ミャンマー・苦境つづく軍事政権と民主派勢力の前進

 この11月で昨年の総選挙でのNLDの地滑り的勝利から丸一年になりました。民主派勢力は特段の発表はないものの、本年2月以降の闘いに次第に自信を深めつつあるようです。地方では厳しい弾圧と闘いながら、総選挙で勝利した議員を中心に、例えば汚職防止、農民から没収された土地返還、小規模な地元企業対策、地元コミュニティのためのエコツーリズムの推進などの行政課題にも優先的に取り組むとし、併行政府としての実も上げようとしています。もちろん幹部政治家は地下活動を余儀なくされているのでわれわれにはうかがい知れない困難はあるでしょうが、広範なる人民の大海に国軍を飲み込むべく、不退転の決意で闘っている様子が手に取るようにわかります。

<NLD幹部への不当判決>
 軍事政権は、2021年10月29日の特別法廷で、元国会議員にしてNLD議長、スーチー氏の側近でもあるウ・ウインフテイン氏に対し反逆罪で20年の刑を宣告しました。また11月9日には、追放されたカレン州の首席大臣ドー・ナンキンフトゥエミィン氏に懲役75年、元自治体大臣ウー・タンナインに懲役90年の判決を下しました。おそらくそれほど遠くない時期にスーチー氏への判決が下されるとみられています。75年ほどの量刑ではないかと噂されていますが、いずれにせよ民主派政府の幹部を長期に拘留し、政治生命を断とうとしています。しかし法廷でスーチー氏に対し巨額の賄賂を渡したと夫婦で偽証した、ヤンゴン管区首相だったピョーミンティン氏以外には、トップ幹部グループに脱落者は出ていません。イラワジ紙によれば、クーデタ以降、100人以上の議員を含む460人以上のNLDメンバーが逮捕されています。取り調べ中に暴行死、拷問死した幹部も数名いるようです。しかし議員のうち、自白書に署名したのは3%以下、つまり3人程度だそうです。
 これに対し、国民は不当な逮捕、長期拘留、不当判決に対し、全国津々浦々で抵抗運動を展開し、軍事政権のたくらみを無効にしつつあります。トップ司令官の指図がなければ動けないロボット集団の国軍とちがって、民主派勢力の各組織は新しい指導部の統制に服しつつ、それぞれが新しい状況に柔軟適切に対応しうる有機的組織に変わりつつあるようです。組織の力の源泉は、下部組織の日々変わる経験と困難が上級指導部にフィードバックされ、上級がそれを方針の肉付けや変更に機敏に生かせるかどうかです。感受性に富んでいて、行動力のある躍動する組織でありえるかどうか。軍事組織の場合、それは構成員の生死に直結するだけにシビアです。

<軍事政権の外交的敗北つづく>
 11/10のRadio Free Asiaによれば、軍事政権派遣団は国連COP26「気候変動に関する国際会議」への出席を拒否されました。グラスゴーの会場まで行って門前払いを喰わされたということで、軍事政権にとって屈辱的な失点となりました。
 また共同通信によれば(11/13)、日本政府は、今月中旬をめどに予定していたタイやベトナムなどメコン川流域5カ国への海洋情報ポータルサイトの提供を延期する方針を固めたそうです。ミャンマー情勢に好転が見込めず、サイトが国軍による市民弾圧に利用される懸念があるとして判断したそうです。動きの鈍い日本政府ですが、国際世論の厳しい目を意識せざるを得なくなっていることがわかります。
 さらにIMF(国際通貨基金)から、IMFからの援助資金3億5000万米ドルが、2月のクーデタ以降使途不明になっていると指摘がありました。国軍側は反論していますが、さもありなんという事案です。10数年前、日本のODA援助金50億円が使途不明になったことがある軍事政権です。思うように税金も入らず、経済制裁の輪も締めつけられている昨今、資金繰りに苦しんでいることは明らかです。この年末に軍事政権は翡翠原石(ミャンマー産は、国際的な一級品)の競り市を開催する予定だと言います。過去兆のつく単位での取引実績があると言います。中国が主要な取引先です―故宮博物館の宝物をみよ。天然ガスなどとともに、国家的な資源資産を国軍は横領して私腹を肥やし、軍事費に流用してきました。チーク材などの貴重な木材資源も、中国へ密輸も含め流れ続けています。

