昨年10月に始まった、シャン州コ―カン地区での同胞同盟(三つの少数民族武装組織で構成)による攻勢によって政府軍は大敗北を喫した。次には中国との中継貿易基地であるラショーも包囲され陥落まじかと思われたが、そこで中国が政治介入し、同胞同盟と政府との間に停戦協定が結ばれ、シャン州東北部の戦火はひとまず収まった。――もちろん軍事政権は中国に大きな借りができたわけで、今後「一帯一路」関連のプロジェクトで大きな譲歩を強いられるであろう。
昨年のシャン州における政府軍の敗北は、軍事情勢を一変させた。ラカイン州において停戦協定を結んでいたアラカン軍(AA)が、昨年11月協定を破棄して作戦を再開。ラカイン州全域の8つの郡区と、チン州北部の隣接する1つの郡区を占領した。いまや州都シットウェイに迫る勢いであり、ラカイン州全体の制圧をめざすという。しかし「一帯一路」関連の巨大開発プロジェクトを抱え、中国への石油と天然ガス輸送の起点である地域なので、中国は事態を憂慮、首都に特使を派遣している。
ミャンマー最北部・カチン州においてカチン独立軍(KIA)は、国軍の無差別の砲爆撃に耐えて攻勢を強めている。 最近では国境貿易基地であるバモーと州都ミッチーナをつなぐ幹線道路沿いの最後の軍事キャンプを制圧した後、中国との主要貿易ルートの支配権を確保したという。
また4月入って、首都ネーピードゥの国軍司令部と空軍基地に初めてドローンが着弾、ミンアウン ライン宅も標的だったそうで、将軍らの心胆を寒からしめた。政府側は被害はないとしているが、施設の損傷と火災があり、兵士数人が死亡したと地元メディアは伝えた。
ドローン部隊とミャワディ制圧に向かうカレン族部隊 イラワジ
かつての反乱軍で政権に帰順し、国境警備隊に編入されていたカレン族の分派部隊が離脱、他地域の国境警備隊も後へ続いている。さらに一番大きな動きは、タイとの国境の町、国境貿易の拠点ミャワディで起きている。カレン民族解放軍(KNLA)と人民防衛軍(PDF)によってミャワディを防衛する戦略基地が落とされ、政府軍第275軽歩兵大隊の戦術司令官と将校67人を含む合計617人が投降、大量の兵器も鹵獲された。ミャワディが重包囲されたため、軍事政権はミャワディ放棄を決断、脱出用に飛行機を派遣するためタイ政府にメソット空港使用を要請。4月7日に高級将校とその家族、国営ミャンマー経済銀行や民間銀行の支店の資金、書類類をミャンマーに退避させた。
「ラジオ・フリー・アジア」によれば、タイのスレッタ・タビシン首相は4/6、「ミャンマー軍事政権は弱体化しつつある」と述べたという。軍事政権のかたくなな姿勢が軟化し、交渉する余地が生まれるかもしれないという希望的観測から言われたものであろうが、ミャンマー軍事政権に親和的なタイ政府からの言われたのでは、ミンアウンフライン最高司令官の面目まるつぶれであろう。
ミャンマー南部のタニンダーリ地方でも、抵抗は広がっている。クーデタ以降、街頭での大衆行動は控えられてきたが、散発的ではあれ、武装闘争以外の平和デモの復活は注目に値する。海岸都市ダウェイのストライキ委員会は、3月11日、タニンダーリ地域のランロン郡区で、ミャンマー軍事政権への航空燃料の販売に抗議するデモ行進を実施した。1989年に壊滅したビルマ共産党がこの地で再建され、武装闘争を開始したという報道もある。
昨年11月~12月、ミャンマーの西部、インドとの国境地帯でも国軍は敗北を喫している。チン州の抵抗軍は、2つの軍事政権基地を制圧した後、インド国境の町ファラム郡リフコーダルを制圧した。またクキ国軍(KNA)と人民防衛軍(PDF)は、ザガイン地方タム郡区にあるインド国境近くのミャンマー軍事政権の主要前哨基地を占領した。敗北した国軍将兵は越境してインドに逃げ込んだが、インド政府は彼らをミャンマー国内に送還したという。
アメリカ、EU、イギリスは、航空燃料の供給を止めよと抗議デモ。RFA
3月の終わり、カレン族武装勢力による警察署攻撃に対する報復として、軍事政権は海上の軍船からモン州チャイマラウ郡区の村を砲撃した。そのため住民数十人が負傷し、300軒以上の民家が焼失破壊された。最近は地上戦では抵抗勢力に太刀打ちできない国軍は、もっぱら航空機による爆撃や艦砲射撃に頼るうになってきた。しかも民間人居住区を意識的に狙って攻撃を繰り返している。
モン州の州都モーラミヤイン近郊の町が艦砲射撃で被害 RFA
