ミャンマー軍事政権ー縮まる国内外の包囲網(2)

<アセアン会議をめぐって>
 10月26,7日にアセアンASEANの首脳会議が開かれた。アセアンは経済的には比較的順調に成長を続ける新興の地域共同体であり、かつ近年は中国の覇権拡大と米中対立による地政学的緊張がたかまるなか、アジア太平洋地域の各国の接触と対話と利害調整の場としての役割を期待されつつある。しかしながら域内で権威主義的な統治に傾く加盟国が増え、「内政不干渉」や「加盟国の全員一致」という原則に縛られて、ミャンマーのクーデタ・内戦危機のような深刻な紛争に効果的に対処することができないでいる。そのためアセアンとしての政治的イニシアチブの欠如は、アジア太平洋地域全体の安定を損なう要因にすらなりかねないと危惧されている。こうしたなかで、今回の総括的な議長声明でミャンマー危機に対処するには、「内政不干渉」の原則―弱小国にとって強国の介入を防止する盾ともされている―の適用を、「法の支配や統治、民主主義の原則の遵守」とバランスさせる必要があるとして、軍事政権に時間稼ぎを許さず、内戦危機解決にむけて強い縛りをかけようとした。その成否については楽観できないものの、アセアンの閉塞状況を破るものとして注目されている。今後軍事政権側に事態打開に向けた努力がないならば、アセアンからは事実上干され、さらなる窮地に追い込まれることになる。いずれにせよ、アセアンの姿勢転換は、ミャンマーの民主派勢力にとって大いなる励ましとなるであろう。この11月の国連資格委員会で、ミャンマー国の外交的代表権が軍事政権には与えられない見込みも強くなってきたのである。
 また「ソウル聯合ニュース」によれば、米英などの9か国は、アセアンの、軍事政権と民主派勢力との仲介努力を支持する共同声明を発出した。共同声明には、韓国、米英、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、ノルウェー、東チモール、EUが参加したが、日本は案の定不参加だった。日頃西側の共有する価値観などと言い募る日本政府であるが、民主主義とは縁もゆかりもない軍事政権に宥和的な本性をさらけ出したかたちである。

 このところ国民統一政府NUG側の積極的攻勢が目立つ。国際関係でも、国民統一政府の代表者は、サリバン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)と25日オンラインで会談を行なった。いまのところ影の政府に過ぎないNUGであるが、国内で軍事政権の実効支配が揺らぐのと反比例して国際的な認知度は上がっている。既報のように、欧州議会やフランス議会上院はNUGをミャンマーの正式な代表として承認している。
 さらに軍事的な前進があった。Myanmar Now(10/28)によれば、NUG/国防省は全国の軍事作戦を調整するための中央指揮調整委員会を設立し、「指揮系統」‘chain of command’を確立したと発表した。中央指揮調整委員会は、北、南、東、西、中央の5つの司令部と、NUGの防衛省直轄の大隊battalionの活動を調整するという。指揮系統の確立により、非暴力の反クーデタ街頭デモに対する無慈悲な弾圧をきっかけに結成された多数の地方の自主的な抵抗組織を、統一された戦闘部隊に変えることができ、また補給兵站の要求にも応えられるとしている。それに関連するが、先月NUGの計画・財務・投資省は、10億米ドル分(およそ1,140億円分)の国債発行(無利息)を告知している。
 同じくMyanmar Now(10/29)によれば、バゴー管区イェダシェ郡区で、40人以上の行政官が一斉に辞任した。同郡区では武装した民主派の市民が、軍事政権任命の行政官に月末までに辞任するよう迫っていた。ヤンゴンから100キロほど離れた古都バゴーは、4月に国軍によりクーデタに抗議する住民80名以上が殺戮されたところである。

<国軍の軍事作戦拡大と反撃>
 チン州、ザガイン管区やマグウェィ管区の境界地域に国軍部隊が、数千名規模で展開しつつあるとの情報が入っていたが、アセアン首脳会議終了後、さっそく大規模な砲撃が無防備都市に対して行われた。9/29にチン州タンタラン市の中心市街地に国軍がロケット攻撃し、160軒以上の被害を出したが、住民は郊外に避難中であった。またこの攻撃の前日28日には、軍用ヘリでザガイン管区の2郡区が攻撃されたという。
 しかし被害の周辺地域では、さっそく地域住民による抗議行動が行われた。2021反クーデタ国民運動は、1988年反乱と違って都市部だけでなく農村部でも広がりをみせ、しかもかつては反体制運動の空白だった地域で盛んであるという特徴がある。この運動の持続性・耐久性・大衆性(grass-roots)が何に根差すのか、その性格と方向性を見極める意味でも重要であろう。

