安倍首相が19日、ヨーロッパに向けて旅立った。訪問先はドイツ、フランス、ベルギー、イタリアの4か国。今、欧州連合は経済だけでなく、統治の面でも危機に直面している。この危機が顕在化したのは昨年、英国が欧州連合離脱を決めた時だった。この時、マスメディアの報道では概ねイスラム系移民の流入に対する危機感から、英国が欧州連合離脱を決めた、という論調が伝えられた。さらに、フランスなど大陸諸国でも反ムスリム移民という観点から極右政党の伸長が報じられてきた。欧州各地の極右政党はナショナリズムを掲げるという点で安倍首相に近い。だから一見、安倍首相は欧州の現在のトレンドと同調しているように見る人もいるかもしれない。
しかし、それは一面の見方ではないか、と私は思う。英国やフランスで欧州連合に反対する人が増えている理由は欧州連合が移民の流入につながるから、という単純な理由ではない。その底には欧州連合という統治機構自体への不信感と構造的問題が露呈して腐臭を放っていることがある。欧州連合の腐臭とはブリュッセルに存在する欧州委員会など、欧州連合の最高意思を決める組織が腐敗している、ということである。
それを最も先鋭にあらわした事件が2004年から2014年まで欧州委員会の委員長だったジョゼ・マヌエル・バローゾ氏が去年、アメリカの巨大金融機関、ゴールドマンサックスの重要なポストに天下りしたことだった。
欧州委員会の委員長という立場は実質的に欧州連合の政治的なトップを意味する。その立場にあった人間がアメリカに魂を売り飛ばした・・・多くの欧州人はそう感じたに違いない。ゴールドマンサックスはホワイトハウスに歴代、財務長官その他、数多くの重要なポストに人材を送り込んできた金融機関であり、国策金融機関と言っても過言ではない。欧州通貨危機を呼び起こしたギリシアに帳簿をごまかして欧州連合入りできるように知恵を与えたのもゴールドマンサックスだった。このように今日の欧州の危機の原因を作った企業に、よりによって欧州政治のトップが天下りしたのである。しかも、2009年のリーマンショック以後、欧州連合にとって最も重要な統治上のテーマこそ、金融規制の強化にあったのだ。そうした状況で、欧州連合の金融規制の緩和を求めている外国の金融機関に天下りするのか、ということなのである。
実を言えば欧州委員会や欧州議会の要人が規制すべき企業に天下りしたケースは多数ある。金融だけでなく、医療や食品、環境など重要な分野に産業ロビイスト達が入り込んでロビー活動を行い、さらに天下りを仕掛けている。欧州連合のロビイストを監視しているCorporate Europe Observatory(NGO)によると、金融産業のロビイストだけでブリュッセルになんと1700人も存在しているのだ。もちろん、他の産業のロビイストも暗躍している。
※欧州連合の天下りの実情をまとめたのがコレだ!
https://corporateeurope.org/revolvingdoorwatch
欧州では天下りと言わず(「天下り」とはそもそも日本の神話から取られた言葉だ)、「RevolvingDoor=回転ドア」と呼んでいる。欧州連合の行政機構に精通する人間が企業に天下りして、ロビイの指南をするであろうケースがうかがえる。ロビイ企業に天下りする人間までいるのだ。
たとえばCorporate Europe Observatoryの上の天下りリストによるとドイツ人で欧州中央銀行で総裁への金融アドバイザーを担当したChristian Thimannは退官後にフランスの大手保険・金融グループであるAXA(アクサ)の幹部となった。AXAにとっては欧州中央銀行に人脈ができ、その政策の内幕を知ることはメリットとなることである。英国人で23年に渡って欧州議員だったBrian Simpsonは後にロビイスト企業のHume Brophyから高級コンサルタントとして雇われている。配属はブリュッセルということだから引き続き、欧州連合の本拠地で今度はロビイ活動を行う側に回ったといことであろう。他にも多数報告されている。
要するに、欧州人たちの胸にあるものは、自分たちが選挙で選んだわけでもない人間たちが欧州連合の政治の最高の意思を構成していて、その重要な責務を担うべき人間たちが天下りしていることに対する憤りと絶望感なのである。権力に近しい人間と企業にばかり美味しい政策が行われ、様々な便宜や特例措置が取られる・・・こうした事態にデモクラシーを生んだ欧州人たちはデモクラシーの危機と受け止めているわけである。そう、天下りは民主主義に対する破壊活動なのだ。
こう見ると、日本とて例外ではないことがわかる。今、日本で大きな話題になっている森友学園への行政側の便宜は誰の指示だったのか。国家戦略特区で事業参入する企業はどう選ばれているのか。そして、今、さらに問題になっているのが文科省OBの大学への天下りである。なぜ、大学が文科省の官僚を受け入れるのか、文藝春秋は河野太郎自民党行革推進本部長の言葉をこう伝えている。
<河野氏の回答は、ずばり「お金」。文科省が配分する、年間1兆円を超える大学への「運営費交付金」の存在が、大学における文科省官僚の価値を高めている。さらに、大学間で競わせる競争的資金の導入が近年加速するにしたがって、「補助金を配分する評価基準」を知る文科省職員は重宝がられているという。>
いつしか国家の~国民の~リソースが一部の官僚や政治家、彼らを取り巻く経済人らによって、親しい関係者に切り売りされているかのようである。これで思い出されるのは1990年代のロシアだ。国家の資産は次々とマフィアや大富豪(オリガルヒ)に切り売りされて富める者はますます富んで行った。行政の最高責任者である安倍首相は愛国者であるなら、今回の諸問題でも隠さず堂々と国会で参考人招致や証人喚問を行って、この大きな問題に自らメスを入れるべきだ。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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