モスクワの茶番ータッカー・カールソン

著者: 藤澤豊 : (ふじさわゆたか):ビジネス傭兵
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古希もとうに過ぎた年金生活者で仕事であくせくすることもなくなった。仕事をやめれば外出することも減って、暇をもてあましてどうしたものかという生活になるだろうと想像していたが、生まれながらの貧乏性であれやこれやと忙しい。知らないで来たことを知るために残り少ない時間をだいじに使わなければと、毎日Webで海外の新聞に目を通している。なんで海外の新聞?と思われる方もいるだろう。簡単な話で、日本のマスコミが伝える内容がつまらないからで、そんなものに時間をさくのがもったいないからだ。

高専のエンジニアリングと数学の詰め込み教育にアップアップしていた劣等生で、二十歳で就職したときは、社会や経済などの体系だった知識など爪楊枝の先っぽほどもなかった。日本語も英語も中学卒業レベルに毛の生えたものだった。十年お世話なった会社に見切りをつけて、新たな経験と知識を求めて転職を繰り返した。転職するたびに必死になって必要とする情報と知識の吸収につとめて来た。三十半ばでアメリカの会社に転職して片足を日本にもう一方をアメリカにおいて、マーケテインングといえば聞こえがいいが問題解決の便利屋として走り回って来た。パチンコの一番下の穴のような立場で、担当者やエライさんが逃げ出してしまったトラブル処理に明け暮れた。日本語と同等とまではいかないにしても英語での情報と知識は必須だった。どちから一方が欠けても仕事にならない。何年やっても、ノンキャリアの宿命で将来の保障は何もない。野球やサッカー選手と似たようなもので、使えないものにならなければ、あるいは将来を見据えて若い人に置き換えると判断されれば即解雇になる。

もう四半世紀になるが、毎日海外の新聞やニュースに目を通して来たこともあって、それなりの知識のかけらぐらいは残ってきたような気がする。そんな薄っぺらい知識から書き上げた駄文が、ちきゅう座に集まっていらっしゃる方々の目に触れるのかと思うと、こうして書いていると手も縮こまる。いくらいきがってみたところで、所詮機械屋くずれの便利屋の走り書きに過ぎないが、多少なりとも参考にして頂けば僥倖。つまらない人生にもささやかな意味があったかと思える日がくるかもしれない。

タッカー・カールソンがプーチンと対談して……というニュースが入ってきたとき、あの情報弱者を煽るだけのタレントがまたかと思った。対談の後も提灯持ちよろしくロシアのプロパガンダを振りまいている。
タッカー・カールソンをジャーナリストだという人もいるが、どう考えても性質の悪いタレントにしか見えない。対談の話しに入る前にタッカー・カールソンと彼がしてきたこととその背景をざっとまとめておく。このまとめでプーチンとの対談が何だったのかなんてのは、ニュースなんか見なくてもおおよその見当はついてしまう。

アメリカは自由の国であるという以上に資本主義の総本山である。日本でもYouTubeやX(ツィッター)を活用した炎上商売で随分騒がしくなってきたが、アメリカ資本主義の主役連中はインフルエンサーとかツイッターで金もうけなんてちゃちなことなんかには目もくれない。個人に炎上商売なんかさせているより、思い切ってそれなりの資本を投下してケーブルネットワーク局を開設して組織で大々的に炎上商売した方が儲かるはずだと思う人がでてくるし、その人に資金を提供するファンドも登場する。そこで大成功を収めているのがFoxニュースで、その立ち位置はアイビーリーグに代表されるインテリやビジネスの世界で禄を食んでいる知識レベルの高い人たちとは真逆にいる人たちをターゲットした番組つくりから分かる。世情に詳しい高学歴のエスタブリッシュメントと情報弱者の田舎のお年寄りを想像してみればいい。

アメリカは八十年代に大量生産を基盤とした経済構造から開発を基盤とした経済構造に移行した。その過程で白人であれば工場労働者(いわゆるLaborと呼ばれる人たち)でも中間階級でいられたのが下層階級に沈んでいった。さらに移民の増加によって白人の人口は過半数を割って、アメリカが多民族多文化社会に急速に移行していくなかで、よきアメリカを胸に秘めた白人連中が高学歴のエスタブリッシュメントに牽引された政治や社会の流れに強い反感を持っている。なかにはトランプのような外れもいるが、ほとんどのエスタブリッシュメントはNew York TimesやWashington PostやWall Street Journalなどのクオリティペーパーに目を通している。
産業構造の変化によって底辺の落ちた白人層は、新しい産業構造を作り上げている、いわゆる教養のある社会層を忌嫌っている。新聞はたとえ読んでいるにしてもローカルのタブロイドまでで、なかには英語の怪しい人たちも多い。アメリカ人はみんな流暢な英語をとなんの疑いもなく思っている人も多いだろうが、識字率をみれば、アメリカ社会が持てる者ともてない者に二分化した傷んだ社会であることがわかる。先の大統領選挙のときに報道されたトランプがアメリカの断絶を招いたというのは事実ではない。

