ミャンマー、夜明けはそう遠くはない

 「1027作戦」以降の軍事情勢は、関係者のだれもが予想していなかったほどの急展開となった。20の町、300の軍事拠点制圧を可能ならしめたのは、なんといってもシャン州北東部を拠点とする三つの強力な武装組織が連携して作戦展開を行なったことである。しかし直接的な要因とともに、間接的な要因としては2021年2.1クーデタ以降の抵抗勢力の全国的な持続する政治的軍事的行動によるところが大きいであろう。軍事政権にとってほぼ無傷なのは、イラワジ・デルタ地方とヤンゴン、マンダレー、ネーピードウといった大都市部でしかない。国軍は戦線の広がりに戦力・兵力が追い付かず、かつ神出鬼没の遊撃戦に翻弄されて戦力を消耗し、将兵の士気の劇的な低下を招いている。マンダレー~ヤンゴンを結ぶ中央ルートは何とか確保しているものの、首都ネーピードウに近いマンダレー街道の要衝トングー市は、解放勢力の強い圧迫を受けていて、主軸の兵站輸送ルートすら脅かされつつある。総じてどの地域においても、地上戦では国軍に勝ち目はなく、投降や脱走も続いて兵力は先細りになっている――国民統一政府NUGは、11月29日までに541人の国軍兵士が投降したとしている。

11月24日にシャン州センウィ郡の丘にあるミャンマー国軍の前哨基地制圧 RFA

 地上戦の劣勢を挽回すべく、国軍は抵抗の拠点となっている町や村に対する航空機による爆撃や長距離砲による砲撃を行なっている。だがそれは失地を回復し統治機構を再建する見通しのほとんどない、ただの報復破壊に終わっている。そのため民間人の死傷者や200万人以上の難民の急増となって、深刻な人道上の問題を引き起こしている。主要道路はゲリラ攻撃により寸断され、イラワジ川などの河川を使った水上輸送も、ドローンなどによる効果的な攻撃にあって、安定した輸送ルートとしては使えていない。
来年はシャン州の北部同胞同盟が、ザガイン管区・チン州・カチン州・ラカイン州・カヤ―州・カチン州等の抵抗勢力との連携を深化させて農村部の支配をより強固にし、かつ州や管区の中心都市部奪還に向けての圧力を増大させられるかどうか。現在、コーカン自治区の首都ラウカイやカレニ―州州都ロイコウは陥落寸前となっている。とうの昔にすたれた印象のあった毛沢東戦略の復活、つまり「辺境から中央へ、農村から都市へ、遊撃戦から機動戦へ」の展開になるかどうか。それを成功させるには、各戦線を統率する軍事的な統一司令部が必要となると同時に、機動戦に見合った重火器・弾薬の調達、兵站の充実がカギとなる。とくにジェット戦闘機や武装ヘリに対抗する携帯ミサイルの入手が不可欠であろう。

