ロシアの政治学者、プーチンを代弁する――納得しがたいその論理

 12月8日、NHKインタビューに答えて、ロシアを代表する国際政治学者だというドミトリー・トレーニンという人物が、多少婉曲的にプーチン大統領擁護の言説を張っているので、以下何点か素人の疑問を呈したい。
――プーチンは、国家存亡に問われる賭けに出ている。
疑問:客観的に危機がプーチン・ロシアに襲いかかったわけではなかろう。そういう危機をつくり出したのは、プーチン大統領自身だ。冒険主義的な侵略戦争の落とし前をつけるよう、存亡の危機に追い込まれているのは、ロシアというよりプーチンとプーチンがつくった警察国家ではないのか。ナチスのヒトラーがそうであったように、自分の野望の敗北に、国民、いや人類を道連れにすることも厭わないだろう。
――ロシアと欧米の関係は完全に崩壊した。
疑問:ヨーロッパの側に非は全くないとは言わないが、崩壊させたのはウクライナ戦争を起こしたプーチンである。宣戦布告なき侵略戦争に訴えて、力による一方的な解決を図ろうとしたのは、100%プーチンである。
――これはロシアとアメリカの代理戦争だ。
疑問:既視感のある光景だ。ベトナム戦争当時、これは東西超大国の代理戦争だという言説が、左翼を自称する人々からもなされたこと思い出した。ベトナム戦争の本筋は、アメリカとその同盟国の帝国主義的な侵略戦争に対し、独立主権国家としての存立を戦い取るべく行われた解放戦争だった。ウクライナ戦争においても、ウクライナはアメリカやNATOの代理人ではない。ロシアの侵略に対する、ウクライナ国民の領土と主権を守る戦いが、ウクライナ戦争の本質なのだ。
――ロシアが敗北すればすべてが失われ、現在のロシアは存在しなくなる。
疑問:その通りである。ロシアがなくなるのではなく、プーチン独裁体制が滅ぶのである。プーチンは伝統的な西欧に対する被害者意識と、誇大妄想的な帝国覇権の歴史観にもとづき、誤った賭けに出た。歴代ツァ―リとスターリンの野望を偉大なる模範として追認しようとした。時代錯誤の野望を達成するためにき、禁じ手とされてきた核の脅しをちらつかせている。それだけでも人類の敵、人道に対する挑発として断罪されるべきであろう。
――およそ戦後80年にして初めてロシア人は、国益のために命を犠牲にする必要性に直面した。
疑問:政治学者を名乗るのであれば、国益について納得できる説明を行なうべきであろう。国際法理からいっても、戦争の実相からいっても、ロシア国民の利益になる戦争ではない。黙っていれば、ロシア国民はプーチンの冒険主義の犠牲になるだけである。
――もはや欧米モデルでなく、ロシアは別の道を進むしかない。
疑問:孤立と破滅の道に進まないよう願うばかりである。国民の自由と幸福の道を選択するのが、国際社会が到達した普遍的な原則なのだ。そこには西も東もないのである。

 12/9おなじNHKが、本年度のノーベル平和賞を受賞したロシア人権組織「メモリアル」の幹部オレグ・オルロフ氏のインタビューを載せている。表題は「ロシアの病とは?」―プーチンのロシア社会にはびこる無関心。
 オルロフ氏によれば、プーチンの独裁体制が確立する2000年以降は、ロシアの日常生活は「無関心」が支配。当局の脅し文句である「自分の世界にいなさい」が象徴的だが、当局は人々が他人に関心を向けることを恐怖でもって抑えつける。その結果人々には自分たちは何もできないという無力感に陥ってしまっている。オルロフ氏は、それは大きな悲劇でロシア社会の病気だと言えるという。
 しかし無力感は支配者にとって好都合とばかりとは限らない。今回の戦争で露呈した、ロシア軍兵器の技術水準の低さ、兵士たちの士気(モラール)の低さ、戦術の拙劣さ等は、無力感が人々から活力を奪い、社会の停滞をもたらした結果といえるのではないか。さらに独裁者を美化する歴史の偽造の結果、人々が自分たちの歴史について考え議論し、本当の意味で誇りを見出す機会を奪うことによって、愚民化してしまう結果になる。まさしく福沢諭吉が喝破したように、「愚民の上に苛政あり」という悲劇的状況になる。
 オルロフ氏は、抵抗する若者たち、ロシアの将来を見切った若者たちの多くが国外へ脱出しているという。無力さの蔓延と有為の青年たちの流出は、確実にロシアという国から国力を奪い去っていく。いずれにせよ思う、つい先日筆者が述べたことだが、市民社会と市民意識を意識的に育てる努力がいかに大切なのか、もって我々も他山の石とすべきであろう。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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