「illiteracy rate in the US」(アメリカの非識字率)と入力してググったら、下記がでてきた。
21%
「Nationwide, on average, 79% of U.S. adults are literate in 2022. 21% of adults in the US are illiterate in 2022. 54% of adults have a literacy below sixth-grade level. 21% of Americans 18 and older are illiterate in 2022.」
機械翻訳すると、
「全米平均で、2022年には米国成人の79%が識字能力を有する。2022年には全米の成人の21%が非識字者である。成人の54%が小学校6年生以下の識字率。2022年には18歳以上のアメリカ人の21%が非識字者である」
ここにトランプを支持する社会層がいる。そしてその社会層をメシの種とするマスコミが存在する。
ちなみに、「日本の識字率」と入力してグルったら、下記がでてきた。
「現在、日本の識字率はほぼ100%と言って良い状況です」
日本にも読み書きが苦しい人たちがいるにはいる。それでも総体をみれば、「ほぼ100%」になる。この日本の状態を常識としてアメリカ社会を見ると、見えるものすら、それなりにしても見るのが難しい。なんでトランプの荒唐無稽な主張に歓喜する人たちがいるんだろうと不思議に思う人たちも多いだろう。見えるものを生み出している社会の状態に気がつかなければ、見えたものすら見えない。

トランプ支持者に、社会問題や経済問題、移民問題……を事実を一つずつ積み上げて、理路整然とした説明しても、まずもって分かろうとしない。日常生活に根差した感情に訴えるプロパンダまでしか聞こうとしない。Foxというケーブルネットワークという巨大な組織に乗っかって炎上商売屋のように「みんなが聞きたいこと、嘘でもデマでもプロパガンダでも構いやしないと口にしてきた一人がタッカー・カールソンだ。
ちょっと後ろにひいて状況を眺めてみれば分かる。歴史ある新聞社や雑誌社や通信社と競合するだけの資金を投入して人材を集めたところで企業としてメシを食ってくのは並大抵のことではない。Foxもタッカー・カールソンも岩盤の組織と突出した人材を擁する伝統的なマスメディアに対抗できない。

常識があれば分かる話を良識ある口調で淡々と述べたのでは、炎上商売はなりたたない。タッカー・カーソンは、ときにはトランプのように荒唐無稽のとんでもないことを表情たっぷりに語る、下層階級向けのゴミタレントに過ぎない。そもそもそんなタレントもどきが政治や経済や軍事……について、海千山千のプーチンと事実を積み上げた議論なんかできるわけがない。
ちょっと想像してみればいい。アメリカの良識を代表する新聞や雑誌、あるいは通信社やテレビ局で活躍しているジャーナリストとの対談をプーチンがすると思うか?タッカー・カールソンなんか、自身のプロパガンダを世界に発信するのに使い勝手のいいパシリだとしか思っちゃいない。

タッカー・カールソンはFox Newsに居られなくなって、新たな生きる場を探して来た。下世話な言い方をすれば、仕官の口を探している。
昨年四月二十五日付けのAP電が、恥知らずが自己防衛に走ったことを伝えている。司法取引をしたようなものと考えて差し支えないだろう。
「Dominion lawsuit revealed Tucker Carlson’s sharp criticism of Fox management」機械翻訳すると下記になる。
「Dominionの訴訟で、Tucker CarlsonのFox経営陣への鋭い批判が明らかになった」
https://apnews.com/article/tucker-carlson-fox-news-dominion-lawsuit-trump-5d6aed4bc7eb1f7a01702ebea86f37a1?user_email=885991de1e0bc543407be9533f0f209b031a7c7d8ec7be89dfefe40606c169e2&utm_medium=Morning_Wire&utm_source=Sailthru&utm_campaign=MorningWire_25April_2023&utm_term=Morning%20Wire%20Subscribers

