ミャンマー/外交と国内統治で、二つの政府つばぜり合い

著者: 野上俊明 のがみ としあき : ちきゅう座会員
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 ミャンマーの現下の状況の特色は、国民統一政府NUGが単なる反政府組織ではなく、併行政府として様々な行政的措置をも講じていることである。こうした二重権力状況の持続は、だれもが想像しなかったことで、世界史上でも極めて珍しいのではなかろうか。もちろん地下政府であることの制約と限界はあろう。しかしそれを償って余りあるのは、国民の全面的な支持・協力とIT技術を使っての通信のネットワークである。そのうえで持続的な武装闘争に必要な根拠地を国境地帯の少数民族組織の協力によって確保していることが大きい。今後はイラワジ河流域の平原地帯の農村部に根拠地を築けるかどうかであるが、率直に言って大きな困難がある。国軍は大部隊をもって、特に抵抗の激しい地域に大部隊を動員、包囲し焦土作戦をとって民主派勢力を壊滅させようとしている(詳しくは後述)。

 いずれにせよ、第二次インドシナ戦争における南ベトナムとは条件が違い、同じような全面戦争にはならないであろう。NUGには全面戦争に入るための後背地―かつての中国やソ連―が欠けており、またなにより戦争遂行に必要な集権的で強力な政党の存在が欠けている。スーチー政権からの民主化の遂行・継続を考えると、人口が集中する都市部での政治闘争の比重が高いと思われるが、弾圧も受けやすいのでそれも容易ではない。二つの政府それぞれが相手を圧倒するだけの力を持たないとすると、どこかの時点で国際的な仲介と交渉の場が設けられるかもしれないが、これから先しばらくは軍事・政治・外交の場での闘いが激化することは不可避であろう。
 そういうなか、NUGは政府としての財政基盤確保のため、国債発行(無利息)を行なった。「春の革命」特別国債と銘打って、第一期分として約2億ドル(228億円)を発行。2月のクーデター以降、反体制活動は主に寄付によって支えられてきた。軍事費を除くと、NUGは、医療、教育、社会的ケア、脱走した軍人や警察官への資金提供など、社会的・人道的支援のために少なくとも8億ドルを集めたいとしている。11月22日の販売開始以来数日で、950万ドル(約10億円)を調達したという。申し込みが殺到したため、銀行業務に支障をきたしたというほどである。
 これに対し軍事政権のスポークスマンは、債権を購入したものには長期の懲役刑を課すとおどしたが、そんなことでひるむような国民ではない、かえって購入運動に火をつけることになるであろう。
 債券の種類は、100$、500$、1000$、5000$であるから、自分の都合に合わせ購入することができる。日本人も参加できるように在日のミャンマー人諸団体が調整中とのこと。詳細が分かり次第、この場を借りて公表する。

<軍事政権、外交的敗北続く>
 10月、アセアン・サミットへミンアウンライン議長が出席を拒否されたのに続き、国連気候変動サミットへの参加も拒否された軍事政権だが、11月8日に行われたアセアン・中国オンライン首脳会議にも出席を拒否された。30周年記念になる会議であり、軍事政権の認知に踏み出したい中国はアセアンの説得を試みたが、シンガポール、マレーシア、インドネシアなどが強硬に反対したため、出席はかなわなかったという。そしてとどめは、11月26日から開催されるアジア欧州会議(ASEM)への出席も拒否されことである。そればかりか、ASEM議長声明としてミャンマー情勢に深い懸念が表明されるということで、軍事政権のいっそうの国際的孤立が深まる見通しとなったのである。
 他方国民統一政府の方であるが、11月23日から開かれた国際環境会議のオンライン国際フォーラムに環境担当閣僚が参加、政府を僭称する地下組織が国際会議に出席など通常ありえないことなので、外交面でもNUGが優位に立ちつつあることが明らかになった。12月に予定されているとされる、国連の代表資格審査委員会でどのような結論が出るであろうか、少なくとも軍事政権に資格が付与されることはありえない見通しになってきた。