チン州山岳都市のタンタラン市中心部            Chinland Post FB

タンタラン市中心部の破壊の跡                   Khit Thit Media
  
タンタラン市攻撃への反撃デモ。国際世論に訴えるためでもある英語のプラカード    Khit Thit Multi Media

 
どこでも女性がかなり多いのが特徴である。真っ先に弾圧の対象となる男性は、意識的に引っ込んでいるのであろう
 
10/30 農村部で僧侶も参加。都市攻撃に果敢に反撃のデモンストレーションと集会  Khit Thit Multi Media

第二の都市マンダレーでも         Khit Thit Multi Media

<外資企業の撤退相次ぐ、日系企業はいかに>
 日経新聞10/29は、内戦危機下にあるミャンマーのビジネス状況を概観している。それによれば、欧米外資のミャンマーからの撤退が加速し始めたという。流通大手の独メトロや英ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)につづき、インド財閥のアダニ・グループも港湾開発を断念した。先にノルウェー通信大手のテレノールは7月に携帯事業を1億500万ドル(約120億円)で売却すると発表。クーデタ後に軍事政権当局から通信傍受システムの導入を求められ、人権侵害への加担を懸念して撤退を決めた。しかしテレノールは10月28日、ミャンマー事業の売却について、7月初旬の発表から約4カ月にわたりミャンマー当局の認可が得られていない状態であることを明らかにした。
 キリンビールのキリンホールディングスは、国軍系企業との合弁を解消すると公表したが、合弁契約の破棄交渉は進んでいない模様。ミャンマービールは国民からのボイコット運動の標的となり、大打撃を被っている。その他、国軍と関係を有する日系企業として複数の国際NGOの抗議対象となっているのは、ヤンゴン市内で複合不動産開発事業(Yコンプレックス)を行なう(株)フジタ・東京建物・ホテルオークラなどである。しかも融資には公的な機関であるJBIC(国際協力銀行)やJOINと、三井住友銀行、みずほ銀行などの協調融資が含まれている。さらには公的資金にかかわる限りでは、日本政府の開発事業への監督責任も問われることになる(メコン・ウオッチ―ファクトシート 2021年4月)。

 欧米企業に比べ、圧倒的な数の進出を行なった日系企業。その受け皿となったのが、日本の官民一体で開発したティラワ経済特区である。前述の日経記事によると、円借款で電力・港湾・道路の周辺インフラを整備し、住友商事三菱商事丸紅など日本勢が計49%を出資する「ミャンマー・ジャパン・ティラワ・デベロップメント(MJTD)」が、工業団地を運営する。進出済みの約100社のうち、約半分が日系企業である。現在は政変前と比べて9割近い入居企業が操業しているが、各工場の稼働率は下がっているもようだという。

 日本企業は巨額の投資をしているだけにそう簡単には撤退できないであろうが、それでもクーデタ前とはちがってミャンマー社会の外資企業を見る目は厳しく、国軍との関係の洗い出しや人権重視の姿勢は不可欠になっていると思われる。そもそもティラワ経済特区開発の日本側フィクサーである「日本ミャンマー協会」の渡邉秀央会長が、ミンアウンラインとの親密な関係を誇り、クーデタ以降この9月も来緬して軍事政権高官と協議を重ねているという事実はだけでも、ミャンマー国民の恨みを買いかねない。総じて人権問題や環境問題についての意識の薄い日本政府や企業社会であるだけに、目先の利益にこだわって一つ対処の仕方を間違うと、百年の計を誤つことになる。
 
