グループが、士気の落ちた軍事政権兵士からコウカレーのブレド基地を奪取、兵士の多くはタイへ逃亡したという。それに引き続き、周辺の軍事基地も陥落させている。

カレン州ミャワディにある軍事政権のタイ・バウ・ボエ基地を制圧。KNLAら

部隊が押収した武器と弾薬を手にポーズをとっている。 Irrawaddy

  • ラカイン州の90%を占領したアラカン軍(AA)に対し、すでにインドとバングラデッシュ各政府は、貿易や国境管理に関し、AAを政府として扱っているという。AAの勢いは止まらず、ラカイン州に隣接するイラワジ管区に進撃し、イラワジデルタの要衝、パテインに近づいているという。

<総選挙前後の展望>

 軍事政権は、中国から何が何でも年末に総選挙を実施するようダメ押しされている。昨年の選挙人名簿づくりのための国勢調査は、国内330郡区のうち、実施できたのは145郡区にすぎなかった。軍政が支配するのは、国土の40%弱にすぎないと言われている。だが、軍事政権が不完全にせよ正統性を獲得できれば、中国は国際社会に対し不当な援助と介入の正当化が図れるので、ごり押ししているのである。ASEANも日本もこの動きに対して何ら有効な対抗策を打ち出せないでいる。アメリカがまったく頼りにならない現状では、中国の後ろ盾で軍事政権に文民政府の体裁を整えさせ、外交関係や貿易関係を正常化させ、実利を取った方が得だとする判断が、ASEANの大勢(おそらく日本政府や大企業も)を占めつつあるのではなかろうか。ラオス、カンボジアのみならず、大国インドネシアやタイなども中国の覇権を前提に将来構想をしている節がある。斜陽国家日本の無力さに、極めて親日的なミャンマー国民は歯噛みしているのである。冒頭に紹介した中国への抗議デモは、「目覚めよ、日本国民よ」というメッセージでもある。

 万一総選挙が実施され不正な操作によって軍事政権寄りの政党が勝利しても、それがそのままでは文民政府を僭称することはできない。現代国家の成立条件は、立憲体制の確立である。立憲体制の建前を充たすには憲法制定会議を招集して憲法草案を確定し、それに対する賛否を問う国民投票を実施しなければならないであろう。しかしそういう手間のかかる手続きを行なう意思も能力も、新政権にはないであろう。巷の噂では、選挙後ミンアウンフラインは大統領に、No.2のソ―ウインは国軍の最高司令官に就任するので

軍事政権、進む中国の傀儡化            イラワジ

はないかといわれている。ソ―ウインの方が実戦経験があり、苛烈な軍事作戦を指揮する能力が高いからだという。しかしいくら中露から軍事援助をうけようと、青年層の大量の海外流出・逃亡のため、軍事作戦のための人材が払底している事実は変えようがない。そのため「一帯一路」関連のインフラ施設防衛の名目で、警備会社を中緬ジョイントで設立、中国から実質的には兵員を常駐させることになった。内戦の動向次第では、これは中国の軍事介入への第一歩となる可能性がある。しかし今般の国民的決起が、どれほどミャンマーの国民的苦難の歴史を踏まえたものであるのか、中国は阿片戦争以後のみずからの近代史に照らして、深く己を省みるべきなのである。中国の強引な手法は、中長期的に見れば、ASEAN諸国の不安不信をかき立てることにならざるを得ない。アメリカとの関係で困難にある現在、それは結局中国にとっても望ましいことではない。日本はASEANという枠組みを上手に使って、もっと中国に働きかける余地があるように思うが、どうであろうか。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
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