<国民統一政府関連の動き>
▼詳細は不明であるが、12月にNUGが全国統一協議会(NUCC- The National Unity Consultative Council)を開催する予定だという。反クーデタ闘争に参加している諸組織がオンラインで一堂に会し、当面する軍事的政治的闘争の政治意思の統一とアクション・プログラムを決定するのであろう。現在、参加メンバーの拡大に鋭意努めているところだという。(NNA ASIA)
▼Radio Free Asiaによれば、激戦の続くザガイン管区ミャウン郡区で、10月女性だけの武装組織が発足したという。名称は「ミャウン女性ゲリラグループ(MWGG)」。メンバーには学生や教員、農業従事者などからなり、武闘訓練に勤しんでいるという。他の人民武装勢力でも女性の参加が目立つが、過酷な軍事訓練に男性同様に耐えている姿が印象的である。かつてアウンサンスーチー氏が、「国軍は性的暴力を武器として使っている」として非難したことがあるが、女性自身が自らを守るために武器を取る決意をしたのである。さらに参加した女子大生が語っていたように、ミャンマー社会における伝統的な女性の地位の低さ、ジェンダー差別を打ち破るという自覚が、彼女たちの背中を後押ししたのである。彼女たちの一部はすでに訓練を終え、実戦配備されているという。
 記事によれば、指導者の1人はMWGGについて「抵抗運動における重要なマイルストーン」とコメント。「女性はクーデター以降、男性と同じ仕事ができることを示してきた」とした上で、「こうした運動は将来的に、ミャンマー人女性にとって平等な社会の誕生に結び付く可能性がある」と述べたとある。アウンサン将軍の独立運動以降の闘いがなしえなかった地平を、いま若い世代の女性たちが拓きつつあるのかもしれない。

 

写真右は、国民のために生命を捧げると決め、イラワジ管区から最初に市民的不服従運動 (CDM) に参加した女子警察官だったイーミャツモンナイ氏。FB
写真左は、サガイン地方のミャウンタウンシップで軍事訓練を受けるミャウン女性ゲリラグループのメンバー RFA

<国軍の弾圧・破壊>
 イラワジ紙(11/25)によれば、ミャンマーの軍事法廷は24日、軍事目標への攻撃に関与したとされる21人に死刑判決を下し、また29人に終身刑を言い渡したという。死刑判決の罪状は、7月、8月に地方行政官、国軍への内通者、街区の行政官などを殺害したというものである。少数民族地域で軍事訓練を受けた青年には終身刑が言い渡された。
 判決を下された者たちは、現在戒厳令が敷かれている郡区の反体制派に属するものだという。当該郡区は、ヤンゴンのラインタヤー、シュエピター、サウスダゴンなどの工業地帯であり、やはり工場労働者の抵抗が激しかったことをうかがわせる。
 Radio Free Asiaによれば、国軍はこの9か月間に39か所の教会を破壊・放火したという。強力な軍隊を有する辺境の少数民族はカレン族やカチン族などであるが、かれらはほとんどがアメリカのバプテスト派やメソジスト派のキリスト教徒である。ビルマ仏教の守護者を自任する国軍にとって、彼らは宗教的にも不倶戴天の敵であり、教会の破壊による精神的ダメージをねらっているのであろう。しかしどうもベトナム戦争と同じ様相を呈し始めている。地上戦ではなかなか勝てないので、砲撃やヘリコブターやジェット戦闘機で空爆する。少数民族地域は一般居住区が脆弱なので、そこを狙ってくるのである。
 

国軍の空襲を受けた教会      同じくタゼー郡区キーコン村   (イラワジ)

 現在国軍が大部隊で作戦を展開しているのは、カヤ―州デモソ郡区、ザガイン州タゼー郡区の二地域である。いずれも地元の抵抗勢力が強力で、国軍は何度も苦杯をなめているところである。イラワジ紙(11/25)によれば、デモソ郡区では11月17日以降、ミャンマー軍の援軍がデモソ~ロイコー・ハイウェイ沿いの村々を無作為に爆撃しており、デモソとカヤ州の州都ロイコーの間の約30の村で数千人の住民が避難しているという。戦闘後、国軍は村人を拘束し、人間の盾として村を出る際に先行して移動したと伝えられている。
 ザガイン管区タゼー郡区では、国軍は4方向すべてから地域を包囲しており、500名の部隊が攻撃命令を待っている状態にあるといわれる。村から逃げ出した人たちはしばらく森の中で過ごさなければならず、親戚や地元の人たちが物資を送ってくれているとのこと。IDP(国内避難民)のためのキャンプを設置することは、軍の標的になってしまうため、実現不可能である。逃げた人の一人は、「村人たちは今、作物を収穫するはずだった。しかし逃げているので、作物の収穫が間に合わない。兵士はいつも水田の中を行進して作物を破壊するんだ」と、吐き捨てるように言ったという。(Myanmar Now 11/26)。国軍は、特に抵抗勢力の強いカヤー州、シャン州、チン州、サガイン管区、マグウェ管区において、民間人の恣意的な殺害、民間人の人間の盾としての使用、住宅地への爆撃、家屋の略奪と焼失などの残虐行為を続けている。

