ミャンマー内戦は、タイと国境を接するカレン州、カヤー州などの少数民族の山岳地域でもサガイン管区やマグェ管区などの平原地域でも、戦況が膠着状態に陥っている。しかしそれでも戦闘による兵員損失が国軍側で大きいことが、抵抗勢力側の発表から窺われる。4月の最初の2週間で、カレン州におけるカレン民族解放軍KNLAおよびその同盟者との200回以上の衝突だけで、160人以上の国軍兵士が死亡したと報告されている(イラワジ 4/20)。抵抗勢力の健闘は、実戦経験の積み重ねのほか、装備品の質が向上し、とくに民生ドローンを使った巧みな攻撃が奏功しているためだという。5月下旬に雨季に入ると、国軍側は航空機や軍用車両を使った戦闘は困難になるので、国軍側はそれ以前に戦果を少しでもあげたいところであろう。したがって民主派の抵抗拠点となっているサガイン管区の村々は、国軍の集中的な砲爆撃を受けている。市民組織「データ・フォー・ミャンマー」によれば、焼失家屋は1~3月だけでも、推計5700軒にのぼるという。また国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、クーデタ以降国内避難民は、4月上旬時点でおよそ56万人に達するという。
容赦ない砲爆撃で破壊されるカレニ―州やサガイン管区の村々 Frontier&イラワジ
民主派の人民防衛隊(PDF)は、自称ではあるがすでに10万人を組織したという。民主派勢力の強力な地域では、国軍の砲撃や空爆に耐えながらまた一歩一歩前進している。国民統一政府NUGの発表によれば(4/24)、サガイン管区とマグェ管区の36郡区において、NUGによる行政組織が機能して地域を実効支配しているという。サガイン管区は37郡区、マグェ管区は25郡区より成り立っているので、地方行政区の半分以上を押さえていることになる。
詩人にして人権活動家だったマウンサンカ氏ら、昨年4月、ビルマ人民解放軍BPLAを創設する。 Guardian
BPLAのトレーニングキャンプの様子。訓練教官は、他人に対して革命を起こす前に、自分たちの中で革命を起こさなければならないと述べたという。ミャンマーでは、個人的主体的な精神革命を促す表現はまことに珍しい。
新しい闘争分野の動きも出てきている。共同通信系のNNAによれば(4/25)、サガイン管区を拠点として国軍に抵抗する16団体はこのほど、中国企業がサリンジー郡区内に保有する銅鉱山3カ所の操業を停止するよう要求したという三鉱山は国軍の資金源とされており――2020-21会計年度に推定7億2500万ドルを軍に支払っている――、それを経営する中国国営企業「万宝」と国軍系企業ミャンマー・エコノミック・ホールディングス(MEHL)との合弁企業は、米国の制裁対象となっている。この銅山開発にあたっては、2012年26か村にも及ぶ農民の激しい反対運動があったのであるが、死者を出すほどの激しい弾圧ののちスーチー女史の主導で認可された。※その後も、露天掘りによる自然破壊や銅精錬にともなう環境汚染がたびたび問題になってきた。
※当時スーパースターであったスーチー女史であるが、農民たちは視察に訪れた彼女に「恥ずかしくないのか」と怒号を浴びせかけた。
<弱り目に祟り目の軍事政権>
国軍最高司令官ミンアウンフラインは反対運動を殲滅すると、3/27国軍記念日で力んで演説してみせたものの、状況は日に日に悪化してきている。
NNAによれば、国際調査機関の東南アジア諸国連合(ASEAN)プラス3であるマクロ経済調査事務局(AMRO)が先ごろ発表したミャンマーの2021年度(20年10月~21年9月)の国内総生産(GDP)成長率見込みは、前年比マイナス18.7%という。もともと資源の切り売りか外資依存の方法しか知らない軍人にとって、難局打開の道は険しい。
外貨準備高の不足も危機的状態で、そのためすべての法人は外貨収入を即日現地通貨のチャットに交換せよとする命令が、中央銀行から発せられた。その後、日本をはじめとする外資各社から現地事業の継続ができないと苦情が相次いだため、4/20に経済特区(SEZ)の入居企業は例外扱いする旨の通達があった。政権はデフォルトを怖れてなりふり構まってはいられないのである。
イラワジ紙(4/30)によれば、先のシェブロンやトタルエナジーに続き、エネルギー企業の相次ぐ撤退も伝えられている。タイとマレーシアの企業とともに、日本のENEOSホールディングスがミャンマーのイエタグン・ガスプロジェクトから撤退表明した。かねてよりNGO「ミャンマーのための正義」は、イエタグン・ガスプロジェクトに関わる企業に対し、軍との関係を完全に断つよう呼びかけていた。
