ミャンマー国民の抵抗精神は堅忍不抜、持久戦の様相へ

 世界中の耳目がウクライナ戦争に引き付けられていますが、ミャンマーでも反軍民主派勢力は闘争を果敢に持続させています。都市部の不服従運動、サガイン・マグエ地方の農村部やタイ国境地帯での武装闘争の火は絶えることなく、国軍の攻勢も点と線を維持するだけに終わっています。民主派勢力は国軍派と互角に対峙し、次第に持久戦へと移行しつつあるように見えます。
 ウクライナ戦争は、ヨーロッパのパワーバランス、地政学的な構図を大きく変える可能性を秘めています。追い込まれたロシアは核兵器や化学兵器の使用の可能性をちらつかせおり、世界大戦の導火線にさえなりそうな危うさを感じます。ミャンマーの内戦は、戦争がもたらす危機のスケールにおいてウクライナ危機とは比較にならないとしても、ある種の共通項を見出しうるように思います。闘うミャンマー人にとって、ウクライナ国民に対するロシアに、あるときは国軍の影が重なり、またあるときは巨大な隣国中国の影が重なります。
 ドイツの時事評論雑誌「ドイツおよび国際政治のためのジャーナル」<4月号>に掲載の、「プーチンの描く出口戦略」と題する記事に、次のような一節がありました。
 「プーチンは一種のマフィア国家を主宰しているようだ。腐敗し、独裁的で暴力的で、忠誠のネットワークと領土の主張によって支えられてはいるが、それは人々の意思とは無関係であり、人々が戦わなければならないものなのだ」
 プーチンを国軍最高司令官ミンアウンフラインに置き換えれば、そのままミャンマーにあてはまるのです。ロシア政府とミャンマーの軍事政権とを並べてみると、改めてその相似性の大きさに驚くばかりです。
 第一に、両者とも前身は、社会主義国家でした。ビルマ社会主義は、仏教を実質国是とする奇怪な反共社会主義(!?)でしたが、ソ連邦とは「アジア的専制国家」というべき統治スタイルでよく似ており、とりわけ農民階級からの収奪及び搾取という点で共通していました。ソ連の場合、肥沃な穀倉地帯であるはずのウクライナで、スターリンは穀物の強制徴発をおこなって、およそ餓死者300万人というホロドモールの悲劇を引き起こしました。また「クラーク(富農)の絶滅」や強制移住という恐るべき反人道政策を躊躇なく行使しました。ソ連邦の国旗に描かれた槌(労働者階級)と鎌(農民階級)は、社会主義政権を支える労農同盟を象徴していますが、実際にはソ連邦には農民階級の利益を代表する政党は、エスエル(社会革命党)が消滅してからは存在しなかったのです。農業問題はソ連邦のアキレス腱と言われていましたが、それはそうでしょう、穀物強制徴発から農業集団化を経て独ソ戦にいたるスターリンの圧政は、とりわけウクライナ農民の心に深い傷を負わせ、かれらからあらゆる生産性向上のモチベーションを奪っていったのですから。
 旧ビルマも似たようなものでした。社会主義における国家的所有の名のもとに、農民には土地所有はおろか安定した土地の耕作権すら認められず、ほぼ完全に無権利・没自由の小作人状態に貶められたのです。ソ連邦とビルマに共通する専制体制は、何よりも自由を怖れ、自由を抑圧することによって、国を富ませる原動力をわれとわが手で台無しにしてしまったのです。
 第二に、ロシアは1991年に、ミャンマーは1988年に政権は統治能力を失って、破綻国家になった経験を有しています。破綻国家からの立ち直りの過程を、ロシアでは権威主義的統治が、ミャンマーでは軍部独裁が主導しました。その結果成立した経済体制は、前者はオルガルヒ、後者はクローニーと呼ばれる政商が国家に寄生しつつ、莫大な富を蓄えました。加えてミャンマーでは、国軍系列の二大コングロマリットが経済中枢を制し、いびつな産軍複合体制を形成しています。
 第三に、両国とも資源大国でありつつ、否、天然資源が豊富であるがゆえに経済社会の構造改革がおくれ、典型的な「資源の呪い」状態を呈してきました。両権威主義政権は、貴重な天然資源を独裁体制維持のために浪費し続けてきました。国民の自由を抑圧する限り、創造的な経済的価値の増大は望めないことの例証に両国はなっているのです。
 第四に、ウクライナ戦争とミャンマーの内戦における戦場の様態の相似性です。ロシア軍もミャンマー国軍も、残忍な暴力の行使をいとわない力の信奉者です。残虐な暴力の行使は、軍律からの逸脱というよりは、それ自体を戦術の不可欠の構成要素とする点で一致しています。それぞれの軍隊に国際社会からはジェノサイドの嫌疑がかけられています。現在、ロシア軍も国軍も地上戦の劣勢を挽回すべく無差別の空爆や砲爆撃を行使し、よってもって抵抗する都市や村々の多くは廃墟と化しています。

