5月3日は憲法記念日。今年もほとんどの新聞が特集を組み、憲法改正に関する世論調査結果を伝え、それぞれの社の立場を社説で論じていた。ただ昨年までと違って今回は、憲法96条の問題が新たに議論の焦点に加わっていた。
昨年暮れ、政権に復帰した自民党の安倍晋三首相の再登場で、憲法改正がにわかに現実味を帯びている。しかし一連の報道や論調が節目の時期の憲法問題報道として十分かとなると、強い不満が残る。
分析欠いた無意味な数字
憲法改正の発議要件を緩和しようという96条改正は、安倍首相が悲願とする憲法改正への突破口らしい。当初、憲法改正は夏の参院選後の課題と見られていたが、首相が96条問題を参院選の争点にする意向を示唆したことで、新聞の紙面でも急に取りざたされるようになった。ただ96条改正への世論の支持は、首相や自民党が期待するほど強くはなく、5月に入って、96条改正への掛け声もやや湿りがちになっている。
新聞各社は、憲法改正をめぐる国民の空気を映すものとして、憲法記念日前後に世論調査の数字を伝えるのが恒例になっている。憲法改正に対する賛否の数字は今年も各社ごとに相当のばらつきがある。おおむね、改正を必要とするものが、必要としないものを上回っているが、96条改正の是非については、逆に反対が賛成を上回っている。
憲法改正に対する賛否の比率の差は朝日(54%対37%)の17ポイントから産経(61・3%対26・4%)の35ポイントまで幅がある。違いは設問の仕方にもよるが、大きな理由は「改正」あるいは「憲法を変える」という設問の内容があいまいなことにある。「改正」「変える」といっても、中身は9条を廃棄するものから、新たに環境権や知る権利を加えるものまで含まれる。内容によって賛否は当然わかれるし、賛否の強弱の度合いも異なってくる。同じ9条についてさえ、朝日は「変えないほうがよい」52%「変えるほうがよい」39%、毎日は「改正すべきだと思う」46%、「思わない」37%、とまったく逆の数字が出ている。「改正」の中身を踏まえた分析がないと、賛否の数字だけではほとんど意味がない。
改憲の手続きにかかわる96条の改正については、朝日(54%対38%)、毎日(46%対42%)、産経(44・7%対42・1%)で、いずれも反対が賛成を上回っている。読売は賛否がともに42%。ちなみにNHKの調査結果では(5月2日放送)96条改正についての賛否は26%対24%で賛成がやや反対を上回っているものの「どちらともいえない」が47%と半数ちかくある。これは、96条のことを「あまり知らない」「まったく知らない」と答えた人が合わせて45%にも上ったことと無関係ではないだろう。
社説の多数は96条改正反対
世論はさておき、興味深いのは、憲法記念日(前後数日も含めて)の社説で96条問題に触れたもののうち、圧倒的多数が、96条の変更に反対ないし批判的な論調を打ち出していたことである。96条改正を支持しているのは、全国紙では読売と産経、反対の立場をとっているのは朝日と毎日。日経は「入口が96条で出口が9条なら、もっと堂々と改憲論議に挑むべきだろう」と、条件付きの支持と受け取られる姿勢を見せている。
これに対して、地方紙のなかで96条改正に支持を表明しているのは、北国新聞(金沢)、富山新聞(富山)、中部経済新聞(名古屋)の3紙くらいで、ブロック紙、主要県紙を含む50を超える地方紙の多くは、96条改正に反対、もしくは強く懐疑的な立場を示している。
支持派の筆頭格である読売は「憲法改正の核心はやはり9条である」とし、96条の改正を支持する理由として、自民党、日本維新の会、みんなの党と「参院選後の連携を図る動き」に注目して「この機を逃してはなるまい」と述べている。また産経は、4月26日の紙面で全12章117条にのぼる、独自の「国民の憲法」要綱を発表した。この要綱は天皇を元首と明記し、国防軍の保持や国を守る国民の義務、緊急事態条項などを新設しようというもので、こうした憲法改変のために「まず96条改正が必要」との立場をとっている。