天然ガスメジャーであるトタールやシェブロンに、軍事政権に収益を渡すなというプラカード Khit Thit Multi Media

<影の外相ジンマーアウン氏との会見>
 NUGのジンマーアウン外相は、内外の通信社とのインタビューを精力的に行なっている。少し前になるが、韓国「ハンギョレ新聞」(5/20)とのインタビューでは、自分は「国際的に国民統一政府NUGが、承認を受けるための努力を最優先にしている」と語っている。ミャンマー側のこの動きに対応して、韓国政府は、さきにNUGの韓国事務所の設立に協力していくと発表して国際社会の注目を集めている。ジンマーアウン外相は、「韓国が民主主義のために戦い、軍部独裁政権下で経験した歳月がある。ミャンマーの状況も同じだ。ミャンマーから軍部勢力が退き、軍部独裁政権から民主主義政権を取り戻すまで、私たちを支持してほしい」と訴えたが、その返答がNUG韓国事務所の設置協力ということであった。
 外相は「ミャンマー・ナウ」とのインタビュー(10/29)では、中国との関係や自分たちの運動内部の弱点に大胆にも触れ、注目すべき発言をしている。
 中国については、以下のように趣旨のことを述べている。つまりミャンマーの混乱と悲劇の根源は、軍部がこの国の政治的リーダーシップを取らなければならないと考えているところにある。軍部がこの考え方に固執する限り、政治的な不安定状態は止むことがないことを中国は理解する必要がある。このことを理解せずにビジネス上の利益だけを考えて行動すれば、不安定さのためビジネスそのものに害があるであろう。しかしこれは中国だけでなく、特に日本政府や企業筋にもあてはまることであろう。
 10/25のジェイク・サリバン米国国家安全保障顧問との会談では、サリバン氏は米国はミャンマー国民の味方であり、この革命とミャンマー国民の闘争におけるNUGの政治的リーダーシップを認めていると語ったそうである。

ジンマーアウン外相は、「ミャンマーの人々は、あらゆる方法で独裁政権に反旗を翻すために武器を取っている。NUGは必要に迫られて人民防衛軍を結成した。これは私たちが望んだ道ではなく、クーデタによって押し付けられた道なのだ」。サリバン氏が『軍事評議会がこれらの違反行為の責任を負っている』と述べたことは、米国がNUGの武装闘争の背景を十分理解していることを示している。そのうえでアメリカが自由と正義と民主主義を求める人々の戦いに、関心を寄せ支持してくれることは、大いなる励ましであるとした。
 そのうえで外相は、ミャンマー国民に向けて次のような重要なメッセージを送っている。
「正直なところ、国民に間違った希望を持ってもらいたくありません。国際社会が私たちの闘いを認め始めたのは、私たち自身が闘いに取り組んでいるからです。私たちが何もせずに誰かの助けを期待していたのでは、誰も私たちの闘いを認めてくれなかったでしょう。ですから、このような時にそのような(他人依存のーN)希望を持ってはいけないのです。この国の政治状況を変えることができるのは、私たち国民だけです。私たちがここまでやってこられたのは、私たち以外の誰にも頼らなかったからです。むろん良き同盟者が必要なのは事実です。味方がいなければ、この戦いに勝つことはできません。だからこそ、偽りの希望を持たずに自分たちで戦い続ける必要があるのです」
 こうしたことを自国民に向って言えるのは、外相自身が不屈の闘いを行なってきたからであろう。こうしたことに私が容喙する権利があるわけではないことを十分わきまえつつ、一言だけ付け加えさせていただきたい。
 私がミャンマーでNLDの活動―といってもほんの一部だが―を見て感じたのは、活動家たちは本来の政治活動、つまり既存の欠陥ある統治システムを変える闘いを組織するよりも、貧者相手の慈善活動に重点を置きがちだということである。ミャンマーのような圧倒的ともいえる仏教的な伝統においては、お布施や慈善行為は信者自身の功徳を積む行為として奨励されている。そのせいか政治活動が仏教的磁場に置かれると、慈善活動の方向にバイアスがかかってしまう。困窮者をして困窮のもととなっている仕組みを理解させ、その仕組みを自ら変える方向に踏み出させるのではなく、手っ取り早くモノ、カネを与えることで一時的な解決を図ることになりがちである。その結果、慈善を受ける者(被抑圧階級)には受動的な依存意識が、慈善を施すものには優越意識を生じさせかねないのだ。まして権威主義的な遺風のなかでは、依存ー優越の関係は牢固として抜きがたいものとなる。
 ジンマーアウン外相は、市民革命のリーダーとして軍部打倒の厳しい闘いで、民主主義と人権の擁護という名においてどのような伝統意識の変革が必要かを提起しているのだ。新自由主義(リバタリアニズム)とはまったく異なる意味内容において、社会連帯の強い絆で結ばれつつ自立自尊の新しい意識が求められているのだ。スーチー氏を筆頭とする旧NLD指導部とはちがった、新しいセンスのリーダーが今生まれつつあるのだろう。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion11450:211102〕