気になる個所を機械翻訳した。
「ワシントン(AP) – Fox NewsとDominion Voting Systemsの間の7億8750万ドルの和解は、Foxがドナルド・トランプ前大統領の2020年の敗北後の数週間に盗まれた選挙という誤った主張を放送したことを中心とする名誉毀損訴訟において、幹部と放送中のタレントを証言台から免除しました」
「この訴訟では、月曜日に解雇された同局の最高視聴率司会者であるタッカー・カールソンを含め、フォックスのパーソナリティが偽の選挙の主張について発言していたことが、まだたくさん明らかにされている。彼の原因不明の退社により、ドミニオン社がこの訴訟の陪審員選考に向けて公開した数千ページに及ぶ宣誓証言、電子メール、テキストメッセージでの彼の発言にスポットライトが当たっている」
「カールソンのメッセージは、ニュース部門と経営陣を非難し、ドナルド・トランプについてどう感じているかを明らかにし、選挙の嘘に懐疑的であることを示したもので、フォックスの弁護士と会社の創設者ルパート・マードックが会社防衛の一環として彼を取り上げたほどである。この裁判を監督した裁判官は、ドミニオンに関連する選挙の主張がどれも真実でないことは” CRYSTAL clear “であると裁定しました」

<対談で起きたこと>
いくつかのニュースサイトがプーチンとの対談を伝えているが、二月十二日付けのAtlantic Councilの記事だけで十分だろう。
「Putin’s history lecture reveals his dreams of a new Russian Empire」
https://www.atlanticcouncil.org/blogs/ukrainealert/putins-history-lecture-reveals-his-dreams-of-a-new-russian-empire/?mkt_tok=NjU5LVdaWC0wNzUAAAGRQ3Uck3kd8rzUrztkwXGDV6u-jdlucKPMmgd_Xr4zuQXt-l9TST4QrdnLyoRFO4YT8KV_BpTasXnedXp3cj4ixzowzUZgY_LghWKD5HZdx6Bi
表題を機械翻訳すると下記になる。
「プーチンの歴史講義で明らかになった新ロシア帝国の夢」

記事の気になる個所を機械翻訳した。
「ウクライナ戦争に対する西側の認識を覆し、ロシア側の言い分を聞くまたとない機会となった。それどころか、プーチンはこの見世物を乗っ取って、世界一危険なアマチュア歴史家としての地位を強調した」
「カールソンがプーチンに現在進行中の侵攻についてNATOとアメリカを非難するよう誘うという、予想通りの形で始まった。しかし、ロシアの指導者がまったく別のことを考えていたことはすぐに明らかになった」
「カールソンの冒頭の質問を横取りしたプーチンは、ロシアとウクライナの1000年以上にわたる歴史について、今日の戦争の根源を遠い過去にしっかりと見据えた、30分にわたるとりとめのない講義を始めた。彼の核心的なメッセージは冷ややかなほどシンプルだった: ウクライナには存在する権利がなく、歴史的にロシアの土地を取り戻すために侵略戦争を起こすことは完全に正当化される」
「言うまでもなく、プーチンの講演の多くは、ウクライナが何世紀にもわたって記録してきた歴史を都合よく見過ごしながら、長年にわたるロシアの帝国神話を反響させる、まったくナンセンスなものだった。プーチンは伝統的なやり方で、ウクライナを非合法で人工的な国家だと揶揄した。彼はウクライナの独立国家という概念全体を否定し、ポーランド人やローマ法王からオーストリア参謀本部までが関与する反ロシアの陰謀だと呼んだ」
「2年前の本格的な侵攻の前夜、彼はウクライナを “我々自身の歴史、文化、精神的空間の不可分の一部 “と表現した。2022年夏、プーチンは現在の戦争を18世紀のロシア皇帝ピョートル大帝の帝国征服に直接なぞらえ、歴史的にロシアの土地を『返還』すると主張した」

<トランプの手先からプーチンの手先に>
二月十五日のCNN Reliable Sources 「THE INFO WARS」がタッカー・カールソンのさもありなんという醜態を伝えている。タイトルを機械翻訳すれば「情報戦争 CNN信頼できる情報源」になるか。
タッカー・カールソンは「モスクワを一流の都市として紹介した。そして今、彼は一連のプロパガンダ・ビデオを公開し、ロシアがいかに素晴らしいかを紹介している。木曜日に投稿されたビデオでは、カールソンがロシアの地下鉄や食料品店、さらにはファーストフードまでベタ褒めしている」

二月九日付けの「Tucker Carlson in Moscow」と題する記事でWilson Centerは対談を次のように伝えている。
表題を機械翻訳すると、「モスクワのタッカー・カールソン」になる。urlは下記の通り。https://www.wilsoncenter.org/blog-post/tucker-carlson-moscow

