以下に転載するのは、5/14 英紙ガ―ディアンに載った、ミャンマーの歴史家タンミンウー氏の論考である。氏は、ミャンマーでもっとも尊敬を受けている一人、国連事務総長を務めたウータン(ウタント)氏の孫。しかしタンミンウー氏は祖父の七光りからではなく、高い見識をもつ歴史家として内外から高い評価を得ている。私は軍政下のヤンゴンで長期滞在するなか、イギリス統治時代の歴史的建造物群遺産が放置され、朽ち果てていく様に心を痛めていたが、タンミンウー氏は2010年代はじめミャンマーに帰国するやいなや、建造物群遺産を修復維持管理する財団を立ち上げ、見事に再生させた功績を持つ。氏の最新の著作は「ビルマの影の歴史―21世紀における人種、資本主義、民主主義の危機」(アトランティック・ブックス)。氏は反クーデタ運動を支持しつつも、おそらく運動の急進化、軍事化にともなって置き去りにされかねない社会的貧困層や社会的弱者を包摂する視点や政策の重要性を訴えたかったのであろう。以下訳文の文責は、筆者にある。
荒廃したミャンマーの経済を立て直すことが、将来の民主化への鍵となる
――独裁体制には抵抗しなければならないが、それだけでは不十分だ。この国の経済危機を解決すれば、社会は変わりうるだろう。
ミャンマーは、とてつもない規模の経済的人道的災厄に直面している。最も貧しく最も脆弱な人々を保護し、かつ独裁政権を強めない方法で支援を提供する緊急の必要性がある。 同様に重要なのは、この危機を利用して、ミャンマーの信じられない程不平等で特異に搾取的な政治経済を変革することである。 それは民主的な変化への鍵であり、またより公正で、より自由でより繁栄した社会を作るための鍵でもある。
2月の国軍のクーデターに続いて、ストライキや抗議、そして激しい弾圧が行われてきた。国軍はクーデター体制を安定させることができず、代わりに無意識のうちに政治における軍の役割を完全に終わらせることを決意した革命運動を解き放ってしまった。行く手には何年にもわたる混乱が待ち受けている。
この間経済は崩壊し、数千万人が極度の貧困に急速に陥り、世界食糧計画の推定では、340万人が今後6か月以内にまともな食事をとれなくなるという。医療制度も崩壊し、結核やHIV薬に依存している数十万人や、はしか、ポリオ、その他の病気で毎年予防接種を受ける95万人の乳幼児など、さらに多くの人々の生命が危険にさらされている。 現在、Covid-19検査はほとんどなく、大規模なワクチン接種の可能性もない。
繰り広げられる大惨事の直接の原因はクーデターとその余波であるが、ミャンマーの政治経済の歴史を理解することは、次に何が起こるかを考えるうえで重要である。
英国統治下のミャンマー経済は、インド労働者の移民と一次産品の輸出に基づいていた。1948年の独立後、政治は左翼によって支配され、植民地時代の遺産を清算することに力が注がれた。 しかし1980年代後半、新しい軍事政権は「ビルマ式社会主義への道」を終わらせ、特に隣の中国の産業革命に結びついた採掘産業の周りに新しい市場を生み出した。 課税システムと社会サービスは実際には存在しなかった。格差が急拡大し、気候変動と大規模な土地の没収とが相まって、仕事を求めて何百万人もの人々がタイに追いやられた。
高地地方には、国軍の大隊、民兵、少数民族の軍隊などのパッチワーク的配置と並んで、国連が数十億の価値があるとしメタンフェタミン(覚せい剤)・ビジネスを含む、銃を持った男性よりもはるかに豊かな金儲けのネットワークがあった。
過去10年間の政治改革は、経済の構造的変化を伴わなかった。軍隊はビジネスから大きく撤退し※、自由化によって外国との競争が激化し、観光、不動産、通信などの一部の分野では成長が見られた。小さな中産階級が出現したが、ほとんどのミャンマー人は暴力と極度の貧困の淵で暮らし続けた。その中には、高地の農民、土地のない村人、新しい都市のスラム居住者、南アジア系の人々、その他の少数民族が含まれる。2017年のロヒンギャの民族浄化は、規模と残忍さにおいて比類のないものだった。しかし、ミャンマー国家は長い間その国民の多くを失望させてきた。パンデミックに伴う経済ショックは、すでに脆弱な経済を深刻な沈滞に陥れた。これはロックダウンと外国貿易の途絶の結果だった。国の有望な製造業である縫製部門は壊滅的打撃を受けた。昨年10月の国際調査によると、所得の貧困層(1日あたりの収入が1.90ドル未満の人々)は、人口の16%から63%に増加した。国家的な支援はほとんどなかった。
現在、クーデターの余波で、経済は事実上止まっている。ゼネストと軍のインターネット遮断が相まって、金融システムの大部分が封鎖され、月に数十億米ドル相当のビジネスと給与の支払いが中断されている。信用が急落し、中央銀行が必要な流動性を提供することを望まないか、または提供できないため、家族世帯は可能な限り多くの現金を貯めこんでいる。普通の人々が、特にほとんどが土地なしで、完全に日雇い仕事に依存している農村部の貧困層が、これからの数か月でどのように生き抜いていくのか想像するのも困難である。
しかし、ミャンマーのシステムは、過去の軍事政権の下で、また可能な限り最も厳しい西側の制裁の下で育ったものから外れたことがないので、軍政はどんな景気後退にも耐える可能性がある。製造業などの過去10年間の新しいビジネスは衰退し、木材や鉱業などの古いビジネスが新たな地盤を築き、麻薬からマネーロンダリングや野生生物の売買までの高地での違法なビジネスが、今後不安定さが長引くなかで繁栄するであろう。
いずれにしても、国際的な優先事項は、ミャンマーの貧困層や脆弱なコミュニティが生き延びるために必要な支援を確実に受けられるようにすることであり、特に子どもたちの予防接種には注意を払う必要がある。しかし、これは、国民の大多数が切実に望んでいる政府の抜本的な政治的変革の機会を損なわないように、政治的手腕をもって行われなければならない。今日の革命運動は、軍事政権の収入を削減することを目的としており、高い経済的コストを支払うことは厭わない。しかし、移行の成功には数ヶ月ではなく数年かかるのであり、民主的な変革に最も適した経済状況を見極めることが重要である。
独裁に抵抗しなければならないが、民主主義はまだ十分ではない。ここ数カ月の間に、新世代のリーダーたちが登場し、その多くがミャンマー政治の中心にあるエスノ・ナショナリズム(少数民族的民族主義)を否定し、人種、民族、宗教の違いを超えた新たな同盟関係を模索している。これは歓迎すべきことであるだけでなく、将来の成功のためには不可欠なことである。しかし、不平等や低開発の問題にも焦点を当て、現在の弱者を保護すると同時に、明日のより公平な政治経済を再想像し、その周りに動員することが必要である。
※国軍は、日本のヤクザの企業舎弟と同じく、合法的な民間企業に姿を変えて影響力を保持しているので、「撤退」というのは言い過ぎであろう(筆者)。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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