2023年11月、カレニ―州首都ロイコーで抵抗軍に降伏した政権軍兵士と鹵獲した兵器類/ KNDF

<中国へ泣き付き、支援を乞う>
 「1027作戦」やそれに続く機動作戦は、内戦におけるgame changer(転換点)となることがいわれているが、ごく最近はそれどころかregime changer(政府打倒)につながるのではないかという憶測すら出始めた。この事態に有効な反撃の手が打てず、窮地に追い込まれつつあるミンアウンフライン最高司令官は、ロシアばかりか、ついに嫌いなはずの中国へ助けを乞う事態に至っている。
 戦線の悪化にうろたえた軍事政権は、北京での瀾滄江・メコン協力外相会議に出席予定のタンスエ外相を通じて、12/6王毅外相との会談で実質的な内戦介入の要請をした。会談でミャンマー側は、北部三同胞同盟に戦闘を停止して、和平交渉に入るよう圧力をかけてほしいと懇願したのである。北部三同胞同盟含め、内戦で使用されている抵抗勢力の武器はほとんどがワ州連合軍経由の中国製であり、中国が大きな影響力を持っている事情が背景にある。しかし王毅外相は、中国はミャンマーの主権と領土保全を尊重し、内政干渉はしない。2008年憲法の枠内で民族和解に努力してほしいと、つれない返事だったという。軍事政権の落胆は察して余りあるところである。
 ここで中緬外交における、中国のいわゆる「調停外交」の本質について確かめておく必要がある。調停外交のめざす平和の本質が、「パクス・シ二カpax sinica」(中国の力による平和)の実現であることは論を待たない。先日この論壇で紹介したジャーナリストB・リントナー氏が喝破したように、中国の対緬外交の究極目的は、「ミャンマーの天然資源を開発(搾取 exploit)すること、そして最も重要なのは、インド洋への戦略的アクセスを可能にする、いわゆる中国・ミャンマー経済回廊を確保すること」に尽きている。そしてそれを実現するためには、「強くて平和で民主的で連邦国家のミャンマーの出現」は中国の利益にならないという立場から、軍事政権と反対勢力を相闘わせて、相互に力が減退していくように仕向け、中国への依存を高めるよう仕組むのである。内政不干渉をいいながら、北部三同胞同盟に強力な武器を供与しつつ、軍事政権が弱ったところで助け舟を出す<一種のマッチ・ポンプ>スタイルが、調停外交なのである。要するに、対立する二者を相互に反目させて自分に歯向かわない程度まで弱体化させ、そこで二者に対して休戦や和平を取り持つ。プラグマティカルな権謀術数で、そこには社会主義的な理念や他国と国際法上の普遍的な価値を共有する姿勢は希薄であろう。

                日経新聞
 いずれにせよ、中国は軍事政権の無能さに怒っている。反政府抵抗運動を鎮圧しきれずに、逆に武装闘争に踏み切らせて、チャオピューから雲南省昆明にいたる石油パイプラインの安全が脅かされていること。さらに「一帯一路」に関連する港湾建設やチャオピュー経済特区建設、長距離鉄道建設が遅れに遅れていること。さらには国境地帯での麻薬、人身売買、オンライン詐欺を効果的に取り締まれないこと。中国にしてみれば、地域の経済的安全保障が脅かされているのである。これらに業をにやして、三同胞同盟の「1027作戦」を黙認した可能性がある。この間、中国特使が来緬して有力民族武装勢力指導者と会談しているが、このたびの秋季攻勢の歯止めにはなっていない。ミャンマーのシャン州との国境地帯で人民解放軍の実弾演習が行われたが、それは内戦の激化に伴う難民の越境や戦火の拡大に備えるための自衛的なもので、民族武装勢力を牽制する意味は薄いとみる。中国海軍との合同演習が行われたが、ミャンマー軍側が得たものは、せいぜい大国の後ろ盾を得たというデモンストレーション効果程度であり、他方中国の方は、艦船のティラワ港寄港という実績を積んだのである。要はミャンマー側は、中国の利権を守り通す意思と能力が本当にあるかどうかを試されているのである。この屈辱的な試練に軍事政権が耐え抜けば、中国は本気でバックアップするであろう。もちろんそれはミャンマー国民にとっては最大の災厄となる。
<民主派抵抗勢力の政治戦略の強化>
 ビルマ現代史の悲劇は、旧日本軍によって埋め込まれた軍事の政治に対する優位性が元凶であった。国民的な最重要の政治課題、例えば諸民族の宥和による統一的な国民国家の建設に独立当初から失敗、内戦状態に陥ってしまった。政治課題が政治的に解決できず、いつも軍事的に解決しようとして失敗を重ねてきた。したがって文民統制(シビリアン・コントロール)という憲法的規定は、ミャンマーという国家全体の在りように関わる極めて重大な政治課題なのである。国軍との内戦において軍事的に勝利することは、ある種逆説的だが、政治の優位性を取り戻すことを意味している。民主化という国家的な課題の中心にまず文民統制=軍事政権打倒が据えられなければならないのである。
 2016年3月に発足したスーチー政権は、最優先課題として少数民族武装諸組織との和解を掲げ、アウンサン将軍の衣鉢を継いで「21世紀パンロン連邦和平会議」を発足させたが、実際には内戦終結には成功しなかった。その原因は、ひとつには国軍が民政府の統制から自由に自己利益から勝手に戦闘を継続させたことによる。もうひとつはスーチーNLD政権に少数民族と協同で民主化の課題に取り組むべき戦略が欠如していたことによる。そもそもNLDにはビルマ族中心の主流派意識が抜けきらず、民族・宗教・地域等の属性を超えて国民的課題にともに隊列を組んで闘うという統一戦線の思想が希薄であった。おそらくアウンサン将軍の「パンロン協定」―ビルマ独立にあたって、諸少数民族に自治権を保障したーを支えた思想には、1930年代の反ファシズム統一戦線front populaire(人民戦線)の遺産が反映していたと思われる。しかしNLDにはその思想がなく、その限りでは―ビルマ族中心主義という意味では―国軍とあまり差異がなかったであろう。その弱点が如実に表れたのは、ロヒンギャ族の市民権を認めない立場から、国軍の蛮行をスーチー国家顧問が、オランダのハーグの国際司法裁判所で擁護した振る舞いであった。
 今後、国民統一政府NUGが軍事政権打倒に向けて、政治的軍事的に共同歩調をとって行こうとするとき、どのような点に留意すべきかを、12/6付けポータルサイト「イラワジ」の投稿論文※が適切に指摘している。
※「ミャンマーの軍事政権が直面する存亡の危機」The Existential Threat Facing Myanmar’s Junta by Ye Myo Hein