ミャンマー北西部のザガイン地域の村。国軍の爆撃で焼失した民家の跡(2月)=AP

 両軍とも、その軍事力は戦争と内戦前は世界でも上位にランクされていました。しかし本番での弱さは驚くほど共通していました。それはおそらく軍隊内部での汚職蔓延、大義なき戦闘のための士気低下、軍閥貴族によってかじり取られる軍予算に起因する、軍事訓練の不足と兵士たちの悪待遇などと深く関わり合っているのでしょう。「戦争とは別の手段をもってする政治である」というクラウゼヴィッツの法則を翻案すれば、戦争とは経済戦でもあります。合理的効率的な国家経済の管理が不具合で、イノヴェーションを喚起する自由が社会に不足するとき、兵器体系でも戦術の運用でもその後進性、硬直性はどこかで足を引っ張るでしょう。
 第五に、ロシア軍と国軍に共通する誤算、民意の読み違えで問題です。両者とも、相手にする国民の愛国心や抵抗精神を見くびっていました。民意を無視する統治に慣れた独裁者は、国民の本心がどこにあるかをつかみ損ねます。ミンアウンフラインのボスたる前の独裁者タンシュエは、ソ連に留学して心理戦の軍事技術を学んだ軍人ですし、プーチンもKGBで当然心理謀略の技術を磨いてきた人間です。しかし独裁者というものは、周りをイエスマンで固めるため、民意への感度が極端に鈍くなるのです。この3/27の国軍創立記念日で、ミンアウンライン最高司令官は、国内のあらゆる抵抗勢力を粉砕すると宣言しました。国中を敵に回して、なお勝算ありと強がっているのです。
 しかし現実は現実です。このところ脱走兵や戦死者・戦傷者の急増で大幅な欠員に見舞われているようです。そのため軍事政権は、警察官や消防士を軍事作戦に動員できるようにする警察法を改正しました。また兵員補充のため、公務員(軍人)の定年を60歳から62歳に引き上げました。さらにピュー・ソー・フティーと呼ばれる民兵組織を組織し、軍事訓練を強化しています。しかしながら、そうしたなか国軍にとってショックなのは、オーストラリアが脱走兵の受け入れを表明したことです。現在、多くの国軍将兵が脱走を考えていますが、脱走後の身の安全が保障されていないため、踏み切ることができないでいるといいます。したがって安全に国軍から離脱できるルートが切り拓かれれば、脱走兵が急増することはまちがいありません。影の政府NUGは、世界各国に脱走兵の受け入れを要請しているところだといいます。
 ミャンマーでは、医学部・工学部・国軍士官学校という秀才に拓かれる三つのエリート・コースがあります。毎年士官学校は500名以上の募集をしていますが、昨年度入学志願者はわずか22名だったとのこと(ミャンマー・ナウ4/7)。いかに国軍が国民の信望を失っているかの証拠となっています。

サガイン管区カレイ市の人民防衛隊が寄付金で買った武器の数々/擲弾筒と自動小銃  イラワジ

 こうして、ロシアとミャンマーの相似性を多く指摘できるわけですが、ただし非対称的なのは、ミャンマーの抵抗勢力である人民防衛隊にまったくと言っていいほど武器援助がなされないところです。影の政府たるNUGは、たびたび西側諸国に武器援助を要請しています。民間有志の方々からの寄付は、人道危機状態にある人々の食料や医療援助に優先的に回されています。第一重火器は高額なので、民間の人々からの寄付金では間尺に合わないのです。しかし他国の政府がミャンマー内戦にうっかりかかわりを持てば、ウクライナ戦争の第二戦線を切り拓くことになりかねず、そこまでの危険を西側諸国は冒すわけにはいかないのでしょう。そういうことから、まだしばらくは自力で闘い抜くしかないのです。不服従運動を含む政治闘争と軍事闘争を有機的に組み合わせ、敵を包囲する闘いを進めるしかありません。この試練に耐え抜くかどうか、一国民の運命がかかっています。われわれはミャンマー国民の闘いを孤立させてはならず、可能な限りの援助に力を尽くすべきでしょう。

手製の武器を製造する国民防衛隊のメンバー(2月下旬、マグウェ地域)    日経新聞

国軍から鹵獲した武器の数々                  イラワジ

青年男女に対する人民防衛隊の軍事訓練             イラワジ

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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