昨年2・1クーデタから1年4か月、ミャンマー内戦の戦況は膠着状態にあるといえるが、軍事政権にしてみれば、安定した統治にはほど遠く、焦りから反政府組織の牙城であるサガイン地方では村ごと焼き討ちする残忍な焦土作戦を展開している。そうしたなか、6月3日、軍事政権は1976年以来行われてこなかった死刑―絞首刑―を近いうちに執行すると発表して、ミャンマー内外の世論を驚愕させた。国連事務総長や国際的な人権団体はもとより、アセアン議長国であるカンボジアのフンセン首相すらもが反対を表明し、圧倒的多数の人々が怒りと国際連帯の熱い声を寄せている。
風刺漫画、死刑執行で墓穴を掘ることになる軍事政権 Frontier Myanmar
昨年「テロ行為に関与した」として死刑判決が確定し、このたび刑執行がなされるとされる4名のうち、二人はミャンマーでは民主化活動歴を持つ著名な政治家である。一人は、1988年の民衆蜂起以来の有力活動家でコ・ジミーの愛称で知られた、チョーミンユー氏(53)。氏は、1988年の民衆蜂起で20年、2007年のサフラン革命で5年の刑を科され、都合21年間の獄中生活を余儀なくされていた。
コ・ジミー氏と妻のニラーテインと娘。2012年に釈放された際。 イラワジ
地元独立系メディア「イラワジ」によれば、「2012年に釈放された後、コ・ジミー氏はミンコーナイン氏などの88世代の仲間とともに、慈善事業や若者の能力開発計画、教育プログラムなどに取り組んできた。コ・ジミーは、家族を愛し、芸術、音楽、執筆を愛する優しい男として、友人たちに知られている。しかし、民主主義のためなら、若い抵抗勢力とともに、住民を殺害し恐怖に陥れる政権と戦う特別な勇気も持っていた」という人士である。
もう一人は、元NLD国会議員だったのピョーゼヤトー氏(41)。同じく「イラワジ」によれば、「ヒップホップ・スターから政治家に転身したピョーゼヤトー氏もまた、軍事的抑圧に対する継続的な抵抗の象徴となった。2000年以降、ヒップホップバンドの先駆けであるアシッドで名を馳せた後、2012年から2020年まで国会議員を務める。2008年、地下若者グループ『ジェネレーション・ウェーブ』を結成し、ゲリラ戦術で当時の政権に反対する資料を配布したことで知られ、最初の投獄の目にあった」とされる。88世代より若い活動家に特徴的なのであるが、氏もまた内面的な回心を語る。氏は、「6年間の投獄生活を、不正義に反抗する活動家から恒久的な変化を望む政治家へと自分を変えた魂の探求の期間であった」と述べている。ミャンマーの上座部(小乗)仏教的な信仰基盤においては、帰依(没我)の如何が問題にされるだけだったのに対し、新しい世代は社会問題をみるなかで自我の覚醒や内面的な良心の在り方を自らに問いかける。まだ断定はできないが、そこにはミャンマー社会の思潮的な地殻変動を予感させるものがある。
NLDの国会議員としてピョーゼヤトー氏。 2016年 スーチー氏とともに。 イラワジ
氏は、その後、2020年の総選挙には立候補せず、音楽活動にいったんは戻った。しかしクーデタが起こるとすぐに、反体制デモに参加した。これまた「イラワジ」によれば、「私たちが街頭に出るのは、そうすべきだからです。私たち全員が団結すれば、政権はすぐになくなります。それが私の信じるところであり、私たちの大義は勝たなければなりません」と、3月上旬のヤンゴンでの抗議デモで述べたという。その後、政権による弾圧の後、氏は地下に潜行し、ヤンゴンの武装抵抗組織に参加したとされる。
著名な反体制政治家を血祭りにあげようと強硬姿勢をとる背景にあるのは、軍事政権の外交的、政治的、軍事的な行き詰まりと国際的孤立からくる焦りと絶望である。現地の政治犯支援協会(AAPP)によると、クーデタ以降、政権によって1900人以上が殺害され、14000人以上が逮捕され、すでに1100人が判決を受け、約100万人が難民化しているという。内戦下、医療体制・教育体制の崩壊、石油高騰とその不足からくる電力供給の破綻と企業活動の著しい停滞、物価高騰による市民生活の破壊と、状況は日に日に悪化している。軍事政権は国内の諸課題に有効に対処した経験を持たず、ひたすら弾圧によって乗り切ってきた過去しかない。つまり政治社会問題に対して軍事的にしか対処できないため、今年に入ってからは、民兵組織を立ち上げ―志願者では不足しているため、村人を強制的に駆り出しているーたり、警察の軍隊化を図り、全社会の軍事化に乗り出している。しかし、いずれにせよ、面子にこだわってもし死刑を強行すれば、全国民規模での決起で軍事政権はいっそう追いつめられるであろう。そのときにはもはや反体制勢力との対話・交渉の窓口は固く閉じられ、軍事政権には奈落の底へ転落していく以外に残された道はないであろう。
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