<経済的な指標悪化> 
 NNA ASIAによれば、国際通貨基金(IMF)は、ミャンマーの22年の経済成長率がマイナス0.1%となり、23~26年も2.5%前後の成長にとどまると予測しているそうです。国軍クーデタは何もかもぶち壊しにしてしまいました。ミャンマー投資委員会(MIC)によると、2021年10月の海外直接投資(FDI)認可額(ティラワ経済特区=SEZ含む)は前年同月比84%減の2,038万米ドル(約23億円)だったといいます。有力外資の撤退や撤退意思の表明が続いているなかで、軍事政権は数か月すると経済は上向くとしていますが、まったくその根拠はありません。またイラワジ紙によれば、ミャンマー国軍が5月に実施した太陽光発電事業12件の入札に、わずか6社しか応札せず、しかもその6社は国軍とつながりのある地場企業または中国企業といいます。
 ティラワ経済特区は日本の命運をかけた官民一体事業ですが、いまや残るも地獄、退くも地獄になりかねないリスキーなプロジェクトになっています。アジア太平洋戦争中の「ビルマ地獄」の悪夢は、まだ歴史的に去り切ってはいないのかもしれません。

<民主派勢力の前進>NUG国民統一政府が国民に一斉武装蜂起を呼びかけ、またクーデタ政権のナンバー2であるソェウィン副上級大将が、国軍の全司令官にPDF(人民防衛隊)の殲滅を指示して以来、全国的に武力衝突が激しくなっています。国軍は、マグウェ地方、サガイン地方、チン州、シャン州などに3000名の部隊を投入しているだけでなく、あらたにラカイン州の休戦協定地域で部隊を展開したため、新たにアラカン軍との衝突になっています。AFPによれば、11月国連安保理は、ミャンマーの情勢不安に「深い懸念」を表明し、「暴力の即時停止」と「民間人に被害が及ばないようにする努力」を求めています。国軍と戦闘を交える少数民族組織は、カチン独立軍、ミャンマー国民民主同盟軍、カレン民族連合とカレンニ民族進歩党の武装組織などに加え、無風だったラカイン州のアラカン軍にまで拡大しています。
 イラワジ紙によると(11/11)、国民統一政府(NUG)の国防省によると、ミャンマー軍はこの1ヶ月間に、民間の抵抗組織との衝突で1,300人の国軍兵士が死亡、463人が負傷し、これまでで最も大きな損失を被ったとされます。9月には、人民防衛軍(PDF)からの攻撃132件、民族武装グループからの攻撃65件を含む690件の事件で、合計768名の国軍兵士が死亡、220名が負傷。同時に、この1カ月間に殺害された民間人の数もほぼ倍増している。9月には174件の事件で164人が殺害され、109人が負傷したのに対し、197件の国軍による暴力行為で313人の民間人が死亡し、63人が負傷。政治犯救援協会は、11月上旬で国民側1252名死亡と発表。戦闘に関する数字については、第三者による客観的な検証が欠けているのでただちに鵜吞みにはできませんが、国軍側が相当な損害を出していることは間違いないでしょう。ミンアウンライン国家行政評議会議長も先日、国軍に少なくない犠牲者が出ていることを認めました。

チン高原へ向かう国軍の車列、待ち伏せ攻撃で大きなダメージあたえる  khitthit Media

10/29 チン州山岳都市タンタラン市、国軍の砲撃で中心部破壊される。  YouTube
 政治闘争でも、民主派勢力は少しずつ地歩を固めています。Myanmar Nowによれば、10月下旬、ミャンマー中部バゴー管区イェダシェ郡区で、軍事政権任命の40人以上の行政官が一斉に辞任しました。また11月初めにはミャンマー中部マグウェイ管区ナトマウク郡区で、行政官80人超が一斉に辞任したといいます。マグウェイ管区ヨー地域では、反クーデタ勢力が行政官の約8割が辞職させたあと、人民管理チームを結成して行政執務にあたっている由。

マグウェイ管区ヨー地域の人民防衛隊、もっているのは伝来の猟銃 イラワジ
 イラワジ紙の主幹であるアウンゾー氏は、先日YouTubeのThe Irrawaddy Editorial talkで、民主派武装勢力の現状を伝えています。それによれば、クーデタ以降人民防衛隊に加わった青年男女は、5000人~10,000人であり、その1/3が軽武装化していると推定しています。現在PDF(人民防衛隊)とEAOs(休戦協定署名少数民族組織)との連携は急速に進んでいて、強力になっているそうです。少数民族武装組織はクーデタによって休戦協定は無効になったとみなし、人民防衛隊の若者に鋭意軍事訓練を行なっています。若者たちもその以前の世代のビルマ族中心意識を克服し、連邦制の原則を理解しつつあるといいます。若者たちも、88年世代らの古い意識を乗り越えようと自覚しているようです。またNUGは武装闘争の行き過ぎに再三注意をうながし、倫理規定を厳守するよう通達を出しています。想像ですが、たとえばどんなに軍人が憎くても、その妻子を巻き添えにしてはならないといったこともあるでしょう。

