リーマンショックの再来か ―なにか不気味な株価下落―

 11年8月4日にニューヨーク証券取引所のダウ工業株30種平均株価が512ドル下げた。4日から5日にかけて世界的な株価下落と債券市場の混乱が起こった。
4日の欧米株価は平均4%から5%台の下落である。米国株式はダウ30種平均、S&P500、ナスダックとも今年の年初からの上昇分をこの数週間で失った。4日のヨーロッパ市場では18カ国全ての株価指数が下落した。

《世界的な株価下落・債券市場は「国債バブル」のツケ》
 世界の株価水準を示す「MSCI世界指数」は11年5月の高値から12%下落している。8月5日の日経平均は359円30銭下落して、9299円88銭で引けた。ただリーマンショック後の最安値である7054円98銭(09年3月10日)、東日本大震災後の安値8605円15銭(11年3月15日)に比べて、それぞれ30%、8%程度は上回る水準である。
5日には、上海、香港、ソウルなどのアジア株式市場も急落している。「MSCIアジアAPEX指数」(4日)は前日比-4.42%となった。アジア新興国も、今のところ「デカップリング」を理由にした白馬の騎士にはなれそうもない。

債券市場では8月4日にはイタリアとスペインの国債が売られた。
ポルトガル国債、アイルランド国債は既に10%台の利回りであるが、イタリア債、スペイン債も6%台に上昇している(国債の価格は下落)。欧州中央銀行(ECB)の買い入れている国債にイタリア、スペインが含まれているかについて情報が錯綜している。 米国株は安いのに、米国国債は買われている。二年物国債の利回りは4日に0.26%と過去の最低水準をつけた。これを市場では「質への逃避」flight to quality と呼ぶ。「債務不履行」の恐れがある国の「借用証文」が「良質な投資対象」という常識は理解出来ない。しかし市場はそういう約束で動いているのである。 ゛

《米経済見通し難と欧州財政不安》
 今回の下げには二つの理由が言われている。
一つはアメリカ実体経済の先行き不安、二つはヨーロッパ共同体加盟国の財政危機である。両方とも、危機対策は済んだばかりだと私は思っていた。対策が弥縫策であることは衆目の一致するところではある。「今後は財政赤字を減らすから当面の借金ワクを増やせ」という矛盾したテーゼの与野党妥協である。EUも無理を重ねた際どい妥協策である。それにしても破綻が早すぎる。カギをかけた途端に泥棒が入ったようなものである。

少し専門的になるが、二つの重要な指標の急変が気になっている。
一つは、シカゴ・オプション取引所が発表するボラティリティ指数(VIX)の動きである。株価の予想変動率の指標とされる。それが8月4日に、07年2月以来最大となる35%上昇して31.66をつけた。経験的にはこの指数の急変動は相場の荒れ模様を予想させる。アメリカの実体経済に悪材料が続出する兆候であるのか、そこまで行かぬまでも悪材料に敏感な市場心理が続く兆候ではあろう。
二つは、イタリア国債のクレジット・デフオルト・スワップ(CDS)のスプレッドが18ベーシスポイント(bpの略。1bp=0.01%)上昇して384bpと過去最高を記録したことだ。スプレッドとは国債の保有に伴う投資元本回収のために支払う保証料率のようなものである。元利支払本保証は国債の本来的属性だが不履行のケースを考えた保険的契約が成りたつのである。具体的な懸念はイタリア、スペインの大手金融機関が保有する自国国債の値下がりによる資産の劣化、それに起因する金融市場での資金繰りの悪化である。それが経営破綻につながる可能性も否定できない。

《イタリアとスベインの銀行は》
 『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』紙(8月5日東京発行)によれば、イタリアの大手銀行 UniCreditやBanca Intesa、スベインのBBVA、Santanderなどは自己資本を超えるか、それに近い金額の国債を保有しており日々の時価の低下に憂慮しているという。サブブライム・ローンが民間製の毒入り菓子だったとすれば、国債は何というべきであろうか。

本稿執筆のために収集した資料のなかに、今後の見通しが専門家から述べられている。しかしその多くは「当面この趨勢が続こう」というものである。殆ど見透しとは言い得ない表現を手を変え品を変えているに過ぎない。読者は専門家の見通しをしっかりと聞いた方が良い。「当面この趨勢が続こう」以上のことをいうケースは殆どない。

経済情報誌「ブルムバーグ」(8月1日電子版)が、ゴールドマン・サックスのエコノミスト、ディルク・シューマッハーに取材している。氏は、「真の回復プロセス」とは、ギリシャのような周辺国に雇用市場の抜本的な改革を通じて潜在成長率押し上げる求めると指摘している。同氏は「周辺国の長期的な成長見通しと債務の持続可能性を評価しようとすれば、構造改革が重要な材料になる」とした上で、ドイツなどの過去の経験から見ても、恩恵が目に見えるまでにしばらく時間がかかるとしても、改革は十分報われることが分かる」との見方を示している。つまり市場原理主義の貫徹が良い結果をもたらすという論理である。

《福島を抱えた我々の立ち位置はどこに》
 福島原発事故は、「高度成長」路線の帰結である。市場原理主義の応用でもある。対米従属の結果でもある。「為替介入」の是非といった目先の議論を超えた、途方もない「パラダイムの転換」を時間をかけて考え抜く時代に我々は入っているのである。原発と株価は決して無関係ではない。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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