「プーチンは、クレムリンに居ながらにして西側の聴衆に語りかける機会を与えられた。アメリカのテレビ司会者タッカー・カールソンは、ロシア大統領とのインタビューを録音し、自身のソーシャルメディアを通じて配信した。ロシアの国営メディアはカールソンのモスクワ訪問を見世物にし、スターリン時代やフルシチョフ時代の西側人物の訪問時にソ連のプロパガンダによって演出されたイベントを彷彿とさせた」
「プーチンは、ウクライナ侵攻を引き起こしかねない差し迫った脅威は何かというカールソンの質問に答える中で、ロシアとウクライナの歴史についての彼のバージョンについて20分間の講義を始めた」
「プーチンは会話の2番目の大きな塊で、もう一つのお気に入りのテーマである西側の裏切りについて掘り下げた。西側諸国がNATOを旧ソ連の支配下にあった国々に拡大しないと約束し、その後拡大するという「1インチも拡大しない」話を繰り返した。この神話は、機密解除された会話記録に基づく学術的研究を含め、何度も否定されてきた。カールソンはプーチンのプレゼンテーションに異議を唱えなかった」
「インタビューの第3部は、ロシアの対ウクライナ戦争に関するプーチンの説明を中心に展開された。プーチンは、ロシアは西側に支配されたウクライナが仕掛けた戦争を止めようとしているのだと繰り返した」
「カールソンの旅程は、空港への到着からボリショイ劇場の『スパルタクス』への出席、朝食に至るまで、ロシアのマスコミで大きく取り上げられた。彼の動きのビデオ映像は、国営通信社『タス』のフィードを含むあらゆる場所で公開された」
「ロシアの主要国営テレビ局であるチャンネル・ワンは、”タッカーの3日間 “と題した特別ドキュメンタリー・シリーズを発表した」
記事をみるかぎり、タッカー・カールソンはプーチンの犬となる試験に合格したように見えるし、プーチンは初見で犬を使い切ったようにみえる。

<モンゴルの元大統領の嘲笑>
Business Insiderが二月一三日付けのニュースによると、タッカー・カールソンとプーチンの茶番を見た元モンゴルの大統領が、プーチンを一笑に付した。
「Mongolia’s former president mocks Putin with a map showing how big the Mongol empire used to be, and how small Russia was」
「モンゴルの元大統領が、モンゴル帝国の大きさとロシアの小ささを示す地図でプーチンを嘲笑した」
https://www.businessinsider.in/politics/world/news/mongolias-former-president-mocks-putin-with-a-map-showing-how-big-the-mongol-empire-used-to-be-and-how-small-russia-was/articleshow/107634467.cms

「プーチンは、ウクライナがロシアの一部であることを主張し、戦争を正当化するために、歴史的な国境線に頼ってきた」
「モンゴルの元大統領は、ロシアの一部を含むモンゴル帝国の地図を公開した」
「モンゴル帝国がかつて現在のロシアの一部を支配していたことを示す地図を共有した」
「元大統領エルベグドルジは『プーチンの話の後 モンゴルの歴史地図を見つけました。心配しないでください。我々は平和で自由な国だ』と語った。
「地図には十五世紀のロシアがいかに小さかったかも示している」

Webで見る限りBusiness Insiderの記事では地図が表示されていない。
下記記事に地図が表示されている。
「モンゴル元大統領がモンゴル帝国の地図を投稿 プーチン氏へ皮肉か」
https://www.asahi.com/articles/ASS2F5CVHS2FUHBI028.html
浪間新太2024年2月13日 18時00分

p.s.
<ご参考>
「本をPDF+OCRにする」
https://chikyuza.net/archives/125300
植民国家ロシア大公国の歴史について書いてある。

<予告>
おそらく一月ほど後なりますが、下記を投稿させて頂く予定でいます。
「ヨーロッパ人の源郷はウクライナ」
昨年十月十九日に掲載して頂いた「アイスマンとエスノセントリズム」につづくものです。
次世代シークエンサーの活用で微量なDNAからでも古人類の系統を詳しく解析できるようになりました。解析結果は驚くべきもので、現在のヨーロッパ人の先祖は、ウクライナを中心としたヤムナヤ文化の担い手だった狩猟採集集団です。その集団から東西に進出する集団にわかれ、五〇〇〇年前頃からヨーロッパに進出して先住のアナトリア系の農耕民(アイスマン)を排除したことから始まっています。ヨーロッパ人のルーツはウクライナだった。
2024/2/25 初稿
2024/4/9 改版
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion13649:240409〕