<少数民族武装組織に軍事訓練を受ける男女の若者たち>  いずれもYouTubeから
 
 
 
チン州インド国境近く 人民防衛隊の若者たち   カヤ州からCDMに参加した警察官たちkhitthit Media
 
10月中旬、NUG支持デモ  マンダレー市内にて      タイマツデモ       ヤンゴン市内にて

9月、登校拒否の意思表示として女子高生は制服返上、創意工夫の反軍民主化運動!

<一帯一路プロジェクトの影>
 中国の国家プロジェクトである「一帯一路」(BRI)への警戒感が関係諸国の間で高まっていますが、「債務の罠」以外にも(社会)帝国主義を思わせる振る舞いが、ここミャンマーでも垣間見えます。端的にいえば、中国の巨大インフラプロジェクトを促進するために強引な用地取得が行われ、農民たちが土地を奪われて流浪の民と化す危険性が高まっています。ミャンマーは憲法上土地の私有権が認められていないものの、通常は使用権の相続というかたちで運用されていて問題は起こりません。ところが軍やクロニ―企業、官のプロジェクト(公共事業)が絡むと、伝家の宝刀が抜かれ、土地を追い出されてしまいます。さすがに近年は補償は出すようになりましたが、職と生活保障という観点からみると、まったく雀の涙程度でしかありません。
 2020年1月、中国の習近平国家主席がミャンマーをじきじき訪問して、スーチー政権とチャウピュー特別経済区(KPSEZ)と深海港プロジェクトの二者協定に署名しました。イラワジ紙(11/9)によれば、「KPSEZと深海港プロジェクトは、中国-ミャンマー経済回廊(CMEC)の下でミャンマーの一帯一路イニシアチブ(BRI)計画の一部を形成している。北京は、KPSEZと深海港が中国にインド洋への直接アクセスを提供し、それによって中国の貿易がシンガポール近くの混雑したマラッカ海峡を迂回できるようにすると同時に、内陸の雲南省の開発を後押しするため、BRIにとって特に重要であると考えている」(太字筆者)。また「KPSEZには、繊維および衣料品の製造、建設資材の加工、食品加工、医薬品、電子機器、船舶の供給とサービス、および研究のための施設を備えた工業地帯を建設する計画が含まれており、 プロジェクト全体は4,300エーカーをカバーするように計画されている」
 スーチー政権になってから、交渉により投資規模は当初より縮小されましたが、それでもCMECはミャンマーの国土の2/3以上をカバーする巨大事業です。事業そのものが中国の都合で計画されたもので、ミャンマーはサプライチェーンに組み込まれるものの、あくまで従属的な地位、中国の衛星国家たる位置づけ、グローバル・サウスの役割を担うものでしかありません。スーチー氏には、野党時代に中国国営軍需企業とミャンマー国軍企業との合弁による銅山開発事業にゴーサインを出した前歴があります。数十か村に及ぶ農民の、死者も出した圧倒的な反対を押し切って、国軍に恩を売った―恩を仇で返されましたが―政治的経歴の持ち主です。また蛇足ながら、韓国や日本が新自由主義的な都市計画として立案した、大ヤンゴン都市構想という一極集中の、21世紀の分散型国土開発に逆行する巨大プロジェクト―日本や中国・韓国のデベロッパーに開発利権を与える―に、基本的に承認を与えたのもスーチー政権です。ミャンマー版本源的蓄積というべき農民や市民からの土地剥奪に対し、闘う姿勢の弱かったスーチー政権です。
 
中国-ミャンマー経済回廊(CMEC)  習近平がわざわざミャンマーへ CMECの重要性浮彫り

 話をチャオピューの件に戻しましょう。チャオピュー郡区にかかわるプロジェクトは、既設の話ですが、沖合のシュエガス田とパイプラインプロジェクトの実施にあたって、ピヤィタエ村の農民が25エーカーの土地をだまし取られた経緯があります。またチャウピュー特別経済区(KPSEZ)と深海港建設の線引き内の土地は、250エーカーで4つも村にまたがっています。ス-チー政権でも農民の権利が十分守られなかったミャンマーですから、軍事政権になれば、命の保障すら危ういところです。今後チャオピュー案件については、国際社会の厳しい監視が必要であり、地元農民への支援が求められるでしょう。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion11488:211115〕