多数派の新聞があげている反対の理由は、96条改正が「憲法の根本的性格を一変させるおそれがある」(朝日)「その時の多数派が一時的な勢いで変えてはならない普遍の原理を定めたのが憲法なのであり、改憲には厳格な要件が必要だ」(毎日)などだ。いくつかの地方紙は96条改正が「立憲主義を危うくする」(神戸)ことに危機感を表明している(東奥日報、京都、愛媛など)。96条改正の後にくる自民党の改正草案が公益と公の秩序を強調し、国民に義務を押し付ける、「現行憲法とは性格を異にしている」(岩手日報)ことへの危惧もある。安倍首相の本丸とされる9条の改正そのものへの反対を理由に掲げたものもある(北海道、東京など)。
すれ違う一方的な主張、報道
憲法記念日前後の一連の新聞報道に目を通して、いやでも気づかされるのは、憲法改正をめぐる報道の不十分さ、不毛さである。各社の伝えた世論調査の結果は、改正への賛否をめぐる数字を並べ立てただけで、読者を納得させるだけの説得力に乏しい。改正の個々の内容とそれに対応する賛否を詳細に分析しなければ、市民がいま何を考えているのかくみ取ることはまずできない。ごく限られた数字だけを示されても、他の調査結果とのへだたりに、むしろ疑問が深まることになりかねない。郵送調査の結果を設問内容まで含めて紙面に掲載していた朝日がかろうじて一定の信頼をおける詳細な情報を提供していたに過ぎない。
「不毛」と感じるのは、自社にとって都合のいい情報を並べ立てて自己満足しているような報道が目についたことである。5月2日の読売朝刊1面トップは憲法特集の1本、「憲法96条、自・維・み9割超改正賛成」と大見出しを掲げ、96条改正が確定的であるかのような印象を振りまいた。全国会議員に対するアンケートの結果を報じたものだが、もともと党として改正を支持している党の議員ばかりを集計してその結果が9割超賛成、というのは当たり前すぎる結果で、どこにもニュースとしての新味はない。しかもたかだか700人余りの議員を対象としながら、回答率は61%、そのうえ党によって回答率が大きく異なっているため、統計としての信頼性がどれほどあるかも疑わしい。それでいて「調査結果は憲法改正をめぐる各党の現状を反映しており、今後の与野党の論議や憲法改正の動きにも影響を与えそうだ」というのだが、いかがなものだろう。
96条改正を支持する新聞の論調や報道は、それによって立憲主義が脅かされる、憲法の性格が根底から変わる、基本的人権が制約されるという、対立する側の懸念にほとんど言及していない。指摘された問題点をまったく顧みることなく前のめりで改正に進もうとしているようにも見える。双方が互いに向ける視線は完全にすれ違っている。
求められる新聞の公正さ
政治家や政党が自分たちの主張を一方的に言い募るのは構わない。議論を戦わせることでしかるべきところに妥協点を見出だせればいい。だが、新聞は主張を一方的に掲げ続けるだけでは、期待される本来の役割が果たせない。自社の主張を提示するだけでなく、それに対立する主張や背景の情報も併せ提示する公正さが求められている。憲法改正に賛否いずれを問わず、自社と異なる立場も適切に伝える公正さと度量がなければ、新聞が読者の信頼を勝ち取ることも難しい。
各紙が伝えた世論調査結果の大きなばらつきは、新聞社が調査にあたって数字を自社の立場に都合よく操作しているのではないかとの疑いを生む心配さえある。調査結果に自信があるなら、各社は設問内容を含めてデータを公表し、それに基づく分析も明らかにすべきだろう。おおざっぱな賛否の数字だけを読者に押し付けるような世論調査報道は、読者不在の報道になりかねない。
(「メディア談話室」2013年6月号 許可を得て掲載)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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