ローソク革命の源流をたずねて(1)

韓国通信NO554

韓国のローソクデモとその後の社会変化は驚くばかりだ。昨年10月、益子の陶板美術館「朝露館」でローソク市民革命について話をする機会があった。やはり話題は日韓の市民運動の違いに関心が集まった。何故日本とこうも違うのか。話をしながら私自身もっともっと韓国のことを学ぶべきだと痛感した。
ローソクデモに毎週100万人が集まっただけでも驚くが、人数の問題もさることながら日本と韓国の市民社会は根本的な違いがあるようだ。
私の力に余る難問だがその謎解きに挑戦したい。「ローソク革命の源流」をたずねるシリーズ第一回は、源流として真っ先に思い浮かんだ東学農民戦争をとりあげる。

<私と東学農民戦争とのかかわり>
一昨年大邱から全州(チョンジュ)、井邑(チョンウプ)、木浦(モッポ)を旅した。それを「全琫準を追いかけて」シリーズとして「通信」で発表した。日清戦争直前の東学党農民による蜂起(1894年)。地方役人の苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)に抗した蜂起は全国に野火のように広がり、全羅道首都、全州城の占拠に及んだ。頼まれもしないその後の日本の軍事介入は農民軍を「悉(ことごと)く殺戮」(皆殺し)せよという苛烈を極めたものだった。
一次蜂起と二次蜂起を含めて農民側の死者は3万人から5万人と推定されている。日清戦争の死者日本側2万人、清国側3万人と比べても農民の虐殺は甚大だった。これに比して近代兵器を持った日本正規軍の戦死者は皆無に等しかったといわれる。農民軍の総大将は緑豆(ノクト)将軍と現在でも敬愛を集める全琫準である。

旅では各地の博物館や記念碑、遺跡をたずねた。一週間あまりの旅が終わる9月末、韓国の鉄道労組が数年ぶりにゼネストに突入し、業績給を導入する賃金制度の撤廃を求めた。今から思うと翌月から始まったローソクデモの信号弾だった。
ローソクデモには全羅道の農民たちが耕運機などを連ね、「東学党全琫準」の旗を掲げて参加した。東学農民精神が今でも生きているのを強く感じた。東学農民たちの抵抗運動が韓国の現代社会に与えた影響の大きさは、韓国文学史上最高傑作といわれる朴景利の『土地』からも読み取れる。農民戦争が始まった時期に朝鮮を訪れたイサベラ・バードの『朝鮮紀行』-英国婦人の見た李朝末期―にも混乱した社会の描写とともに東学党の動静が随所に記されている。

日本の歴史書では日清戦争の前哨戦として農民戦争が語られるがその実態はあまり知られていない。韓国の官軍との共同行動とはいえ、日本軍による農民大虐殺は韓国の歴史では大事件として記憶されている。
最近、退職したあるサラリーマンが東学農民戦争の研究書を出版したことを知った。それも300頁にも及ぶ大作である。

<『全羅の野火「東学農民戦争」探訪』>
著者は東学農民戦争を韓国と日本双方の資料を読み解きながら実像に迫った。多くの韓国の研究者と交流を重ねながら自力で韓国各地を訪ね歩いた。研究は隣国に対する愛情と知的探求心に溢れたもので、苦労しながらも楽しんでいるようにも見える。目的地での苦労話や現地の人たちとの会話もこと細かに記されている。東学に関心がある人には研究書として、また旅行ガイドブックとしても刺激に溢れている。私にとって韓国旅行必携の書となった。
著者の高橋邦輔氏は1937年大邱生まれ。本人も語るように、研究者ではない一市民が頭と足を使った「研究」を本にまとめた稀有な一冊だ。手づくりの地図、貴重な資料のコピー、訪問先の写真が多用されているので親しみやすく読みやすい。

ひたすら歴史を明らかにしようとする一念とともに、農民戦争へのアプローチは客観性を重視する姿勢が貫かれている。あくまでも文献と地図を片手に実地検証をする「研究者」の姿である。
私の「全琫準を追いかけて」の旅行はたった一回だけ。高橋氏の足元に及ばないが、著者と同じ場所で同じものを見、同じ人に出会っているのもうれしい発見だった。

【写真/古阜(こぶ)の無名東学農民慰霊塔/筆者(小原)撮影】

古阜の「無名東学農民軍慰霊塔」の作者(金運成氏)が最近慰安婦問題で話題となった「少女像」の制作者だったことを知りインタビューを行い、少女像の設置問題、朴裕河の『帝国の慰安婦』にも言及する。著者は過去の歴史を探訪するだけでなく現在の日韓関係にも触れる「生きた」韓国研究者でもある。
東学は人間平等と後天開闢(こうてんかいびゃく)を基にする韓国独自の宗教である。それが当時の農民たちにどう受け入れられたのか。実際に農民戦争に参加した農民たちが武力抵抗をどのようにとらえていたのか知りたいところだが本書ではあまり触れられていない。

「東学農民戦争」に対して「東学農民革命」という表現がある。後者はその後の義兵闘争、3.1独立運動、4.3済州島蜂起、4.29学生革命、光州事件、1987民主化宣言、さらには今回のローソク革命につながる一連の民衆運動史の起点として考える立場である。『東学農民戦争と日本』(中塚明 他、高文研)、『近代朝鮮と日本』(趙景達、岩波新書)などをあわせて読むなら、東学農民戦争全体の輪郭の中で本書がさらに価値あるものと理解されるに違いない。

『全羅の野火「東学農民戦争」探訪』 社会評論社  定価2300円+税

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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