世界の懸念材料となった「中国リスク」とは何か

著者: 岡田幹治 おかだもとはる : フリーライター
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月例世界経済管見 8

◆年3割も伸びた投資
国際通貨基金(IMF)のブランシャール調査局長は7月9日の記者会見で、世界経済の「新たな懸念材料」の筆頭に「中国の金融システム不安と成長の鈍化」を挙げた。ちなみに第2の懸念は「(確かな財政再建策や構造改革が速やかに実行されない場合の)アベノミクス」、第3が「米国の量的緩和の縮小による世界金融の不安定化」だった。
08年のリーマン・ショック直後には「世界経済の牽引車」になると期待された中国経済が、なぜ新たな懸念材料になってしまったのか。にわかに注目されるようになった「中国リスク」とは何なのだろうか。
ここでは、川島博之・東京大学大学院准教授の『データで読み解く中国経済――やがて中国の失速がはじまる』を手掛かりに考えてみよう。この本は公表データを包括的に点検して中国の全体像をとらえた「目からうろこ」の一冊だ。
本書によると、中国の投資(不動産投資、企業の設備投資、公共投資の合計)は、2006~10年の5年間、年平均で27%も増加した。4兆元の景気対策が実施された09年は37%も伸びた。
10年の投資総額は31.1兆元(1元=約16円、約500兆円)だった。日本の国内総生産(GDP)に匹敵する巨額の投資が行われ、これが主導してこの年は実質10.4%増という二けた成長を達成している。

◆「錬金術」と日本を上回るバブルの形成
中国で地方に赴任した官僚は実績で評価されるため、競うように投資を拡大したが、実はここに「錬金術」が潜んでいると川島氏はみる。
中国では農村部の土地は村などの集団が所有し、農民に貸しているが、「公共の目的」であれば国有にして非農業用地として開発できる。その使用権を企業や個人が取得する場合、譲渡金や各種税金を地方政府に支払う。この仕組みを利用して地方政府は、農村部の土地の使用権を農民からきわめて安く買い上げ、何百倍もの高値で、地方政府が開発のために設立した第三セクター(地方融資平台)や企業に売却する。この「土地転がし益」が地方政府の収入となり、巨額投資の資金源になったという。
巨額の土地取引に絡んだ利得は、共産党幹部やその周辺の約2000万人と推計される富裕層に流れた。約1億人いる中産階級も余得にあずかった。かれらが高額マンションを買いあさって不動産バブルを生み、乗用車などを購入して消費を増やした(都市にはほかに約3億1000万人の中産階級予備軍が住んでいる)。
こうした利権と全く無縁なのが、約8億7000万人の農民(「農村戸籍」保有者)で、うち約2億4000万人が都市に出て「農民工」になっている。かれらと「都市戸籍」所有者との間にはあらゆる面でけた違いの格差がある。中国の「ジニ係数」(所得分配の不平等さを示す数値)は米国より高い。中国は米国を上回る格差社会なのだ。
川島氏によれば、中国の地価総額は2010年に266兆元、GDPの6.6倍にもなった。バブル最盛期の1989年、日本の地価総額は2130兆円で、GDPの4.4倍だったから、それをはるかに上回る。このようなバブルが長続きするわけがない。
いまマンションは空き家が増え、開発された新都市は「鬼城」(ゴーストタウン)になった。高速鉄道も空港も利用客は少なく、工業用地には閑古鳥が泣いている。不動産価格も中小都市で値下がりを始めた。

◆「影の銀行」の行方
そこで問題になるのが「影の銀行(シャドー・バンキング)」の行方だ。影の銀行とは、銀行を通さない「高利で短期の融資」のことで、その一つの形態が、信託会社などが証券を発行して銀行や証券会社の窓口で売る「理財商品」である。
高利が特徴の理財商品は不動産価格が上昇し、マンションなどが順調に売れてこそ成り立つが、現実はそうはなっていない。すでに昨年11月、ある銀行の支店で販売された理財商品(予定利回り10%強)で元利金の不払いが発生した例も出ている。
しかも影の銀行による総融資額は、ある推計では36兆元(約580兆円)もあるというから、その何割かが償還不能になっても大変なことになる。
こうした実態をみて欧州系の格付け会社フィッチ・レーティングスは今年4月、中国の人民元建て長期国債の格付けを「AA(ダブルエー)マイナス」から「Aプラス」へ1段階引き下げた。理由は「影の銀行が急拡大し、金融の安定性に関するリスクが高まっていること」だった。
中国の習近平・新政権はバブルを少しずつ縮小しながら、不透明な金融を正常化するという、綱渡りのような政策を進めている。「バブル大崩壊による、破局的な金融危機」に陥るようなことはない、というのが大方の見方だが、思い通りにならないのが金融という世界の恐ろしさだ。何かがきっかけになって金融危機が発生するかもしれない。それが第一の中国リスクである。

◆揺らぐ「世界の工場」
もう一つ、経済の成長が鈍くなり、場合によると失速してしまうリスクもある。
中国は外資を呼び込み、農村から余剰労働力を調達するという手法で急成長し、世界第2の経済大国に上りつめた。しかし、開発が沿海部から内陸部に進むにつれて農村部の余剰人口が減り、大幅賃上げをしなければ労働者を集められなくなった。
人件費の高騰と人民元相場の上昇で「世界の工場」としての地位が危うくなっている。とくに衣料や靴など労働集約型産業は競争力を失っており、外資系企業は中国への委託を減らし、生産拠点を人件費の安い東南アジア諸国に移している。
それが今年6月の貿易統計で鮮明に現れた。「投資」とともに中国経済を引っ張ってきた「輸出」が、前年同月比で3.1%減少したのだ。変動の大きい1、2月を除くと、前年比の減少は09年11月以来のことだ。
輸出の鈍化は10年ごろに始まっており、その年のGDPに占める投資の割合は何と48%に達した。GDPの半分近くを投資が占めるのは異常なことだ。

◆容易ではない三つの転換
GDPの二本柱の一つである輸出が鈍化すれば、成長率も下がらざるを得ない。7月15日発表の4~6月期の実質成長率は前年同期比で7.5%となり、前期に続いて2期連続の成長率低下となった。成長への寄与度をみると、外需(輸出と輸入の差)はたったの0・1%分。消費が3.4%分、投資が4.1%分を稼いだ。
他の経済統計をみても、今年に入ってからの景気の鈍化傾向は明らかだ。製造業では鉄鋼はじめ多くの業種で、過剰設備・過剰生産による価格の低下と在庫の膨張がみられる。だから生産は増えず、生産活動を映し出す1~6月の発電量は前年比4.4%増にとどまっている。こうした傾向は今年後半以降、さらに強まるとみられる。
経済構造が現状のままでは発展の見込みがないことは共産党指導部も十分認識しており、昨年11月の党大会では三つの転換の必要性が強調されている。「投資と輸出中心から消費中心へ」「工業中心からサービス業中心へ」そして「投入量拡大に頼る成長から生産性向上による成長へ」の転換だ。
しかし、転換は容易なことではない。過剰投資をなくすには、国有企業の民営化をさらに進め、共産党幹部の人事評価方法を改めるなどの改革が必要だ。消費を本当に活発にするには、戸籍制度を抜本的に改め、農民を豊かにする必要がある。いずれも中国の経済・社会の基本にかかわることだけに、簡単にはできない。
中国経済はエンジンの半分がうまく機能しない状態で、設計をし直しながら着陸を図っているジャンボジェット機のようなものだ――と7月3日づけの英『ファイナンシャル・タイムズ』紙が書いていた。安全に着陸できるかどうか、まったく予断を許さない、と。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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