こうした外資撤退の動きに対抗して、軍事政権は燃料輸入でロシアと交渉中と伝えられる。かねてよりロシアとは武器輸入で太いパイプを持っていたが、輸出先を失いつつあるロシア産原油の受け入れを図ろうとしている。本年に入って、燃料不足から都市部でも長時間停電が常態化しつつあり、石油製品の高騰とも相まって経済活動にも大きな支障が出ているので、安い原油は渡りに船であろう。さらにロシアの自動車大手カマズが、ミャンマーでの車両生産に向けた準備に入る計画だという。いずれにせよ、世界でならずもの視されている両国家が、相見互いの関係にあることは確かである。
「ラジオ・フリー・アジア」などのメディアによれば、ヤンゴンに住む富裕層や政府関係者は、身の安全に不安を募らせ、要塞都市ネーピードウへ転居するものが多いという。ベトナム戦争の初期を想い出させる動きである。
<兵隊の不足が深刻化>
国軍から脱走する兵士は後を絶たず、軍事政権は欠員補充に血眼になっているようである。地元メディアのミャンマー・ナウ(4/26)によれば、軍事政府の「国家統治評議会(SAC)」は、警察官に続いて軍の武器工場勤務者を抵抗勢力との戦闘の前線に送り込む計画があるとのこと。戦闘要員だけでなく、市民的不服従運動CDMによる公務員の欠員も深刻で、既に軍医や看護師を公立病院へ異動させており、公共機関や施設での深刻な人手不足が浮き彫りになっている。さらには消防隊やミャンマー赤十字、宗教団体などの関係者が国軍部隊に組み込まれようとしていることが、流出した文書で明らかになっている。徴兵制実施の話も浮かんでは消えているが、強制動員してみても国民の反発は避けられず、兵士の士気に問題があるうえ、武器をもって脱走するリスクも高いのでおいそれとは踏み切れないであろう。
兵員不足を補う方法として、昨年来用いられてきたのが、「ピュー・ソー・ティー(Pyu Saw Htee)」と呼ばれる民兵、いや実態は暗殺部隊の組織的活用である。日給で500円に満たない金で雇い入れ、主にNLDの活動家・幹部を狙いうちにしている。その多くが食い詰めた刑務所上がりの犯罪者にとって、有給の殺人ライセンスは魅力的なのであろう。さきにNLDのメンバーや支持者、人民防衛隊PDFのメンバーやPDFと関係のある人々を殲滅すると宣言していたが、対象をさらに広げ、国軍に批判的なジャーナリストやその家族も標的にすることを仄めかしている。
サガイン管区イェウ郡区の農道で。後ろ手に縛られて、殺害され遺棄されている男女の遺体を収容するソーシャル・ワーカーたち イラワジ
<深刻化する生活困窮>
2・1クーデタ以後、内戦激化のため多くの職場が失われた。失業と物価高騰と停電と、かつ4,5月の熱帯の暑熱季―連日40度以上―が重なって、不安と不快と政治不信が増幅される。(どれくらい暑いか、わが体験から――エアコンが故障して修理が済むまで数日暑さに耐えた。寝苦しい夜、思い余ってマットレスの上にびしょびしょに濡らしたゴザを敷いて休んだ。朝起きてみると、ゴザはカラカラに乾いていた)
ラジオ・フリー・アジア(4/23)の特集記事から。国際労働機関(ILO)の推計によると、コロナウイルスの大流行や2021年2月1日の軍事クーデタに伴う政変により、昨年はミャンマーの人口約5400万人の3%近くに当たる160万人以上の労働者が職を失ったとされている。もともと社会的セーフティ・ネットなど存在せず、多くの労働者はその日暮らしだったところに、失職である。多くの労働者は親の面倒もみなければならず、女性の場合苦界に身を沈めたり、絶望のあまり自殺を考えたりするものも多いという。
ヤンゴンの縫製工場に到着した女子労働者たち―ここは昨年3月、労働者と国軍が死闘を繰り広げた地域である RFA
工場閉鎖による失業の増加にともない、労働環境は急速に悪化している。軍事政権は労働権に配慮する姿勢は皆無で、雇用主は労働者を自由に解雇し、残留した労働者には残酷な労働条件を課しているという。団体交渉などの組織立った動きをすれば、たちどころに通報され国軍によって粉砕されるであろう。
民主派の抵抗の拠点であるサガイン地方では、国軍の攻撃と封鎖のため農民たちは収穫物を市場へ運ぶことができず、現金収入の道を絶たれて、生活困窮度が増しているという。また国軍支配に抵抗するため職務を放棄した公務員の市民不服従運動(CDM)が勢いを失っているという。国軍の摘発への恐怖や経済的な不安などから、離脱者が増加しているためだ。
いずれにせよ、闘争が長期化するのに応じて、それを持続可能なものとするためには戦術の転換が必要である。職場ボイコットは中長期的には労働者自らの生活基盤を奪う怖れがあるので、国民統一政府NUGや全国ゼネラル・ストライキ実行委員会などの中央司令部は、柔軟に戦術を行使する必要があろう。政治と軍事との連携、少数民族武装組織との連携などとともに、新しい課題への対応が迫られている。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion12009:220507〕