地元紙「イラワジ」によれば、4月の8,9日、軍事政権のナンバー2であるソ―ウイン将軍が、タイ国境での作戦を視察するため現地滞在中、抵抗勢力はモン州モーラミャイン郡区にあるミャンマー国軍南東部司令部をドローンで攻撃したという。南東司令部は電波妨害で守備されていたにもかかわらず、ドローン攻撃はそれを突破して爆発したという。ミンアウンフライン最高司令官に比べ指揮能力は高いと噂されてきたソ―ウイン将軍であるが、これもまた面子をつぶされた格好である。
<徴兵制、断末魔のあがき>
既報の通り、相次ぐ戦場での敗北や逃亡により、最盛時35万人はいたとされる国軍は半減しているのではないかといわれている。そのため軍事政権は窮余の策として徴兵令を発動させ、18歳から35歳までの男性と18歳から27歳までの女性は全員、2年間の兵役に就かせることにした。すでに徴募は開始され、兵舎に収容された男子はこれから軍事訓練を受けるのだという。しかしこの強制的な動員に関して、これは国軍の補強になるどころか、瓦解を速めるのではないかという予測も出されている。
まず、若者たちよほどでない限り国軍の召集に応じないであろうという。すでにタイなどへ多くの若者が出国している。医師やエンジニアなど専門知識を有する場合、徴募の上限が男性で45歳まで引き上げられことになっているので、それを嫌って中産市民層は子弟を外国に逃がしている。またヤンゴンなど大都市に居住する若者たちの多くは、政府に世帯調査で補足されまいと、故郷に逃げ帰っているという。また国軍兵士になるのを忌避して国境地帯に逃れ、抵抗武装勢力に合流する男女は一気に増えており、現地では住宅、被服、食糧などの供給が追い付かないほどだという。
ミャンマーは今までもタイやマレーシアなどの東南アジアに推定150万人ほどが出稼ぎに出ており、これに逃亡や徴兵が重なれば、労働人口は極度にひっ迫するであろう。ロシアと同様、民生維持のために必要な労働力を確保できず、ただでさえ専門職人口は不足しているのであるから、将来の希望のまったく
見えない国に転落することは必定である。そうならないためには、軍事政権を打倒し、民主的な政府の再建・樹立を可及的速やかに実現する以外の道はない。
命と引き換えの、軍服の支給や食事の提供。1年後、何人が軍にとどまっているのだろう。イラワジ
召集に応じた若者の多くは、失業と貧困に打ちのめされ家庭出身で、わずかな手当てや食料の配給に藁をもすがる思いで跳びついたのであろう。若者たちは、ろくな訓練も施されず貧弱な装備で前線に送られ、人間の盾として利用されるだけだと噂されている。昨年来の国軍の敗北と降伏・投降は、多くの場合補給兵站の破綻によって生じている。前線への補給は今や陸路をふさがれて、空輸(できるほどの機数はない)か船舶に頼らなければならなくなっている。点である大都市中都市は防備を固めているが、すでに線はズタズタになりつつある。
このところの敗北続きで、最高司令官ミンアウンフラインがいつまでもつのか、噂が絶えないという。このところの戦況を打開すべく、頻繁に将軍クラスの異動が行われたり、汚職嫌疑による逮捕も珍しくはない。国軍の伝統的な支配―服従関係の堅牢さゆえ、なかなかクーデタは考えづらいが、国軍の全面的敗北の危機を前にしては、前の独裁者タンシュエの息のかかった誰かが、猫の首に鈴をつけるかもしれない。
本日は指摘だけにとどめるが、抵抗勢力の軍事的攻勢に比して、国民統一政府NUGの政治的イニシアチブがほとんど感じられないのは懸念材料のひとつである。この10数年間、アウンサンスーチー「独裁」のもとで、NLDの幹部たちの政治的能力は磨かれなかったのであろうか。しかし、すでに2021年の段階で、民主連邦政府の憲法草案はできているのであるから、それを軸にこの間の政治的・軍事的な実践の成果をフィードバックさせて、草案をより豊かなものに変えていく。憲法草案を国民的統一戦線の綱領的マニフェスト的土台にして、多くの少数民族諸組織に働きかけて論議する場を設けるべきであろう。いずれにせよ、国民向けのメッセージがあまりにも少なすぎる印象を持つ。手柄話だけしようと思うのではなく、困難は困難として率直に国民に訴えていくべきであろう。権威主義的な精神風土を変えることを意識し、国民一人ひとりが民主化抵抗運動の担い手になるよう熱く訴えかけてほしいと思う。
日本にもNUGの支部が設けられているが、寡聞にして彼らが日本政府、与野党、民間諸団体と対話や交流を持っているという話はついぞ聞いたことがない。軍事情勢が煮詰まってきつつあるいま、国の命運をかけた政治の闘いのイニシアチブをNUGをはじめとする抵抗勢力が発揮してほしいと切に願う。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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