https://www.irrawaddy.com/opinion/guest-column/the-existential-threat-facing-myanmars-junta.html

「抵抗運動の主要な利害関係者たちも、これまで国内の連邦民主主義の将来についての政治的議論に参加してこなかった多くの強力な武装グループとの連携により、戦場での新たな実力を手に入れた現実に適応しなければならない。戦場での出来事が急速に展開し、弱体化した軍事力に劇的な打撃を与えるなか、クーデター後の紛争について、軍の支配から解放された連邦民主主義を求める民衆の期待に沿った解決策を交渉するという政治的展開が、ますます急務となっている。戦場で達成された協調と民族間の団結を、将来の連邦民主連合に向けた政治的目標の調整に効果的に反映させる必要がある」
「現在の軍事的進歩の急速なペースは、主要な抵抗勢力の利害関係者が政治的プロセスを迅速化し、軍事的進歩と整合させる緊急の必要性を浮き彫りにしている。ミャンマーに平和的な連邦民主同盟federal democratic unionを築くには、軍事的な連携や戦場での勝利だけでは十分ではない。さらに、主要な抵抗勢力による強力な政治的コミットメントがなければ、地上での軍事的協調は揺らぎ、不安定なものとなる。戦場での共通の目的意識と信頼構築は、将来の国家に向けた真の政治交渉に持ち込まれる必要がある」
 こうした観点で現状を見るとき、国民統一政府のイニシアチブの貧弱さに慨嘆せざるをえない。政治的イニシアチブとは、まず軍事的な攻勢や勝利を政治的な言語に翻訳することである。これは単なる政治的プロパガンダとは異なる。近代的な国民国家を建設するという大きな流れのなかに反軍闘争を位置づけ、狭義の軍事的任務だけでなく、政治的社会的な諸任務を果たすことの意義を国民に広く知らしめ、国民統一政府への同意を勝ちとり、一人一人が新しい国づくりの主権者たるべきことを説くことである。
 連邦民主主義的な政治綱領から個々の特殊な諸要求を位置付けて、政策的な意義を与えるとともに、個々の諸要求から出発して綱領的な政策体系へフィードバックしていくという対極的な双方向での往還が必要であろう。それは軍事行動の周りに政治的社会的抵抗運動の裾野を広げ、ますます多くの人々を救国の事業に引き入れることにつながるであろう。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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