ロムニー候補を縛る米共和党の右旋回 -アメリカも「決められない」政治へ-

米フロリダ州タンパで開かれていた共和党全国大会は8月30日夜(日本時間31日午前)、共和党大統領候補に正式指名されたミット・ロムニー前マサチューセッツ州知事(65)が指名受諾演説を行って閉幕した。一方の米民主党も9月4日から3日間、ノースカロライナ州シャーロッテでオバマ大統領の再選を目指して全国大会を開く。2012年米大統領選挙はいよいよ11月6日の投票日まで約2カ月間「修羅の時」を迎える。

共和党全国大会の直前に発表された米ABCテレビの世論調査によると、47%の支持率を得たロムニー候補は過去5カ月間で初めて46%のオバマ大統領をリードした。この世論調査対象者は1000人強、僅か1%は誤差の範囲内だが、それでも初めてのリードで、ロムニー氏はじめフロリダ州の全国大会に集まった5万人の共和党員は大いに気を良くしたようだ。

今回の全国大会をふりかえってみると、共和党の右旋回が特徴的だ。もともとロムニー氏は共和党内では穏健派、つまり中道派と見なされていた。今年1月から5月まで展開された全米各州での予備選挙や党員集会を通じて、ロムニー氏はロン・ポール下院議員、ギングリッチ元下院議長、サントラム元上院議員、ペリー・テキサス州知事ら名うての保守派の挑戦を受けて苦戦しながらも、最終的には勝ち残った。共和党穏健派は1980年代のレーガン時代には主流派だったが、今ではティーパーティー(茶会)などの超保守派に押されている。

「茶会」とは、前回2008年大統領選で米国史上初めて黒人のバラク・オバマ氏が大統領に選出されたことを「アメリカの恥」と考える超保守派が始めた運動だ。アメリカ独立戦争のさきがけとなった1773年ボストン港でのティーパーティー事件の名を借りている。当時の宗主国イギリスが植民地アメリカに重税を課すことに抗議して、志士たちがインド産紅茶の袋を輸送船からボストン港に投げ捨てた故事、すなわちティーパーティー(お茶の葉っぱを海水に浸した)ことから、アメリカの対英独立闘争が始まったという訳だ。

現代のティーパーティーの眼目は「小さい政府」を実現することだ。政府のやるべきことは外交・安全保障、通貨、治安など独立国家を維持するために必要な最低限の業務のみで、国家予算はできるだけ小規模に、税金は最低限にという主張だ。治安維持のために必要な規制以外は、市民の生活に対する政府の規制は一切すべきでないと主張する。

オバマ大統領が2010年3月、共和党の反対を押し切って公約の医療保険改革法を成立させたことは、国際的にはアメリカ社会の画期的な進歩と評価された。しかし「茶会」は医療保険に加入するかどうかは個人の問題で政府が介入すべきことではないと主張する。今回の全国大会で採択された共和党の政治綱領、つまりロムニー候補の選挙公約は、この医療保険改革法(オバマ・ケア)の廃棄を盛り込んだ。ロムニー候補は指名受諾演説で、大統領に当選すれば就任初日に同法を撤廃すると大見得を切り、大喝采を浴びた。

共和党といえば、GOP(Grand Old Party)と呼ばれ、1854年に「連邦党」の名前で創立された歴史の古い政党だ。奴隷解放のため南北戦争を戦い抜き、そのために暗殺されたリンカーン大統領がリーダーだったという、由緒ある政党である。かつては「大きなテント」の別称を持ち、多様な支持層がその下に共存する政党だった。それが今や「茶会」のような超保守派に引っ張られ、穏健派とみなされてきたロムニー氏までもがなびいている。今回の共和党全国大会の最終日にロムニー候補を紹介したルビオ・フロリダ州知事は「茶会」の活動家であり、ロムニー氏が副大統領候補に選んだポール・ライアン下院予算委員長(42)も「茶会」系の若手有力者だ。

このように右傾化した共和党とリベラルな民主党との対立が深刻化した結果、アメリカでも「決められない政治」の局面が目立つようになっている。リーマン・ショックの後遺症でアメリカも深刻な財政赤字に苦しんでいるが、そのあおりで米議会は行政府に国債発行を制限しようと動き出した。債務に上限を設けることは民主、共和両党とも原則的に同意しているが、厳しい上限をはめられた行政府はカネ詰まりに苦しみ、歳出の執行ができなくなった。そこで議会は2011年8月に債務の上限引き上げ法案を何とか可決、アメリカ国債のデフォルト(債務不履行)の危機は辛うじて回避された。

債務上限の引き上げに伴い、議会では10年間で財政赤字を1兆ドル削減することを決めた。さらに超党派議員による「特別委員会」が2011年11月23日の期限までに1兆2000億ドル超の追加赤字削減策を協議することが合意された。しかしその後の協議で民主党が富裕層向けの増税を中心にした赤字削減策を主張したのに対し、共和党は社会保障関係費の大幅カットを主張。2012年大統領選挙を控えて、両党はそれぞれの主張を譲らないまま「特別委員会」は11月21日、超党派の合意を断念したことを発表した。

アメリカ議会における両党の対立は日常茶飯事だが、国家の重大事には超党派の話し合いが粘り強く進められて妥協解決を図るのがこれまでの常態であった。アメリカでは「超党派(bipartisan)」という政治用語が日常語になっている。その超党派の話し合いによる妥協ができにくくなっている訳だ。「茶会旋風」が吹き荒れた2010年の中間選挙で野党の共和党が下院を制し、与党民主党が辛うじて多数派を守った上院との「ねじれ議会」になったことが妥協を難しくしている。

右傾化の流れの中で共和党穏健派の長老議員が次々に引退に追い込まれていることも、超党派の話し合いを困難にしているようだ。また共和党を支持する保守派はさまざまだ。「小さい政府」を掲げる「茶会」系の超保守派、人口妊娠中絶や同性結婚に絶対反対を唱える宗教保守派(カトリック系とプロテスタントのアメリカ福音派)、政府が個人の生活に介入することを一切拒否するリベルタン派等々である。11月の大統領選挙でオバマ氏とロムニー氏のどちらが勝とうと、アメリカ社会の分極化現象はさらに募るのではあるまいか。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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