<帝国としての中国の存在>
 ミャンマー中部に位置する古都マンダレー行くと、漢字の看板が林立しており、中国に来たかのような錯覚に襲われる。まちのゼ―(市場)には中国製の豊富な物産、物品が山をなしており、華僑・華人やその親戚、中国からの来訪者を入れると、人口の相当数が中華民族で占められているであろう。そのせいか食文化は旺盛で、ヤンゴンより安くてはるかにうまいものが多いという評判である。
 かつて戦争中、日本の特務機関のトップ―岩畔豪雄だったか藤原岩市だったか失念した―が、マンダレーは戦略上の分水嶺をなしており、マンダレーが敵の手に落ちると、ビルマ全土の支配が瓦解すると警告を鳴らした。その伝で行くと、ミャンマーはすでに中国の帝国支配の傘下に入りつつあるのかもしれない。
 11月23日のイラワジ紙は、「中国資本のバナナ・プランテーションは、ミャンマーでの搾取を助長している」と題して特集を組んでいる。それによると、中国国内でのバナナ需要の高まりに対応して、ラオスやミャンマーでのバナナ・プランテーションの作付面積が急拡大している。「ランド・ガバナンス報告書」では、2019年、中国と国境を接するカチン州では17万ヘクタールの土地がバナナ耕作地に転用されたという。

バナナの収穫作業         イラワジ紙
 東南アジア諸国の中国系プランテーションでは、中国の技術で組織培養されたバナナが栽培され、業者は大儲けしているが、そこには様々な問題があるという。まずは農場で働くミャンマー人労働者の低賃金と劣悪な労働条件。労働者の月収は推定200〜300ドルであるが、夫婦共稼ぎが多い国内移民の場合だと100ドル程度でしかない。地元の住民を雇用するより、何かあっても訴えどころを持たない彼らを雇う方が何かと都合いいという。バナナの運搬は相当な重労働であり、しかも住環境はミャンマー人から見てもひどい。洗面所もシャワー施設もない掘立小屋である。また労働者は農場内での生活を強いられ、日常の生活必需品は中国人経営の店で高い値段で買わされるという。まるで住井すゑの作品にでてくるかつての炭住の生活そのままではないか。労働で搾取され、生活で収奪されるのだ。
 そして一番の問題は、化学物質による汚染である。農薬やシロアリ駆除に用いられる有機リン系殺虫剤のクロルピリホス被害が深刻である。発がん性があり、肺がんを引き起こすという。(筆者はシャン州の柑橘農園を視察したことがあるが、あたり一面農薬で雪をかぶったように真っ白であった)。農薬は土壌を汚染し、地下水や川を汚染し、やがては海洋を汚染する。かつては飲めた川の水ももう飲めないという。かつて社会科の時間に学んだ、植民地におけるプランテーション農場におけるモノカルチャー方式の再現。国際市場の動向に左右され、相場が下落すれば労働者は放り出され、しかも自作のための農地はもう残っていないので、現金がなければ、自分たちを賄う食料も手に入らない。
 イラワジ紙の記者は特集記事の最後をこう結んでいる。
 「中国共産党が掲げる『社会主義』や『共同富裕』というテーマは、国境を越えて浸透していないようで、中国系の農園は労働者の福利厚生に責任を持たず、問題が起きても責任を取ろうとしない。海外に進出した中国企業が、現地の労働者の権利を確保する努力をするようになるのか、それとも抑圧された非人間的な労働条件のシステムが今後も続くのか、注視すべきところである」
 われわれはいま三度(!?)、社会主義とは何かを問い直さなければならないようだ。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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